第1号墳の前方部に隣接するが、墳丘はすでに消失し形状、規模は知りえない。ただし花崗岩製の石材が西南面に開口するかの如き形状を有し、この点から小型の横穴式石室を内部主体とする古墳時代後期の円墳と思われる。この付近から亀甲形陶棺片が出土しているがあるいは本古墳出土品かも知れない。(松井忠春)
なお陶棺片について簡単に紹介しておくことにしよう。この資料は一九四九年七月に、たまたま神社西方を踏査した際採集したもので、当時、神社境内地の西縁にあたる西斜面の中腹を南北に通じる細い農道があって、両側は開墾されて間のない赤土が露出していたが、その掘り返された畠の中に遺存していて、とくに伴出品と認められるものはなかった。
破片は二個あり、実測図と写真(考古四五―(2))に示したように、長さ約一五センチ、幅約一〇センチ角の不定形な形状で、いずれも表面に十字形の太い突帯がついている。このうち一個は厚さ一・三センチで一側に軽い弯曲があり、他はわずかに薄くて一センチ余を計る。赤褐色の焼成で、砂粒を多く含んでいて粗質である(305)。これらの点から、両者がともに古墳時代後期の亀甲形陶棺の一部に属することは間違いなく、あるいは前者は棺蓋で、後者は棺身にあたるものかとみられるが、この程度の破片の大きさからでは、これ以上に推測することは無理であろう。完形をもつ亀甲形陶棺の参考例として、奈良市歌姫横穴出土資料をあげておくことにしよう(306)。ただし歌姫例は長さ約二・二メートル、幅約〇・七メートル、高さ約一・一メートルもある大型例で、これに比較すると、この美具久留御魂神社出土の陶棺はもう少し形の小さいものであったとみられる。(北野耕平補筆)