近郊野菜地域へ

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経営耕地総面積にたいする野菜類の作付比率は、昭和二五年(一九五〇)に大阪府下では一八%、昭和三五年に二六%であった。南河内地方では昭和二五年に一三%であったものが、昭和三五年を頂点に低下して、昭和五五年には一一%になった。昭和二五年段階で、大阪府下でも野菜栽培が盛んであったとはいえない南河内地方では、各種の野菜がまんべんなく栽培されていた。これは終戦後の農業の特殊事情と輸送手段が未発達であった状況を反映し、野菜栽培は地域内自給的で地場市場を目ざす率が高かった。昭和三五年までの一〇年間には富田林町を中心としたエンドウマメ、サトイモ、富田林から石川下流へと拡散したソラマメの特産地となった。富田林町では、野菜類の作付比率は昭和五五年段階で一五%と昭和二五年の一〇%よりも高い(表120)。

表120 野菜類の作付比率の変化
経営総面積にたいする野菜類作付比率(%) 野菜類増減指数(昭和25年=100)
昭和25年 昭和35年 昭和45年 昭和55年 昭和35年 昭和45年 昭和55年
南河内地方 13 16 13 11 118 80 53
富田林町 10 14 17 15 141 122 92
東条村 7 5 4 4 73 55 55
大草村 54 84 38 44 132 48 43
石川村 34 38 26 17 106 66 32
道明寺村 22 22 15 8 77 36 11

注)各年次『世界農林業センサス』より作成。

 農家数も耕地面積も多い旧富田林町は昭和二五年には多くの野菜で南河内地方でほぼ最大の寄与率を示し、穀類、イモ類指向の強かった時代にナス、キュウリ、ダイコン、ハクサイ、キャベツなど野菜を重視していた。

 石川村は多くの野菜で郡内の上位を占め、水田に野菜が表作として浸透する際立った野菜地域であった。

 現堺市域の大草村が早くから近郊野菜地域であったのにたいし、旧富田林町では特定の種類に限らない果菜、根菜、葉菜の多彩な栽培があったが、比較的日もちがするものが多く、軟弱蔬菜(そさい)のキクナ、ホウレンソウやミツバその他の葉菜が少ない。鮮度が重要なナスは昭和二五年の段階では少なく、当時の貧弱な輸送力が影響していた。軟弱野菜は当時はまだ大阪市の外周部の近郊野菜地帯に生産が多く、旧富田林町の場合、昭和二五年段階では、近郊野菜地域とはいえない。近郊野菜地域に編入されたのは昭和三五年の段階と考えられる(表121)。

表121 主要野菜類の生産量に町村が占める割合(昭和25年)

単位:%

南河内地方の対大阪府寄与率 上位5位の合計比率 1位 2位 3位 4位 5位
ナス 15 42.1 富田林 16 黒山 7 大草 7 石川 6 丹南 5
トマト 9 65.2 道明寺 26 大草 17 丹南 14 埴生 4 富田林 4
キュウリ 22 46.9 富田林 20 大草 9 道明寺 8 石川 5 河内・丹南 各4
スイカ 25 65.0 石川 22 富田林 20 9 黒山 8 磯長 8
ダイコン 17 40.9 富田林 12 大草 8 長野 8 狭山 7 石川 6
ハクサイ 15 57.5 富田林 21 黒山 10 石川 10 狭山 9 野田 7
キヤベツ 13 60.4 富田林 25 石川 11 10 白木 8 道明寺・平尾 各7

注)『1960年世界農林業センサス』より作成。

 大阪府全般に昭和二五年ごろにもっとも多く栽培されていたダイコンが昭和三五年には著しい減少を見せる一方、結球ハクサイとキャベツが重要である。大阪府全体ではハクサイの地位は低かったが、南河内地方、特に富田林町では常に野菜類中一〇%を超え、時には二〇%に迫るもので、キュウリを超える面積を占めている。

 南河内地方のキャベツはかなりの年変異はあるが、旧富田林町では平成二年(一九九〇)には野菜類中一三・四%でそれまでの最高作付率を示し、面積の減少はあっても相対的には重要な地位を維持している(表122・123)。

表122 主要野菜作付面積

単位:10a

ナス トマト キュウリ
昭和25年 昭和35年 昭和45年 昭和55年 昭和25年 昭和35年 昭和45年 昭和55年 昭和25年 昭和35年 昭和45年 昭和55年
南河内地方 677 1025 670 430 229 445 130 100 768 887 420 130
富田林町 110 217 100 50 10 39 20 10 154 117 60 20
東条村 12 12 10 10 0 0 0 0 30 14 10 0
石川村 42 61 70 10 1 2 0 0 41 41 20 0
大草村 48 36 0 0 38 69 10 10 68 98 20 10
ハクサイ キャベツ ダイコン
昭和25年 昭和35年 昭和45年 昭和55年 昭和25年 昭和35年 昭和45年 昭和55年 昭和25年 昭和35年 昭和45年 昭和55年
南河内地方 492 930 520 230 370 757 820 500 1585 910 280 140
富田林町 104 218 150 160 94 80 120 60 190 85 50 20
東条村 5 11 10 0 1 0 0 0 28 9 0 0
石川村 52 120 80 10 39 34 20 20 91 23 10 0
大草村 12 59 10 0 7 83 70 40 133 47 20 20

注)各年次『世界農林業センサス』より作成。

表123 露地野菜類合計にたいする比率

単位:%

ナス トマト キュウリ
昭和25年 昭和35年 昭和45年 昭和55年 平成2年 昭和25年 昭和35年 昭和45年 昭和55年 平成2年 昭和25年 昭和35年 昭和45年 昭和55年 平成2年
大阪府 7.7 5.9 4.2 3.5 3.1 3.8 3.9 1.9 1.9 1.9 5.1 4.8 2.7 2.1 2.2
南河内地方 9.9 12.5 12.1 11.8 9.6 3.3 5.4 2.3 2.7 3.2 11.2 10.9 7.6 3.6 5.3
富田林町 12.1 17.0 9.0 6.0 7.5 1.1 3.0 1.8 1.2 1.3 17.0 9.1 5.4 2.4 4.2
東条村 9.5 13.0 14.3 14.3 8.2 0 0 0 0 0.9 23.7 15.2 14.3 0 7.0
ハクサイ キャベツ ダイコン
昭和25年 昭和35年 昭和45年 昭和55年 平成2年 昭和25年 昭和35年 昭和45年 昭和55年 平成2年 昭和25年 昭和35年 昭和45年 昭和55年 平成2年
大阪府 2.2 2.9 2.3 1.9 2.1 4.5 6.0 10.9 11.9 17.1 14.0 7.8 4.3 3.8 3.2
南河内地方 7.2 11.4 9.4 6.3 8.0 5.4 9.3 14.8 13.7 17.1 23.1 11.1 5.1 3.8 4.2
富田林町 11.5 17.0 13.5 19.3 15.5 10.4 6.3 10.8 7.2 13.4 21.0 6.6 4.5 2.4 4.2
東条村 4.0 12.0 14.3 0 10.9 0.8 0 0 0 3.9 22.2 9.8 0 0 3.1

注)各年次『世界農林業センサス』より作成。

 平成二年段階で、露地、施設を合わせて、富田林市の野菜栽培面積はナス、ハクサイ、ソラマメ、イチゴで、大阪府下の一位であり、キュウリは二位である(大阪農林水産統計年報、富田林市『とんだばやしの農業 平成三年』)。

 上位五位までの町村の郡全体にたいする占有率が地域的集中を示すが、その点では、昭和二五年段階ではスイカは石川村と富田林町だけで郡全体の四〇%を超え、大阪府全体の一〇%を占めて、いわば特産地を形成していたのである(表121)。

 露地栽培が主の時代には、普遍的に栽培されて集中度は低い中で、南河内地方は特にキュウリの占有率が高い大産地であり、なかでも富田林町は大産地となっていた(表121)。現在は、ハウス栽培に転換して、春から初夏にかけてのナスと秋のキュウリという表裏の組み合わせで、大きな生産を上げている。

 ハクサイとキャベツという冬型の葉菜が富田林町に集中していたことが注目される。その作付は昭和三五年あるいは昭和四五年を頂点に減少傾向にあるが、実際の作付面積は決して少なくない。近郊型に転じた生産の集中が見られ、特に高冷地からの入荷が少ない時期に大阪市場で珍重される(吉田忠『農産物の流通』)。

 南河内地方では、石川本流と東条川、梅川沿岸の河岸段丘上の現羽曳野市域から富田林市を経て河南町にいたる地域で、水田と野菜生産が盛んな地域が連続している。したがって旧富田林町域は段丘面の水田での野菜生産地域に属し、旧東条村はブドウ、ミカン中心の東部、南部の山麓傾斜地域の果樹地域に属する。

 なお、農産物の作付面積、収穫面積、収穫量、出荷量などについての統計は、各調査によって、基準も異なり、数値も異なっている場合が多い。したがって、地域ごと、時代ごとの相対的な比較の材料とはなるが、絶対的な数値は得られないというべきである。