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白山社

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 字入(いり)一二七番地にあり、集落全体を見下せる小高いところで、鎮守様として崇められている。

白山社

 明治に書かれた『社寺台帳』には次のように記されている。
 
    千葉県管下下総国香取郡多古町喜多字入
                        無格社 白山社
  一、祭神 白山比咩命
  一、由緒 慶長壬寅年(一六〇二)三月勧請ノ由古老ノ口碑ニ伝フ
  一、社殿 本殿
  一、境内 百五坪
  一、氏子 弐拾六戸
 
 本殿高欄の擬宝珠に「白山大権現御宝前 元禄一四辛巳年(一七〇一)三月吉日 長谷川伊勢大掾作」と刻字されてあり、内陣の棟札様の板の表には「神主白升村榊原薩摩守 祓羅伊玉意 藤原朝臣尚正 奉造立白山大権現石坂一組成就郷中安全処喜余目出賜 今上皇帝宝祚万万才 御地頭松平中務少輔様 名主瓜生武兵衛 組頭佐久間宗作 仝斉藤藤兵衛百姓代秋山半七 氏子中」。裏には「文化二丑歳(一八〇五)十一月廿三日伊野村」と書かれている。
 その他区有文書が保管されている木箱の中に、鰐口が納められているが、その刻字は「奉納 白山大権現為意願成就也卍于伽 宝暦六丙子天(一七五六)六月吉日 菱田村竜泉院旦春」となっている。これらは勧進された時代を知る手掛りではあるが、なお詳細な古文書類は発見されていない。
 鍵元と呼ばれる鈴木新兵衛家が先祖代々神社本殿の鍵を保管しているが、その理由については、古老も当家自身もわからないという。しかし鈴木家には、鍵の保管だけではなく、本殿に懸ける正月の〆縄と門松を飾る役目とともに、特別の行事を行う役が課せられている。それは、この地方一帯の風習に、正月十五日、農産物の形を団子で作って成木(なるき)と称する楢の枝一ぱいに刺し、その木元にやはり餅で作った蛇をからませ、同じ餅で米俵、鶴亀を模した形のものを作って床の間あるいは座敷の上座に飾り、昨年の農作を感謝し今年の豊作を願う行事があるが、鈴木家につながる五軒だけはこの地方的年中行事は行わず、「隠し餅」と称して、団子を白紙に包み、長持の中や押入れの奥など、とにかく人目に触れない場所に供えるならわしがある。そのいわれは誰も知らないが、このしきたりには、鎮守と同家をつなぐ深い絆を思わせるものがある。