班田農民の主要な負担については、すでに述べたが、それ以外の負担の一種に仕丁があった。仕丁は五〇戸一里ごとに二人(うち一人は炊事係)徴発され、三年間中央の各官庁で雑用に使われた。彼らには課役(庸調と雑徭)が免除され、一日に米二升(現量で約八合)と塩二勺、他に銭・綿・布などが給された(弥永貞三「仕丁の研究」『史学雑誌』六〇―八)。それでも逃亡する者も多く、養老二年(七一八)以降は、仕丁を出した房戸全体の雑徭を免じ、何とかその確保を計っている。河内国石川郡より出された仕丁の例が、史料(古代四五)の山代忌寸志麻守と漢人根麻呂の場合である。仕丁は課役免除であったから、彼らの勘籍もされたわけで、現存する勘籍中には仕丁のものも含まれていると思われる。勘籍とは戸籍を勘検することで、身分訴訟の生じた場合や、税が免除される場合に行なわれた。規定では五回前の戸籍にさかのぼって、調査された。つぎに仕丁の例、山代忌寸志麻守と漢人根麻呂について、もう少し詳しくみておこう。
律令体制のもとで暮す人びとの名前は、原則としてつぎの七つの類形に分けることができる。
(1)藤原朝臣不比等や大伴宿祢旅人のように、某+カバネ+個人名のもの=カバネ姓
(2)大伴部田次や阿刀部麻呂のように、某+部+個人名のもの=部(べ)姓
(3)秦人安閉や倉人大立のように、某+人+個人名のもの=人(ひと)姓
(4)国造族五百嶋や出雲臣族桑のように、某+(カバネ)+族+個人名のもの=族(ぞく)姓
(5)尾張諸上や春日荒嶋のように、某+個人名のもの=無カバネ姓または某(ぼう)姓
(6)酒人部足国や舎人部立麻呂のように、某+人部+個人名のもの=人部(ひとべ)姓
(7)飯麻呂や吾志のように、個人名のみのもの=無姓
これら七つの類形に整理できる姓(せい)は、律令体制の構造を反映するものとして、重視されてきた(姓はカバネともよむが、混同をさけるため、以下本稿では姓はすべて「せい」とよんで、区分する)。一般に律令社会は、天皇―良民―賎民という三段階に区分できる。良民はさらに、親王・諸王―諸臣百官人―天下公民に区分できる。姓に関係するものは、諸臣百官人と天下公民であって、天皇・親王・諸王・賎民は姓を持たない。つまり(7)にあたるものが、天皇・親王・諸王・賎民である。天下公民のなかにも(7)にあたる者がいるという説もあるが、基本的には以上のように考えられる。したがって(1)から(6)までの姓については、それが良民を示す標識ともみられる。
(1)から(6)までの姓のうちで、一番よくみかけるものは、(1)のカバネ姓である。このカバネ姓を持つものは、普通は支配階級に属し、いろいろの役職についた官人である。カバネにはいろいろなものがあるが、大別すれば真人・朝臣・宿祢・忌寸という上級カバネと、臣・連など上記以外の下級カバネがあった。同様に天下公民に与えられた(2)から(6)までの姓にも、上下の身分秩序があるが、それをどう位置づけるかについては、諸説があっていまだ確定しえていない(前之園亮一『研究史・古代の姓』)。
山代忌寸志麻守は、(1)のカバネ姓で原則として支配階級に属する。農民から貢進された仕丁といっても、最上層の人間であろう。山代忌寸については、後に述べるのでここでは省略しておきたい。史料(古代四五)にみえる豊足と志麻守は、これ以外に史料はない。
漢人根麻呂の漢人は、氏の個有名詞である場合、身分を示すカバネである場合、漠然と外来系譜の人を指す普通名詞の場合の三類型がある。漢人根麻呂の場合は、氏である場合で、漢氏に従属した農民のうちで外来系譜のものと見る説がある(平野邦雄『大化前代社会組織の研究』)。また漢人を普通名詞とみれば、氏の名が固定していない新しい時代の渡来者とみることもできる。漢人根麻呂は草原首東人の戸籍に戸口と記されているが、両人の関係がどのようなものであったかは知ることができない。
漢人根麻呂と同姓の例としては漢人広橋・刀自売らの場合がしられる。『続紀』天平勝宝八歳(七五六)七月一八日条に
河内国石川郡人漢人広橋、漢人刀自売等十三人に山背忌寸の姓を賜う。
とある。漢人広橋・刀自売らについては、これ以外に史料はなく、なぜ山背忌寸の姓を与えられたか不明である。ただ大宝二年の美濃国味蜂間郡春部里戸籍には漢人百枝の戸口に山代意岐奈・古麻呂がみえ、山代と漢人はなんらかの関連を有していたと考えられる。
また『続紀』天平宝字元年(七五七)四月四日条には「其の高麗・百済・新羅の人等、久しく聖化を慕い、来って我が俗に附く。志して姓を給わんことを願うものは、悉く之を聴許す」とある。皇太子道祖王を廃し、大炊王を皇太子とし、藤原仲麻呂が権力を一手に掌握しつつあった時のことで、外来系譜氏族に姓を与えてその人気をえようとした政策のひとつである。漢人広橋らへの賜姓はこの前年にあたるから、あるいは藤原仲麻呂との関連があったのかもしれない。