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路傍の小祠、石宮など

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 不受不施派として強い団結を維持し続けたためか、他の神仏に対する関心は極めて薄い。したがって、信仰の対象物となる小祠、鋳造物、石物などはほとんどない。
 星之宮神社 字妙見前九九九番地にあり、本殿は木造でこの境内に前記の永和元年と刻まれた板碑が建てられている。『神社台帳』には、
 
     千葉県管下下総国香取郡多古町喜多字大坂台
                    無格社 星之宮神社
  一、祭神 天御中主命
  一、由緒 慶長五庚子年(一六〇〇)三月勧請ノ由古老ノ口碑ニ存ス
  一、社殿 本殿
  一、境内 百五拾六坪
  一、氏子 弐拾三戸     以上
 
 このように載せられている。

星之宮神社

 八幡社 字向下一〇三〇番地にあり、木造ながら彫刻の多い本殿は銅板葺きの屋根で管理も行き届いている。本殿の傍には石宮が一基あり、「施主大原村 大矢惣右衛門 宝暦二壬申(一七五二)五月吉日」と刻まれている。
 明治九年の『地引帳』の一節には、「千三十番字向下縦九間横五間、八幡神社境内一畝十五歩、官有地」と記されている。
 両社はいずれも水田の眺められる高台の端に祀られていて、集落内の家々を南北からはさむような形に位置している。星之宮神社が千葉氏の氏神であり八幡社が源氏の氏神であることも、そこにいわれの深さがあるように思われる。
 道祖神 字登戸八六一番地の三にある。西側から集落への入口に当たるところである。かつては五、六基あったらしいが、永い風雪のため今は数も少なくなり、造立の年月日や神名など読み取れるものはない。
 題目塔 羽黒台五二四番の五にある。広い畑の中央にただ一つ建てられている。正面には「南無妙法蓮華経観世音」、右側に「享和元辛酉(一八〇一)十一月吉日」、左側に「中佐野村 東台村郷中」と刻まれていて、この石塔北側に斃馬捨場(そますてば)があったといわれるが、あるいは廃馬を弔うために建てた馬頭観世音塔のようなものであったかもしれない。