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寺域の小堂・石塔

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 次に、同寺周辺に点在する小堂・小祠・石塔などについてみよう。
 大師堂 字居下割(いしたわり)三八三一番の一にあり、柏熊集落から小三倉に通ずる旧道に沿って建っている。
 柏熊の真言宗信徒の持仏堂で久賀大師十善講の札所の一つになっている。昭和五十年に新築したが、そのときの記念碑が、境内に建てられている。
 宝篋印塔・六地蔵 字尼ケ谷で、正岳寺門前の坂を登り切った村境い道に沿っていて、地籍は山田町地域内であるが、維持管理は柏熊の人々によってなされている。境内には六地蔵・宝篋印塔・馬頭観音の石造物があり、地蔵尊は堂内に祀られているが刻字はない。
 宝篋印塔には、「法界万霊 加藤市右衛門 明和五戊子年(一七六八)四月造立之 能於此塔 一香一篋 礼拝供養八十億劫生衆重罪一時消滅生免災 衆生帰家」の文字が見られる。
 六地蔵の台石には「宮崎六右衛門 宮崎伝兵衛 安永八己亥年(一七七九)三月吉日 八木五右衛門 八木太良右衛門 多田与右衛門 多田清左衛門 加藤市兵衛 加藤清兵衛 八木四兵衛 八木沖右衛門 木之内三右衛門 多田宇兵衛」と刻まれている。
 十九夜像 十九夜講は真言宗の地域にみられる女人の講で、安産と子育ての無事を祈り、聖観世音自在菩薩を本尊とする。この像は、観音三十三身の一つ、童男身の形を表していて、刻字に「安永五丙申(一七七六)三月日」と見られる。
 如意輪観音 石塔に浮き彫りされている観音で、女人の守護尊である。「光明 真言七十万遍成 寛政二戌(一七九〇)二月吉辰立之」の刻字が見られる。
 ここから北に二〇メートルほど離れたところに共同墓地があり、入口に二基の馬頭観音塔があって、次の文字が見られるが、その一基には乗馬姿の尊像が彫られている。「馬頭観音 山瀬太左衛門 享和三亥歳(一八〇三)二月大吉日」