市域の神社

986 ~ 986

近世における富田林市域の神社について、『大阪府全志』『大阪府史蹟名勝天然記念物調査報告』『大阪府神社文化財図録』、および市史調査に掛かる史料を中心にして、その概要を観ておこう。ここで言う場合の近世神社とは、先述したと同様に、幕府・藩などのいわゆる公的・宗教的権力によって認められ、「村明細帳」「寺社明細帳」などに記載されたものを指し、寺院境内社などは、除外した場合がある。それらの概要を一覧したものが表125である。

表125 近世の神社一覧
神社名 所在地 年次 備考(来歴など)
錦部郡
天神社(鎮守) 享保六(一七二一) 除地(史)
享和二(一八〇二)・三 塩之宮(史)
横山天神祠(図)
菅原神社(全)
明治四〇(一九〇七)・一二・一三 彼方春日神社に合祀(全)
春日神社 彼方 天長五(八二八) 空海の創建(社記)
仁和三(八八七) 社記(史)
享和二(一八〇二)・三 鎮守、拝殿・本地堂(史)
文化一四(一八一七)・八 除地、本寺堂・弁財天・円満寺(史)
明治五(一八七二) 村社(全)
明治四〇(一九〇七)・一二 伏見堂神社・菅原神社を合祀(全)
板茂神社 西板持 明治四〇(一九〇七)・一一・一三 建水分神社に合祀
大正年間 (全)無記載
その後元の地に鎮座(史)
白山権現 彼方 文化一四(一八一七)・八 除地、八王子・弁財天・龍王(史)
牛頭天神社 錦郡 享和二(一八〇二)・六 御室御所支配、七村立会、社僧金輪寺(史)
若宮社 錦郡 享和二(一八〇二)・六 女鉢<ママ>神、安楽寺支配、除地(史)
天満宮社 錦郡新田 享保六(一七二一) 除地(史)
享和二(一八〇二)・六 氏神(史)
三所権現 廿山 享保六(一七二一) 除地(史)
享和二(一八〇二)・六 鎮守(史)
信田大明神 廿山 享保六(一七二一) 除地(史)
享和二(一八〇二)・六 鎮守(史)
稲荷大明神 加太新田 享和二(一八〇二)・六 氏神、除地、稲荷明神小社(史)
水郡神社(錦織) 甲田 正平一八(一三六三)・一二・五 建立(史)
永享一一(一四三九)・六・二四 修理(史)
寛正六(一四六五)・二・一一 造営(史)
永正一二(一五一五)・五・二八 造営(史)
明治五(一八七二) 郷社(全)
明治四〇(一九〇七)・一 神饌幣帛供進社(全)
明治四〇(一九〇七)・七・二 錦織神社に復(全)
石川郡
美具久留御魂神社 喜志 嘉祥三(八五〇)・一二・三〇 授従五位上(文徳実録・図)
元亀三(一五七二)・八 禁制(史)
天正一二(一五八四)六・八 豊臣秀吉田地寄進(史)・
秀頼・家光社殿修繕(全)
万治三(一六六〇) 下水分大明神(記念物)
文化三(一八〇六)三・五 神社略縁起書
明治一(一八六八)・一一 神社取調書上帳(調)
明治四(一八七一) 郷社
水分宮 新堂 文政一一(一八二八)・二 祢宜原丹波(史)
佐備神社 佐備 天安二(八五八) 文徳天皇の創建(全)
文安一(一四四四)・一二・二三 河内国石川郡東条佐備郷高園宮重修(図)
元禄年間 修復(全)
明治三(一八七〇)二・二五 修復(全)
明治五(一八七二) 村社(全)
咸古神社 龍泉 延喜式内社
龍泉寺の鎮守、牛頭天皇と呼称(全)
明治初期 神仏分離(全)
明治五(一八七二) 村社(全)
明治四二(一九〇九)・一二・二 甘南備の咸古佐備神社を合祀(全)
この地の生土神(図)
威古佐備神社 甘南備 寛平三(八九一)・三・一〇 授従五位上(日本紀略)
明治四二(一九〇九)・一二・二 咸古神社に合祀(全)
この地の生土神(図)
三拾八神社 毛人谷 天保一四(一八四三)・九 西方寺境内社(史)

注)『大阪府全志』『大阪府神社名鑑』『角川日本地名大辞典(大阪府)』『河内名所図会』、その他によって補正した。