錦部郡の事情

852 ~ 852

錦部郡は、郡内に式内社をひとつも持たない異色の郡である。畿外の国ならいざ知らず、畿内の国で式内社を持たない郡は、他に摂津国百済郡があるだけである。摂津百済郡の場合には、貞観四年(八六二)一一月一一日に田辺東神、田辺西神に従五位下が与えられている(『三代実録』)。有力な神社がありながら、これが何故式内社とならなかったのか不明である。錦部郡の場合はこれほど明瞭に史料にあらわれないが、下級官人錦部氏らの有力者の存在からみても、有力な神社が存在したと思われる。式内社とならなかった事情は不明とする他ない。