南玉造字尼ケ谷三七九七番地で、柏熊の北側台地上に所在する。この社から一〇〇メートルほどで山田町山倉および栗源町と接している。
台地上一帯には古墳群があり、そのうちの前方後円墳の一つは、前記のように本町最大のもので、松崎神社裏の北条塚古墳とつながる台地の西方に位し、栗山川に面した崖下の集落を見下している。この古墳群の小墳の一基上に鎮座するのが、集落の鎮守としても崇められている当第六神社である。明治の『社寺台帳』に、このように記録されている。
千葉県管下下総国香取郡常磐村南玉造尼ケ谷
熊野大神末社 第六神社
一、祭神 高皇産霊神
一、由緒 不詳
一、社殿間敷 竪弐間横弐間
一、境内坪数 七拾壱坪
一、信徒人員 百弐拾参人
境内には、火難盗難除の神として信仰される木造小宮の古峯神社があり、その傍らには子安講の本尊である鬼子母神が祀られている。石段昇口の左手にある石柱には、「二十三夜大月天子 弘化五申年(一八四八)五月二十三日 柏熊中」とある。いわゆるお三夜講中の記念碑である。
社前にある小型の鰐口には「奉献、元文元年(一七三六)五月吉辰施主敬白」の文字が見られ、明治に奉納された常夜塔、唐獅子がそれぞれ一対ずつある。また、石造手洗いには「奉納嘉永六年癸丑(一八五三)二月吉日(村人三十一名の刻名あり。省略)世話人本願主八木重四郎、石井勘左衛門」と刻まれている。
石段には「願主 柏熊新田中加藤市兵衛天明元辛丑(一七八一)六月吉日」の刻字が見られる。