大阪層群は、湖や海といった水中で堆積した地層であるから、本来水平であるはずである。ところが、羽曳野丘陵をはじめ各地での観察によると、大阪層群の地層はさまざまな程度に変形していて、垂直に近い傾斜をもつ場合もある。前に述べたように、羽曳野丘陵は東側に短く急な斜面、西側に長く緩い傾斜をもつ斜面からなるが、これは丘陵面下の地質構造を反映しているためである(付図参照)。
すなわち丘陵の西側斜面では、全般的に大阪層群は二~七度西に傾いているにすぎないが、東側では丘陵の北部で東に三五度、富田林付近では東に七〇度(11)、さらに南にいくと垂直に近い傾きをなしているところさえある。この原因は、羽曳野丘陵が丘陵の東の端に沿って、ほぼ南西から北西にのびる軸をもつ背斜構造(地層が褶曲して上に凸状に曲がっている構造)をなしているためなのである。この背斜構造を富田林背斜とよぶことにする。
では、なぜこのような背斜構造が形成されたのであろうか。おそらく付近の地下には断層が通っており、その断層の活動、すなわち石川谷の部分は沈降し、羽曳野丘陵側が西に傾きつつ隆起するという地盤の運動の影響を受けているためであろう。このような地盤の動きは現在も続いていると考えられており、大阪盆地全体の動きとも密接な関係がある。