岐阜県歴史資料館・飛騨郡代高山陣屋文書1-55-2 (5-1-1 図 25 26 29 30)
飛騨には金森藩領時代から三一カ所に口留番所(くちどめばんしょ)が置かれていて、通行人の取締りとともに、国境や国内の要所を通過する物資から一定の通行税を徴収していた。それを「口役銀(くちやくぎん)」と言い、品目別に徴収の額を定めたものが「壁書(かべがき)」である。
壁書は、金森藩領時代の初めは、通行人にも見えるよう口番所の板壁に張り出されていたが、世の中の安定化が進み、いろいろな産業が発達して流通する商品の量、品目の数も急速に増えてきたので、壁書が一冊の冊子にまとめられて各口留番所に置かれ、番所役人はそれに照らして口役銀を徴収するようになった。
茂住・和佐保の口留番所は、いわゆる中番所(なかばんしょ)と言って、国境に置かれたものではなく、寛政二年(一七九〇)、いわゆる寛政の改革の一環として他の一二の番所とともに廃止されるのであるが、他の口留番所にも置かれていたはずの「壁書」がほとんど現存していないので、この茂住・和佐保の「諸口役銀付壁書」は、当時の飛騨の産業、国外との物資の流通状況を知ることのできる貴重な史料となっている。
言うまでもなく、茂住・和佐保両口留番所は、茂住・和佐保両銀山の隆盛を背景として設けられたもので、この壁書には「茂住・和佐保銀山入」との肩書がついている。
しかし、この壁書は茂住・和佐保だけを対象として口役銀を規定しているわけではなく、ほとんど飛騨全体の口留番所のそれと共通している。
品目の数が非常に多いので、まず、およその壁書の書式を例示し、記載されている品目を並記する。
〔表紙〕
茂住・和佐保銀山入
諸口役銀付壁書
弐冊之内
〔壁書の形式〕
口役銀の壁書は
一ぶゑんのます拾本 銀拾匁
一しほのます拾本 同三匁
など、まず魚貝類・海草類から始まって、
一だいこん種壱升 銀三分
一こんにやくいも壱駄 同弐匁
などの農作物・みそ・たまり・うどんなどの加工食品へと移り、さらに
一くわ拾丁 銀三匁
一壱升なべ壱ツ 同一分五厘
など鉄(かな)けのものから瀬戸物・水桶・針箱・ろうそくなどに至るまで、食品と日常の生活必需用品がおよそ四〇〇項目にわたって、びっしりと記載されている。
全体に「ひらがな書き」が多い。
〔壁書記載品目名〕
ぶゑんのます・しほます・ぶゑんの大たい・しほ大たい・ぶゑんの中たい・しほ中たい・ぶゑんの小たい・塩小たい・ひらめ・かれい・ほちめ・大あら・中あら・小あら・あんこう・ぶゑんのふぐ・ひふぐ・いわし・大さば・小さば・ぶゑんのあぢ・しほあぢ・かなかしら・さし鯖・あぢのすし・あゆのすし・からさけ・無塩(ぶえん)鮭(さけ)・塩鮭(しおじゃけ)・しいら・小しいら・たら・すいほたら・ひたら・ぶり・しび・さわら・あゆ・ふくらぎ・大たこ・中たこ・小たこ・くもたこ・するめ・万なし物・くるまゑび・いせゑび・いしもち・たつくり・鰹節・無塩のすずき・塩すずき・くじら・ぶゑんのぼら・同中・同小・塩ぼら大・同中・同小・大ふな・中ふな・小ふな・なまこ・このわた・かき・はまぐり・ぬきみ・干かます・小ぶり・なまいか・つのぢ・かつを・たてまだら・かづのこ・大あわび・中あわび・小あわび・さより・大こひ・中こひ・小こひ・さざい・白うを・塩うなぎ・ぬかゑび・このしろ・くしこ・くしあわび・こち・のと黒・大黒だい・中黒だい・小黒だい
がん(雁)・かも・塩かも・小かも・きじ・山どり・つぐみ・小鳥・鹿・いのしし
こぶ・わかめ・あらめ・のり・ところてん
しようが・蜜柑(みかん)・ゆず・大根たね・ごぼう・くぐたち・うり・こんにやくいも・みつ(蜜)・なまぐり・かちぐり・つるしがき(柿)・ごしよがき・くしがき・さわしがき・こしよう・ちわうせん・あめ・みそ・にんにく・大麦・小麦・あづき・まめ・そば・米(但し横山ばかり)・塩・うどんの粉・わらびの花・こうじ・麻たね・からし・くるみ・かや・たまり・くわし(菓子)・にがり・そうめん・ほししめぢ・ほしぢかう・いわたけ・なすび・さとう・たばこ・わうれん・ふじ・かみの油・あぶらゑ
草かりがま・切つち(鎚)・なかなた(鉈)・なた・よき・たがね・いかだのかじ・くわ(鍬)・木挽(こびき)のこぎり・小刀・釘・くろがね(鉄)・さすが(山刀)・壱升なべ・弐升なべ・三升なべ・四升なべ・五升なべ・いちくち・大つば釜・中つば釜・小つば釜・大ひら釜・中ひら釜・小ひら釜・大ちや釜・小ちや釜・水風呂釜・銅かんなべ・やくわん(やかん)・すず(鈴)
越中椀・あさき椀・石ざら瀬戸皿・染付皿・瀬戸の片口・てんもく(茶碗)・びぜん鉢・べにざら・七つ入子(いれこ)のはち・まるぼん・めしつぎ・めんつう・おぼけ(苧桶)・とぢばこ・硯箱(すずりばこ)・ぢうばこ・くし箱・からうと・かがみのいへ・つまけ・水桶・手桶・とじ折敷・板折敷・ぬり折敷・ゆくわ・すり鉢・ゆたう(湯桶)・こんやあい鉢・ひしやく・竹み・かづら通し・馬の尾通し・竹とをし・きぬとをし・こばち・そうけ・菅笠(すげがさ)・あみかさ・ひの木笠・同みみたれかさ・との口がさ・みの・すげ筵(むしろ)・むしろ・こざ・たたみの表・へり取・かき紙・ふいご・はごいた・ゆり板・こり・をさ・さしまくら・とくさ・わら・すみ・ろかす・もろぶた・小箱・そめあい・おけのわ・ともし油・もめんたび・かわたび・がまはばき・ぞうり・せきた(せった)・きせる・くし・しぶきよう・すわう・らうそく・あふぎ(扇)・こだね(蚕種)・もめん・ふるて(古手)・もめんひとへ物・かたひら・つむぎ・きぬ・麻苧・きわた・きぬ帯・こくら帯・こま物・からかさ・食しやくし・手習(てならい)すみ(墨)・同筆・らう(蝋)・ゑんせう・上ちや・中ちや・下ちや・わた・布・糸
(この壁書はここまで続いてきたあと、特別の断わり書きもなく、急に書式が大きく変わってくる。)
一酒壱樽 但、茂住金山へ入酒ばかり 銀五匁
一同壱樽 但、荒田口ばかり 同壱(ママ)匁五分
一同壱樽 但、和佐保へ高山より入ばかり 同五匁
(その上、このあと一〇〇項目余の品名を記載する途中に、次のような極めて重要な条文を挿入している。)
一此の書付ニのらざる物通り候ハゞ、いろいろ銀詰ニいたし、十分一の役銀申すべき事。
一布・綿・蠟(ろう)・漆・諸皮・諸紙・米・大豆・酒の分は、此の方よりの手形これ無く候ハゞ、通し申す間敷
き事。
一材木仕出し出入り乗懸(のりかけ)の分は、役なしに通し申すべく候。乗懸荷の外は、定めの役取り上げ申すべ
く候。
(乗懸荷=旅人を乗せた馬に、人と一緒に乗せる荷物のこと。乗懸荷の材木になぜ役銀を課さなかったのか、
その理由はよくわからない。)
このほかにも、いくつかの条文があるが、とりあえず、壁書記載の品名の続きを書き出してみる。
あか板・といそこ・天井板・うちわり・千枚・ふき榑(くれ)・かさ木(ぎ)・さんかまち・なおし板・かわ木・ふち木・杉の桶・あかし松・さつは松・ともしかば・三千枚・炭
(以下、品目の記載はばらばらで、重複している品目もみられる)
熊の皮・古銅・桐木・きつねの皮・漆・羚羊皮(かもしか皮)・黄檗(きはだ)・綛(かすり)・漆・髪の油・鹿の皮・猪の皮・荏粕(えがす)・干大根・燈心・のりはけ・稗・あく灰・ごすみ・はまち・木綿袴・丹石・玉子・れんぢやく・小ちやうちん・馬の鞍・馬のはさみ・うちわ・まいたけ・干まいたけ(ぼしまいたけ)・けんとん通し・かんなのだい・胡麻・干こんにやく・木舞(こまい)・銅せんば(あかがねせんば)・赤湯・小鯖鮨(こさばずし)・木地・しゆろほうき・鹿の角・渋(しぶ)・絵馬・ひなの道具・酢・赤土井(板)・土井そこ・酒・茶・かわくり・わけひつ・古こけら板(ふるこけら板)・屏風・かみそり・鳥取もち・桑名盆・水さし・夜着・合羽・蚊屋・薬箱・わさび・屏風・曲録(きょくろく)・芍薬(しゃくやく)(くわい)・ぬきて綿・きくらげ・枌(そぎ)・山漆・山鳥の尾羽・木薬・木綿・あしだ・ほしば・具足(ぐそく)・木綿嶋(もめんじま)・硫黄(ゆおう)・鉛・絸ひび(まゆひび)・木地四つ椀(きじよつわん)(ぶな・かつら・花の木)・唐戸
註1、この壁書は、金森時代の末期に定められたものを、幕領になってから少しずつ修正していったものであ
る。ほとんど「ひらがな書き」になっているのも、そのためと考えられる。
註2、この壁書には、代官が交替すると、元締から元締へ引継ぎの証文が添えられている。
註3、本文中に但し書があったように、口役銀は売買値段の平均一〇分の一であった。
註4、この壁書の品目は飛騨全体を見通して作成されたもので、すべての品目が茂住・和佐保の口留番所を通
っているわけではない。
註5、丹石・赤湯・馬のはさみなど、意味のつかめない品目がいくつかあった。