塚廻古墳の石室

328 ~ 329

石室は古くから開口していたため、内部に大量の石塊、土砂が流入していたが、珍しいことに奥室の入口には石製の厚い扉が残っていた(261)。石室はすべて花崗岩の切石で構築し、内部の全長は七・六五メートルあり、奥室はいわゆる石棺式石室で、前方に長く羨道を設けている。奥室は狭小で、長さ二・四メートル、幅、高さともに一・三二メートルの内法をもち、天井・奥壁・左右の側壁・床はそれぞれ一枚の丁寧に加工された長方形切石からなる。扉石は奥室の入口を塞ぐために、床石の張り出した段上に載せられていたもので、高さ一・五メートル、幅一・六メートル、厚さ二五センチもある頑丈な一枚の板石を用いていた。この扉石の用材は花崗岩ではなく、二上山西方の寺山に産出するやや軟質の青石で、面白いことに扉の中央には直径八センチ余りの円孔を穿っている。もっとも、盗掘の際に扉石の右上部を破壊して奥室内に侵入しているため、円孔部分の大半は石室内の床面から破片となって採集された。

261 丁寧に加工した花崗岩の切石からなる塚廻古墳石室内部、正面の厚い石扉の破壊口を通して奥室の一部が見える

 羨道の長さは約五メートル、幅、高さともに約一・六メートルあり、奥室ほどでないにしても丁寧に加工した花崗岩の切石を布積みにし、天井石を載せている。床面には長さ三〇~四〇センチ、厚さ三~五センチの方形または長方形の板石を二重に敷きつめていた。この板石には榛原石を用いている点で、前述のアカハゲ古墳の石材と共通し、両者の関係の深さがこの事実からも証明できる。羨道の入口を人頭大の丸石で閉塞していたのも同様で、塚廻古墳の場合にも各処に漆喰を塗っていた。