国家総動員体制

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昭和一二年(一九三七)九月九日、政府は、内閣告諭と訓令をだして、挙国一致・尽忠報国・堅忍持久を目標とする国民精神総動員運動を開始した。これは、国民を迅速に戦争体制に動員することを目的としたもので、初期には日本精神発揚・敬神思想発揚といった精神運動を中心としていたが、戦争の長期化にともなって、献金・献品・国債応募・貯蓄奨励・物資愛護などの運動が推進された。

 大阪府では、九月一〇日の文部・内務両省の「国民精神総動員実践事項」「総動員に関する地方実行委員会要項」を受けて、九月二一日に運動方針、実施機関、実践細目などの具体的要項を決定し、二四日には府庁において大阪府実行委員会を開催した。この委員会で、大阪府における運動の具体的実施計画を樹立し、実践の普及徹底を図ろうというのであった。二四日の委員会では、大阪府総務部長、大阪市助役、府会議長、大阪実業組合聯合会長ら五人で構成される特別委員会が組織された。ここで、大阪府が委員会に指示していた実践細目が検討され、吟味確定ののち官庁・学校・会社・銀行・工場・商店その他各種団体を総動員し、町内、村落、職場ごとに協議会、講演会、懇談会などを開き、精神運動を展開することとなった。ほかに、府庁職員から約八〇人の指導員を選抜して、府内各地に派遣しパンフレット・ポスター・懸垂幕・映画・レコード・ラジオを利用した宣伝活動も進められた。

 昭和一二年度の「東条村歳入歳出決算書」(東条村「議事之綴」)を見ると、歳出項目の中に「国民精神総動員費」があり、一三円九五銭が支出されている。この支出の内訳は、節約規約代二円六〇銭、勤労奉仕作業材料費一一円三五銭であった。翌一三年度の東条村の決算書には、「国民精神総動員費」一〇六円六七銭とあり、「自治制発布五十周年記念扇子代十四円六十銭、仝祝祭並ニ自治物故者慰霊祭費八十三円八十四銭、生活刷新申合規約書代三円二十銭、仝標札代二円三銭、経済週間ビラ代三円」と記されている。

 昭和一三年四月一日には、強力な戦時立法としての国家総動員法が公布された(施行は五月五日)。これによって、政府は「国防目的達成ノ為国ノ全力ヲ最モ有効ニ発揮セシムル様人的及物的資源ヲ統制運用」するという絶大な権限を持つに至った。一四年四月には米穀配給統制法が公布され、七月には国民徴用令が公布された。同年一〇月価格等統制令公布、一五年六月砂糖・マッチの切符制開始と、戦時経済統制が強化されていった。こうして国家総動員体制がつくられていく中で、富田林市域の町村も戦時色に塗られていった。