堂は観音堂で字中里三六六にある。同家の前の、畑を隔てた小高い所で、古城跡の一隅とも思われる場所にあり、裏は杜になっている。周囲に一族の石塔が立っているが、それは元禄初期に、このような立派な石塔を建てることができた、同家祖先の財力を偲ばせるにあまりあるものである。
本尊は聖観音で、堂の外見にそぐわないほどの内陣がしつらえられ、そこには本尊と並んで、開眼の札と思われる木札があり、次のように書かれている。
聖主天中天 願以此功徳 元禄十六年癸未迦陵頻伽声 普及於一切 天十月十日別当西徳寺
奉造立正観音薩 尊像一躯二世悉地之所 哀 衆生者 戒等興衆生 施主富澤氏内蔵我等今敬礼 皆具成仏道 亟類属十九夜待横印善男女等
この本尊は聖観自在菩薩といい、諸仏菩薩の中でもっともひろく信仰され、一切衆生を観察して自在によくこれを救う、といわれる。現在も毎月の十七日には一族が集まり、観音経を唱えて縁者の供養をしている。