富田林市史編集事業は、『富田林市史』第三巻(本文編Ⅲ)の発刊をもって、本文編・史料編全五巻の刊行を終え、幕を閉じることになった。
回顧すると、編集事業は、昭和四四年一〇月に井上薫を委員長として発足し、本文編上下二冊と史料編・年表等一冊を刊行する予定であった。発足時の編集委員は、北野耕平(考古)・井上薫(古代)・熱田公(中世)・竹安繁治(近世)・福山昭(近世)・服部敬(近代)・塚田秀雄(地理)の七人であった。その後、昭和四五年四月、小山仁示(近代)が加わり、昭和四七年五月には、竹安繁治が勤務の都合で辞任し、福島雅藏と交代した。
富田林を中心とする地域は、古くから文化が開け、中世末には寺内町として発展し、近世には有力な在郷町、近代には郡役所の所在地として、常に南河内の政治・経済・文化の中心として、輝かしい歴史を有している。それだけに貴重な史資料に恵まれ、市域内外の多くの方々から史資料の提供を受けることができた。また、京都大学総合博物館・国立国会図書館ほか多数の機関にも史資料の提供などでお世話になった。
さらに多くの方々から情報の提供や、助言をいただいた。これらの方々、機関には心からお礼申し上げる。特に市域の史資料所蔵者には、事業が遷延し借用が長期にわたったことをお詫び申し上げるとともに、紙幅の関係もあって十分に活用しきれない点もあったことにご寛恕をお願いしたい。
市史編集事業は、これをもってひとまず終了する。しかし、古い歴史を誇る地域だけに、未調査の史資料も、まだまだ残されていると思われる。さらに従来あまり顧みられなかった写真・絵画・教科書をはじめとする印刷物、絵馬や石碑、農会や隣組・実行組合の記録、回覧板や郵便物、広告の類も、今では重要な史資料であるといえる。これらの調査・収集、保存・記録といった作業は、市民の方々の協力なくしては不可能である。今回の市史編集事業が、市民による新たなる地域史編集の出発点となれば望外の幸せである。
本巻の刊行に先立って、委員と編集室員は協力して史資料の調査・収集に努め、予想以上の成果を得たので、当初の予定を変更して、昭和四七年三月に第四巻(史料編Ⅰ)、四八年四月に第五巻(史料編Ⅱ)を刊行した。その後も、史資料の調査・収集に努力を重ね、「史料目録」一~四を作成する一方、成果の一部を、昭和四七年三月富田林市史研究紀要第一号、福山昭『明治後期の地方銀行―河内地方を中心として―』、同第二号、黒山屋多助・杉本藤兵衛稿『慶応二年五月 富田林村方惑乱一件記録』、昭和四八年三月紀要第三号、杉本藤兵衛稿『明治元年 河内木綿株設立一件』、昭和四九年三月紀要第四号、『富田林市域とその周辺の村様子明細帳』、昭和五一年七月紀要第五号、福山昭『近世河内酒造業の展開―石川郡富田林村を中心として―』として刊行した。昭和六〇年三月には第一巻(本文編Ⅰ)、平成一〇年二月には第二巻(本文編Ⅱ)を刊行し、今回の第三巻(本文編Ⅲ)の刊行をもって編集事業を終えることになった。
最後に、編集計画が大幅に遅延したことを深くお詫び申し上げるとともに、辛抱強く支援頂いた市当局・市議会をはじめ関係の方々には心からお礼申し上げたい。
なお、編集委員の熱田公氏が平成一四年九月三日に、第二巻の執筆者であった木村寿氏が平成九年一一月二七日に、事業の完成を待たずにご他界された。まことに残念であるが、心から冥福をお祈り申し上げる。
また、本巻の編集・校正には、桑本彰子・白杉一葉・室山京子氏の協力を得た。付記して謝意を表す。
平成一六年三月
編集委員長 井上薫