鍋塚古墳の構造と遺物

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鍋塚、真名井両古墳は美具久留御魂神社をはさんで羽曳野丘陵東縁のやや突出した支脈の上にある。このうち鍋塚古墳は神社の社殿から北方に三〇〇メートル離れて、標高八七・七メートルの支脈上の突端を占めていた。一九六六年に宅地造成工事によって破壊消滅するまで、かろうじて古墳の外形を保っていたが、その直前に大阪府教育委員会が行なった発掘調査で、直径二五メートル、高さ三メートルの円墳と判明した。わずかに残存した内部構造は簡単な土壙の施設で、短甲一領、鉄鏃二七本、刀子二本の副葬品を発見したにすぎない(考古二一)。

 ところがこの古墳から出土したという遺物が旧本山考古室の収蔵品中にあって、現在関西大学の考古学研究室に引き継がれている。遺物の品目は面径約一〇センチで外区に鋸歯文を有する銅鏡一面と石釧、石製刀子、有孔石製品等一二個からなり、前期古墳の副葬品とすることに矛盾しない。前記の短甲も長方形鉄板を組み合わせた革綴式短甲という前期の型式に属する事実から、かつてこの古墳が盗掘されて主要な遺物は取り出され、短甲と鉄鏃・刀子の一部が残された可能性が強いと考えられるのである(167)。

167 鍋塚古墳の革綴式短甲出土状態 (大阪府教委報告書による)