四・五・六・七号窯跡の四基を確認し調査した。これらの窯跡の構造は、近世以降にみられる両端に焚口をもつ、だるま窯といわれるものに近似すると考えられる。
四号窯跡 円形の両端を狭め、中央にロストル二本と焔道三本を配置した独特の構造をもつ。主軸上の延長は二・一メートル、最大幅は中央部分に求められる。天井および両側の側壁の立ち上がりはすべて開墾のため削平され、かろうじてロストル直上部分が残されているという状態である。おそらく両者の一方が焚口で他者が煙道の可能性をもつが、あるいは近世以降のだるま窯のように、両者が焚口となる可能性も捨てきれない。
五号窯跡 四号窯跡の西一メートルに位置し、主軸上の延長二・六メートル、最大幅一・九五メートル、主軸方向はほぼ南北を示す。焼成部は長径二・四メートル、短径一・九メートルをはかる楕円形を呈し、ロストル二本と焔道三本で構成されている。ロストル上から丸瓦および平瓦の破片がみられ、とくにロストルの燃焼部側には丸瓦が用いられている。
六号窯跡 北群の北東隅に位置し、四号窯跡の北一・八メートルになる。主軸上の延長二・五五メートル、最大幅一・九メートル、主軸方向N―一九度―Eをはかる。焼成部は長径一・五メートル、短径一・四メートルをはかる楕円形を呈し、ロストル二本と焔道三本で構成されている。なお窯体内部から検出された平瓦には凸面に格子叩き、凹面に布目が見られ、奈良時代前半から後半の特長を示している。
七号窯跡 北群の西北隅、五号窯跡の北東二・一メートルに位置し、主軸上の延長二・四メートル、最大幅二・〇メートル、主軸方向N―一八度―E、床面傾斜は、ほぼ平である。焼成部は長径二・〇メートル、短径一・七メートルをはかる楕円形を呈し、ロストル二本と焔道三本で構成されている。