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[嘉永三年(一八五〇)正月 下原口御番所口役銀取立帳]

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岐阜県歴史資料館・飛騨郡代高山陣屋文書1-55-53-2 (5-1-1 図 ①)
 
 下原口御番所は、美濃・尾張はもちろん、遠く京都へと続く、国内で最も重要な位置にあって、口役荷物の品目数・通行量が多く、口役銀も一カ年に三〇〇両を超える年もあった。この嘉永三年正月一カ月の口役銀の集計は「銀一貫七六六匁四分六厘」で金に換算しておよそ三〇両である。
 ちなみに、下原口を通行する荷物の種類も荷主の出身地も極めて多様である。その一部を例示してみる。
 
    正月朔日
  一 口役荷物通り御座無く候
    同 二日              高山三之町
(印一壱匁六分 山の芋五貫目             文蔵
                      尾州名古屋
(印一八分   蛤四百                徳助
                      少ヶ野村
(印一弐分弐厘 弐升鍋壱枚             善兵衛
  小以(こい)弐匁六分弐厘
     同 三日
  一 口役荷物通り御座無く候
     同 四日             越中富山
(印一弐分四厘 売薬三百目             伊助
                      濃州神渕
(印一壱匁七分四厘 菓子六貫目           仲蔵
                      下原町村
(印一六匁五分 茶碗弐百六拾           助三郎
                      尾州山名
(印一六分七厘 竹箕三拾七枚           新右衛門
                         外壱人
  (三名分略)
  小以 三拾壱匁壱分弐厘
 
 正月一日と三日に口役荷物の記録がないのは、当時の商人たちの慣例で、商いを休んだためである。二日は初荷・買初(かいぞ)めの日である。
 また、この期になると、砂糖・茶・みかん・菓子などが移入品の上位を占め、上ヶ洞口を通って信州から大量の玉子・刻煙草・素麺などが国内へ入っていることと考え合わせてみると、江戸時代末期、飛騨国内の消費生活に大きな変化が起こってきている様子を知ることができる。
 また、荷主と運送業者(馬子・牛方(どしま)・馬荷(ぼっか))の専業化も進んでいたと思われる。
 この口役銀取立帳には、いわゆる高山町・古川町などの豪商の名前は一人も出てこない。
 しかし、菓子などは大部分小商いであるが、砂糖を一度に二〇〇斤、みかんを三〇〇〇箇、中茶二三〇斤等を運んでいる荷主(運送業者)が久々野村・柳島村・木賊洞村・下原町村など街道筋に一〇数人いた。彼等は飛騨から白木・生糸などを運んだ帰りに、関・岐阜・名古屋方面で買いつけた品物を高山町まで運び中小の商店に卸していたものと考えられる。
 各町村史は、米・塩・白木・生糸等の運送について概説はしているが、詳細な史料の裏付けは少ない。
 口役銀取立帳を総合的に分析していけば、江戸時代中期以降の飛騨一国の生業、生活の実態がより明らかになってくるものと思われる。
 
    正月朔日(ついたち)
(口役荷物通り御座無く候)
    同 二日
山の芋(やまのいも)・蛤(はまぐり)・弐升鍋(にしょうなべ)
    同 三日
(口役荷物通り御座無く候)
    同 四日
売薬(ばいやく)・菓子(くわし)・茶碗(ちゃわん)・黄綿(きわた)2・薬種(やくしゅ)・竹箕(たけみ)
    同 五日
菓子3・竹箕4・売薬・黄綿・三升鍋(さんしょうなべ)・二升鍋(にしょうなべ)
    同 五日
黄綿4・竹箕2
    同 六日
鰯(いわし)・蜜柑(みかん)・蛤
    同 七日
竹箕・中茶(ちゅうちゃ)2・菓子・黄綿・藁蓑(わらみの)
    同 八日
中茶3・黄綿4・蛤・売薬(ばいやく)・菓子
    同 九日
茶碗2・黄綿3・干蒟蒻(ほしこんにゃく)・菓子2・蛤・蛤抜身(はまぐりぬきみ)
    同 十日
菓子2・木綿(もめん)・楮(こうぞ)2
    同十一日
売薬・蜜柑・黄綿4・小間物・屑紙(くずがみ)・薬種・木綿・楮7・わらび2・大麦(おおむぎ)
    同十二日
黄綿4・傘(からかさ)2・木綿・蛤・山の芋・蜜柑・楮・蕨の花(わらびのはな)
    同十三日
黄綿2・菓子・蜜柑・絹篩(きぬふるい)・馬の尾篩・竹篩(たけふるい)・小間物・蒟蒻(こんにゃく)
    同十四日
黄綿6・干蒟蒻(ほしこんにゃく)・蜜柑4・木綿・売薬・麻種(あさだね)・山の芋・串海鼡(くしなまこ)・中茶2・菓子・小間物・楮
    同十五日
黄綿3・木綿・小間物2・海羅(ふのり)・九年母(くねんぼ)(みかんの一種)・絁呉服(つむぎごふく)・
刻昆布(きざみこんぶ)・山の芋・砂糖(さとう)
    同十六日
黄綿3・小間物3・紺屋藍鉢(こんやあいばち)・砂糖3・蜜柑2・刻大根(きざみだいこん)・酒(さけ)・九年母2・生姜(しょうが)・山の芋
    同十七日
黄綿8・小間物5・薬種・絁呉服・素麺(そうめん)2・四升鍋(よんしょうなべ)・酒・砂糖3・蜜柑・山の芋・
刻大根3・九年母2・生姜(しょうが)
    同十八日
黄綿4・小間物4・絁呉服3・九年母・蜜柑3・山の芋・刻大根・薬種2・抜身・砂糖・生姜
    同十九日
木綿・小間物・砂糖2・小平鍋(こひらなべ)
    同二十日
山の芋・干蒟蒻・抜身・木綿・上唐櫃(じょうからびつ)・蜜柑2・黄綿2・砂糖2・生姜・紺屋藍鉢2・小間物・
茶碗
    同廿一日
黄綿9・小間物5・木綿・茶碗・甲鉢(かぶとばち)2・絁呉服(つむぎごふく)・夜着(やぎ)・蜜柑・
刻昆布(きざみこんぶ)・わらび花
    同廿二日
黄綿5・琉球(りゅうきゅう・上等な畳表)・小間物3・干蒟蒻(ほしこんにゃく)2・山の芋2・古手(ふるて)・
菓子・大小五腰(いつこし・大小の刀五組)・下茶2・中茶2・貝空(かいがら)・草刈鎌(くさかりがま)・
刻大根・山の芋・蜜柑・砂糖・諸紙・中厨子
    同廿三日
山の芋・燈油(ともしあぶら)・古手・小間もの2・大麦・蒟蒻芋(こんにゃくいも)
    同廿四日
中厨子2・鮪(しび)・鴨(かも)・中茶2・紺屋藍鉢2・砂糖3・古手2・小間物3・黄綿2・大梨子(おおなし)2・蛤・蜜柑・山の芋・生姜
    同廿五日
売薬・楮(こうぞ)・桧笠(ひのきがさ)・鍛冶炭(かじずみ)
    同廿六日
中厨子(ちゅうずし)・との笠(がさ)・塗盆(ぬりぼん)・燈心(とうしん)・小間物5・山の芋・紺屋藍鉢・砂糖3・木綿5・木綿縞(もめんじま)3・抜手綿(ぬきてわた・古綿)3・生姜・昆布2・黄綿2・海羅(ふのり)
    同廿七日
菓子3・刻大根・木綿2・小間物2・黄綿・□□□・古手・砂糖
    同廿八日
貫綿3・小間物4・重箱(じゅうばこ)・抜手綿・雛(ひな・雛人形か)・木綿・古手・菓子
    同廿九日
山の芋2・蛤・貝空(かいがら)・黄綿2・蜜柑3・灰汁灰(あくはい)・小間物・中茶2・干蒟蒻・筵(むしろ)
    同 晦日
菓子2・木綿3・紺屋藍鉢・黄綿・薬種2・砂糖2・草刈鎌(くさかりがま)・小間物3・かじ(鍛冶)炭2・灰汁灰・
溜り
 
 嘉永三年正月一カ月の下原口御番所取立口役銀は、
 
  合 銀壱貫七百六拾六匁四分六厘
 
で、前年比銀一七八匁九分一厘増であった。
 また、この口役銀取立帳には、正月一カ月に下原口を通った白木の束数が次のように記録されている。
 
 一 樅挽割板(もみひきわりいた) 二束 長六尺・幅一尺・厚三分
 一 同             四束 長六尺・幅八寸・厚三分
 一 同             四束 長六尺・幅七寸・厚三分
 
 稼人はいずれも青屋村(益田郡阿多野郷)である。白木運上金は直接御役所へ納めたので、口役銀取立帳には通った白木の種類(ここでは樅挽割板)と量(束数)のみ記録されている。
 ちなみに、このあと、文久元年(一八六一)五月分の「下原口口役銀取立帳」にも触れるが、この取立帳の口役銀総額は「銀一〇一八匁四分七厘」(およそ一八両)である。
 両者を比較してみると、当時の流通の世界がよりいっそう明確な姿を現わしてくるはずである。
 
 
5-2-(1)-1 下原口御番所口役銀取立帳・嘉永3年(1850)正月分一覧表
下原口を通って飛騨へ入ったと考えられるもの (一)食品
 品目記帳件数数量合口役銀合主な荷主・出身地名等
1砂糖232,123斤(きん)377匁7分7厘当時は高級品で口役銀も高い。荷主は高山町。
2中茶131,316斤93匁4分9厘柳島村長三郎、同仁左エ門。同日に200斤運んでいる。
3下茶2240斤12匁7分4厘柳島村上記の2人。
4蜜柑(みかん)2626,530こ56匁7分6厘下原口村助三郎。久々野・引下の者・越中富山の者7人いる。
5九年母(くねんぼ)622,500こ40匁   みかんの一種。
6菓子19120貫(かん)27匁8分7厘大部分美濃神渕の者。尾州山名・金山の者も多い。
7刻大根(きざみだいこん)960貫20匁6分  久々野・木賊洞村などの外、名古屋・富山。産地は特定できない。
8干蒟蒻(ほしこんにゃく)6102貫9匁2分  名古屋方面の者が多い。
9蒟蒻芋(こんにゃくいも)244貫2匁2分5厘久々野村助三郎、同吉十郎。
10大麦26石(こく)8匁8分  久々野村清七。木賊洞村作右エ門。
11素麺(そうめん)228貫7匁5分6厘下原町村助三郎
12蛤(はまぐり)73,350こ6匁1分1厘名古屋・山名方面
13抜身(ぬきみ)33斗6升2匁2分3厘蛤の抜身か。
14刻昆布(きざみこんぶ)110貫3匁3分  久々野村常助
15昆布(こんぶ)23束(たば)6匁6分6厘宮村・木賊洞村
16鰯(いわし)28001匁2分  濃州神保
17溜り(たまり)22斗1匁4分1厘下原町村助三郎 1斗7升
1814斗3匁5分6厘引下村常吉
19大梨子14002匁8分5厘新宮村五郎右エ門
20串海鼡(くしなまこ)110桁6分2厘美濃関

同上 (二)衣類関係
 品 目記帳件数数量合口役銀合主な荷主・出身地名等
1黄綿79576貫200目304匁7分2厘高山町の者32人。ほかに美濃神渕・下原町村助三郎・久々野村
2木綿(もめん)21301反61匁8分7厘高山町・久々野・宮村・尾州山名・濃州神渕
3古手(ふるて)6114枚35匁3分4厘久々野・木賊洞・三福寺村など
4抜手綿(ぬきてわた)350枚10匁1分4厘久々野・宮村
5木綿縞(もめんじま)352枚8匁5分4厘木賊洞・久々野・宮の3か村
6夜着(やぎ)12ツ2匁4分6厘高山新町
7絁呉服(つむぎごふく)611貫500目11匁3分9厘高山八幡町・若達町・下切村・打江村

同上 (三)小間物・雑貨・その他
 品目記帳件数数量合口役銀合主な荷主・出身地名等
1小間物49146貫170目118匁1分8厘高山町・久々野町村のほか、美濃・越中の商人も多い。
2茶碗5700こ25匁5分5厘下原町村助三郎。高山町・下切村のほか濃州笠松。
3紺屋藍鉢
(こんやあいばち)
8320こ37匁1分5厘久々野・引下・宮村
4甲鉢(かぶとばち)235こ2匁1分  高山大新町佐助と又助
5竹箕(たけみ)8264枚4匁7分4厘尾州山名の者 7件
6鍋(なべ)47枚7匁  4厘2升鍋4枚・3升鍋2枚・4升鍋1枚 いずれも下原町村
7屑紙(くずがみ)14貫1匁   高山川原町七左衛門
8諸紙(しょし)27貫700目3分4厘久々野村甚吉 7貫目
9傘(からかさ)230本4匁5分4厘高山向町 2人
10篩(ふるい)3255匁2分7厘尾州清須の1人で全部
11海羅(ふのり)211貫500目4匁1分4厘木賊洞村兵右エ門 8貫目
12琉球(りゅうきゅう)160枚3匁6分  久々野村喜助 1人
13草刈鎌(くさかりがま)214910匁9分5厘下原町村助三郎 66丁 久々野町村市助 83丁
14檜笠(ひのきかさ)110蓋(がい)2分7厘山梨村
15との笠190蓋6匁3分9厘高山向町平吉
16筵(むしろ)12束2分6厘保井戸村
17燈油(ともしあぶら)13升8合1匁   1厘美濃金山
18灯心(とうしん)17貫600目4匁7分2厘高山大新町庄五郎
19中厨子(ちゅうずし)33ツ1匁8分  久々野村・木賊洞村・高山八幡町 各1人
20塗盆(ぬりぼん)1203匁6分6厘高山向町平吉
21重箱(じゅうばこ)18組1匁8分4厘高山向町善助
22雛(ひな)210貫2匁7分6厘久々野村忠助・瓜巣村定右エ門
23大空櫃(おおからびつ)11つ1匁2分  尾州山名
24小平釜(こひらがま)11つ1匁3分3厘尾州山名
備考・諸紙=いろいろな種類の紙・屑紙=高山町で紙の原料(楮)が不足したので屑紙を用いた。
・琉球=畳表
・中厨子=仏壇か ※久々野郷無数河村は組合村・久々野村として、大西村は同じく柳島村の名で記帳されていると思われる。
・雛=雛人形か
・空櫃=唐櫃か

下原口を通って飛騨から美濃方面へ出たと思われるもの
 品目記帳件数数量合口役銀合主な荷主・出身地名等
1楮(こうぞ)13608貫126匁1分  柳島・久々野・引下・小坊・渚村に限られている。
2山の芋(やまのいも)1552貫16匁6分4厘引下・見座村のほか、名古屋・関・富山の商人の名もみえる。
3蕨の花(わらびのはな)45石4斗19匁7分6厘一之宿・黍生谷・宮ノ前・小坊
4生姜(しょうが)83石8斗10匁7分  引下・宮・渚・久々野
備考・移出物品のうち、白木・椀木地・生糸などは、仲買人が一定の手続きをとって高山御役所へ運上金を納めているので、口役銀取立帳には記帳されていない。それらの合計商額は、飛騨全体で1年間3万5000両~4万両と推定されている。

売薬・薬種及び移入と移出の区別がつきにくい物品
 品目記帳件数数量合口役銀合主な荷主・出身地名等
1売薬(ばいやく)76貫200目4匁8分  荷主は全員越中富山の人
2薬種(やくしゅ)959貫400目47匁5分7厘越中富山3人で20貫、久々野村木賊洞村3人で34貫
3塩硝(えんしょう)1250斤44匁5分  新宮村五郎左エ門 1人 口役銀極めて高い。
4古鉄(ふるてつ)14貫4分  少ヶ野村半十郎
5灰汁灰(あくはい)11斗1分3厘中切村久次
6大小刀15腰(こし)5匁   名古屋の者2人連れ
7貝空(かいがら)25斗4升9分7厘久々野村の者と名古屋の者
8鴨(かも)12羽5分4厘越中富山の人
9鮪(まぐろ)15貫6分  越中富山の人
10かじ炭(ずみ)314俵1匁4分  美濃上麻生、引下村
備考・薬種、塩硝、古鉄、かじ(鍛冶)炭は移出と推定される。