桧木村には、古くから伝わる村行事として二つの奇習がある。「じょへん」と「水かけ」である。それは、古代に馬牧の里の平穏無事を守ろうとした馬飼集団の人々の、きびしくもまた切実な祈りの行事であったもののようである。
「じょへん」(除変(ジョヘン))
旧暦正月二日の夜、鎮守社星宮大神の社前に大篝火を焚いて行う、ある種の火祭りである。これには、境内山林の下枝を切り集め、各家々から奉納される一束ずつの薪に、旧年の御札と七五三飾りを加えたものが充てられる。子ども達は夕方、この火で焼いた餅を食べて帰宅するが、このことによって、風邪をひかないといわれた。
深夜になり、女人禁制であるため各家々から戸主一名だけが残り、区長が祭主となって祭事が始まる。指名された触れ人が、子孫繁栄のことを意味する口上を述べ、その言葉の相の手に「ジョヘン、ジョヘン」と一同が囃すのである。
次いで、区長宅から始まって陽回り順に、各家々全員の名前を男女二人を一組として呼び上げていくのであるが、この夜は、他所からの泊り客でも隠すことなくあからさまにする習わしである。もし隠しだてをすると、神罰があたるといわれた。
この呼び上げは、男女の組み合わせを条件とすることから、一時間ぐらいはかかったという。最後に区長の締めの口上があり、「ジョヘン」の囃し言葉を入れ、三本〆の手拍子で終了したが、夜も深更に及ぶ祭事である。
どのようなことからこの祭事が始められたのか、今にしてその子細をたずねるすべはないが、馬牧開拓に携わった人々の、子孫繁栄を祈願する心が、大らかな口上言葉とともに伝えられたものであろう。現在は行われなくなった。
「水かけ」
盆の十三日に行われる。褌一本の若者達が、村の東側入口にあたる字落合の水源池に待ち伏せ、その日のうちに村に入る者全員に対して一人残らず水をかける。そして家々では、家族全員の肌身につけている一切の衣類を持ち寄り、女達はその池で洗濯をすることになっている。
それは村内への疫病の侵入を防ぎ、肌にまつわる病疫の退散を願う祈りの行事といえよう。あるいはまた、神聖な地域へ入るときの〝みそぎ〟を真似たものともいわれている。
いずれにせよ、古代から馬は人間の生活や戦いに際しての強力な戦力として重要な役割を果たし、良馬の確保は人々の生活に重要な関わり合いをもっていた。これらの行事は、馬牧を預る里人達の願いをこめた厳粛な行事として伝えられたものといえよう。