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熊野大神

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 旧号を「熊野三社大権現」といい明治四年五月に熊野大神と改称。字ゴマ山三八六番に鎮座する。かつては松、杉の老樹がひときわ高くそびえて付近の山々を威圧するかのごとき景観であったが、今は伐り払われて昔日の面影はない。

熊野大神

 祭神は、伊邪那岐命・須佐雄命・事解男命で、その由緒は不詳である。境内には一万度大祓の石碑や神官であった鈴木清親の碑、その他多くの石宮がある。ここに、その刻字のみを記述してみると、次のようである。
 
 子安大神 「元文六酉天正月廿五日 出沼村施主二四人」
 天満宮  「寛政八丙辰十一月吉日 願主郷中」
 蚕霊社  「大正六年三月十日建立」
      台石に出沼・岩部・十余三地区養蚕家の人名が刻まれている。
 青宮大  「文化元甲子十一月吉日 穴澤林蔵 同喜平治 佐藤民蔵」
 大杉大明神 「寛政九丁巳年十二月吉日 願主郷中」
 疱瘡神  「寛政六甲寅四月吉日 惣村中願主佐藤半右衛門 山倉喜右衛門」
 古峯山神社 (コンクリートづくり)無記名
 三峯神社  (コンクリートづくり)無記名
 庚申様  赤池方面より村に入る三叉路(宇宮前三一四)に二基並立している。
 庚申塔(一) 「寛政十二庚申十一月吉日 青面金剛王 願主郷中」
 庚申塔(二) 「庚申待成就攸 元文六辛酉天二月廿五日 出沼村中」
 鈴木清親碑 清親は当社の神官であり、また手習所の師匠でもあった人である。碑の台石に「教子等」と刻字され、碑面に「鈴木清親大人之霊」そして「八十路まで つかへまつれど 一つだに 神のこころにあふことのなし」の歌が刻まれている。