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由緒・縁起

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 その縁起については記録もなく知る人もいないが、明治時代に書かれた『社寺明細帳』には、次のように記されている。
 
     千葉県管下下総国香取郡多古町一鍬田字宮
                                      無格社 星宮神社
   一、祭神 天御中主命 倉稲魂命
   一、由緒 元和五己未年(一六一九)正月勧請ノ由古老ノ口碑ニ存ス
        大正元年十月八日許可ヲ得テ同所宇賀社ヲ本社ニ合祀ス
   一、社殿 本殿拝殿
   一、境内 百六拾三坪
   一、氏子 弐拾三人
   一、境内編入
    香取郡多古町一鍬田字宮三百番
    台帳面積 六畝拾三歩
    実測面積 六畝拾三歩
                    社掌 宮本雄治
 
 そしてかつて瓜生勘之丞家付近にあって、現在はこの社に合祀されている稲荷宮については、次のような由緒書が残っている。
 
   正一位稲荷大明神安鎮之事
   右於本宮雖為奥秘因懇望
   畧祀式修行奉勧遷
   大明神於其清地 下総国香取郡一鍬田村
   斉祠矣祭祀無怠於尊信者
   豊饒万福可有守護者也 仍如件
    城州紀伊郡稲荷本宮正官神主
   文化二年四月吉辰正四位下行下総守奉 親業
                     花押
                     印印
    (包紙奉書)
    (裏)城州紀伊郡稲荷本宮正官神主大西下総守
    (表)瓜生勘之丞殿 花押
 
 祭神天御中主命は後に星神を尊崇する妙見信仰と習合して妙見社の祭神となり、また、千葉一族の守護神となった。後に合祀された稲荷宮の祭神は倉稲魂命で、農耕の神として知られ、殖産興業の神となって広く全国に祀られている。