八幡大神
本殿前には、高さ一・八メートル余の石燈籠一対があり、「御神燈 青陽大吉旦 両一件勤功名主組頭中 文政二卯(一八一九)二月二十一日 郷中敬白」、「御神燈 文政三庚辰(一八二〇)両一件勤功百姓惣代中 両一件惣代 大 蔵右衛門忠良 郷中敬白」と刻まれている。文中に「両一件勤功」とあることと奉造の年から推察すると、後述の多古村との水争い、続いて水戸村との境界争いの、二件の裁判が終わった年であることから、この事件関係者の心労を後世に伝え、また二度とこのような事件の起こらぬようにと祈念してのものであるのかもしれない。
高さ三〇センチ余の石の手洗いには「営納 文政三庚辰(一八二〇)青陽大吉旦 宇井豊藏重道 大木良輔昌邨」と刻まれている。
さらに明治の『社寺明細帳』にはこの一社だけが次のように載せられている。
千葉県管下下総国香取郡多古町島字塙台
村社 八幡大神
一、祭神 誉田天皇 菅原道眞公(元天神祭神)天香香背男命(星宮祭神)
一、由緒 不詳
明治四十二年六月十七日同字西ノ内天満天神 同字中通星宮大神ヲ本社ニ合祀
一、社殿 本殿
一、境内 三百七拾五坪
一、氏子 百弐拾戸 以上