埴輪などの遺物

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試掘調査で出土した遺物は、同報告書によると「埴輪・須恵器・土師器・瓦器・瓦・磁器等がある。ただし、数量も少なく、いずれも細片で原形をとどめるものはない」といい、出土状況も一部の埴輪と須恵器が濠底よりやや上で細片として出土したほか、大多数が近世~近代の盛土層中より出土したという。この事実は墳丘が長年月原形を保っている間に、まず周濠が埋没し、近世以降の開墾によって墳丘の封土が削られていったことを想像させる。

 埴輪に関する所見によると「いずれも須恵質を呈するが、典型的に灰色硬質のものと、黄橙色でやや軟質のものの二種がある。外面は、やや傾斜をもった縦方向の刷毛調整が施こされ、また粗雑な低いタガが取り付けられる。透し孔は円形を呈する」とある。写真(338・339)から見ても、埴輪の編年を五期に分ければ、最末期の第五期に位置づけることのできるものである。すなわち「形態、製作技法の諸点から、埴輪型式としてきわめて進化したもので、時代的には六世紀前半に下るものと判断される」とする見解は妥当であろう。写真で見るとタガは器体の刷毛調整後はりつけたものらしいが、タガの上下を幅広い圧条を加えて整形していて、低くて鈍い。

338 第1号墳(明八塚)出土の円筒埴輪口縁部破片
339 明八塚出土の円筒埴輪破片