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[上ケ洞(かみがほら・高根町上ケ洞)]

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  上ケ洞地区は、石仏山(一三六六メートル)の西南麓で、塩沢谷川と飛騨川の合流地占付近に位置する。地名の由来は、当地に祀られる道後神社に按察使・鎮撫使などの官使が行程の安全を祈ったところから、神ケ洞と称されるようになり。やがて神が上に転化したものという(『後風土記』)。
 村高は「元禄検地帳」九石余、「天保郷帳」二十石余、「旧高旧領」では幕府領二十一石余・大徳寺除地八升八合。『飛騨国中案内』では村高九石余・家数三十九軒。『後風土記』によれば家数二十二軒・人数九十一人である。

1-1-(2)-4 上ケ洞集落

 産物として稗三十九石余(十五・六俵)・ソバ六石余・麦七斗・大豆四石余、大繭(まゆ)二貫目・小繭十三貫目・小白木二百束・蕨粉(わらびこ)五斗・山鳥三羽・岩魚二貫目など。
 また村の東方は阿多野郷ヘ一里半、西方は大古井へ十五町、南方は川、北方は山で高山へは九里、当村に鎮座する道後神社の祭礼には大きな鎌と鍬とを御輿に添えて氏子の家を巡行、帰御の際に奉納した。主要な在所で、口留番所が置かれていた。(『岐阜県地名大辞典』角川書店より)