自治基本条例区民会議案提出(平成17年3月31日)自治基本条例区民会議案提出(平成17年3月31日)

 地方自治を定めた憲法第92条は「地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基づいて、法律でこれを定める」と規定している。「地方自治の本旨」とは住民の意思に基づいて地方公共団体が自ら地域を治めていくことを意味し、その根幹は「住民自治」と「団体自治」からなる。
 本節では第1項で都区制度改革、第2項で新税構想の経緯をたどってきたが、いずれも地方分権改革のあゆみに重ね、「団体自治」の側面から自己決定・自己責任の原則に基づく自治体経営の確立に向けた取組みに焦点をあてた。
 地方分権改革とは、内閣府によれば「住民に身近な行政はできる限り地方公共団体が担い、その自主性を発揮するとともに、地域住民が地方行政に参画し、協働していくこと目指す改革」である。それまでの中央集権的な行政システムを改め、できる限り国から地方へ権限・財源を移譲していくことにより、各地方公共団体がそれぞれの地域の特色を活かしたまちづくりを主体的に担っていくとともに、地域住民による地方行政への「参画」と「協働」を進めていくとされている。そしてこの「参画と協働」もしくは「参加と協働」は、地方分権改革を進めていく上で各自治体のキーワードになっていくものであるが、その背景には行政、地域住民双方からの要請があった。
 まず行政の側からの要請としては、第一に地域のまちづくりを主体的に進めていく上で、地域住民の意向をよりきめ細かくすくい上げていくよう求められたことが挙げられる。また同時に高度成長の終焉とともに日本経済が減速していく中で、国も地方も財政が逼迫していき、それまでの行政のあり方の構造的な変革、すなわち官民の役割分担の見直しによる「小さな政府」への転換が求められていったという事情もあった。各自治体においても行財政改革の名のもとに組織運営のスリム化が進められ、さらに少子高齢化の進展に伴い多様化する住民ニーズに行政だけで応えていくには限界があり、地域住民との協働が必須となっていったのである。
 もう一方の地域住民側からの要請は、第1章第1節第3項で述べたまちづくり活動への区民参加の広がりである。まちづくり協議会等への参加を通して、「自分たちのまちの将来は自分たちで決めていきたい」という意識が高まっていた。さらに平成7(1995)年の阪神・淡路大震災を契機として、ボランティアやNPO活動が活発化し、「自分たちのまちの課題を自分たちで解決していきたい」という意識も高まっていった。平成6(1994)年11月22日に出された第24次地方制度調査会「地方分権の推進に関する答申」にも、地方分権推進の目指すものの一つとして、「地方分権を推進し、地方自治を確立することは、地域住民自らの選択と負担もとで、それぞれの地域の問題を解決することでもあり、行政をより民主的に処理する体制をつくり、さらに住民の自治意識の向上を図ることにつながる」と記されている。これは冒頭で述べた「地方自治の本旨」の「住民自治」の意義を改めて確認したものと言える。
 こうした行政、地域住民双方からの要請を背景として、豊島区においても平成15(2003)年3月に策定した新たな基本構想に「あらゆる主体が参画しながら、まちづくりを実現していく」ことが基本方針の柱の第一に掲げられた。そしてこの基本構想と同構想を実現するための新基本計画の策定を端緒として、「参画」と「協働」のシステム構築に向けた取り組みがスタートした。本項ではその経緯をたどるとともに、そうした取り組みにより行政・区民にどのような意識の変化がもたらされたかを検証していく。

新基本構想

 第1章第2節第1項で述べた通り、区は平成7(1995)年3月に基本構想を制定し、9(1997)年1月にはこの構想を実現するための基本計画(計画期間:10か年)を策定した。だが区財政が悪化する中でまとめられたこの基本計画は、推進すべき事業として98の計画事業が挙げられているものの、その実施年次や数量目標等は明示されず、財源的な裏付けも不透明なものだった。さらに以後、区財政がいよいよ危機的な状況に陥っていくに伴い、公共施設整備を中心とする計画事業は軌道修正を余儀なくされ、また区を取り巻く社会経済状況が急激に変化していく中で、策定当初には想定しなかった新たな課題への対応も求められた。このため平成12(2000)年10月、従来の実施計画に代わり基本計画を補完する計画として「財政健全化計画」と「新生としま改革プラン」を策定し、徹底した行財政改革と新たな時代に対応する行政システムの構築に取り組んできた。
 この両計画が平成16(2004)年度に終期を迎え、基本計画も計画期間の後半期にさしかかることから、区は13(2001)年12月に庁内検討組織を立ち上げ、新たな基本構想・基本計画の策定に着手した(※1)。極めて厳しい財政状況のもとで策定されることになる新基本計画は、従来の総花的な計画ではなく確かな財政的な裏付けを持つものでなければならず、そのためには施策の重点化や行政と民間との役割分担の見直しによる公共サービスの再編成、公共施設の再構築、さらに区民との協働など、「新生としま改革プラン」が掲げた諸課題を具体化し、より長期的なビジョンを示すことが求められた。
 平成14(2002)年区議会第1回定例会の招集あいさつで、区長は新基本構想・基本計画策定の意義について「現在の基本構想・基本計画が課題としては提起をしながら、より具体的には方向を明示し得なかったこれらの問題について、私は区民にわかりやすく、より明確な形で解答を示すべき段階に来たのではないかと思います。また、現在の基本計画には財政的裏づけがありません。この計画の策定当時の状況からやむを得なかったのではありますが、これから区政が直面する課題へ対応し、新たな区政を確立するためには、具体性を持った財政計画が不可欠であります。このように、区の基本構想・基本計画を新たな視点から検討し、新世紀に相応しいビジョンを打ち出すこと、またこのことを議会のご意見を踏まえつつ区民との協働作業として成し遂げることが必要であると考えているのであります」と述べ、14(2002)年度・15(2003)年度の2か年にわたって新規本構想・基本計画の策定に取り組むことを表明したのである(※2)。
 こうした方針に基づき、14(2002)年4月に専管組織として長期計画担当課を新設、同年9月20日には第1回基本構想審議会を開催し、基本構想・基本計画の策定を諮問した。この基本構想審議会(会長:森田朗東京大学大学院法学政治学研究科教授)は条例に基づいて設置される区長の附属機関で、学識経験者7名、区議会議員5名、区民6名、区職員(助役・収入役・教育長)3名の21名で構成された。この区民委員6名のうち3名は公募により選出された委員で、区広報紙を通じて行った募集に 27 名の応募があり、年齢や性別、住所地等を考慮して30 代、40 代、50 代の各世代から1名ずつ選出された(※3)。
 さらに「区民の目線による、区民が主体の計画づくり」を基本姿勢に、策定過程への区民参加の新たな試みとして、審議会への政策提案を行うための「区民ワークショップ」が設けられた(※4)。こうした区民参加型のワークショップは、平成11(1999)年7月に都市計画マスタープランの策定に向けて発足した「としまのまちづくりを考える会」(学識経験者3名、各種団体関係者15名、公募区民19名)の例はあったが、基本構想・基本計画では初の取り組みだった。公募・推薦による52名もの区民が参加したワークショップは、第一分野(福祉・健康・子ども家庭)、第二分野(環境・防災・街づくり)、第三分野(生活・文化・教育)の分野ごとに3つのグループに分かれ、14(2002)年10月7日の第1回会議から2か月間にそれぞれ5回の検討を重ね、11月28日に各グループの成果を発表、12月2日に第1次提案として基本構想審議会に提出した(※5)。
 この提案では、区がめざすべきまちづくりの方向性として「高齢者も障害のある人もない人も、全ての個人が能力を発揮し、働き・社会参加できる仕組みづくり」「高齢者や障害者が可能な限り自立的に生活するために、区民だれでもがボランティアに参加できるような意識づくり」「子育てに関わりたい・関われる人たちによる子育てネットワークづくり」「年齢や障害、性別などに関わらず区民全てが垣根のない交流ができる施設や仕組みづくり」(第一分野)、「区民等がみどりの価値を再認識する主体的な取り組みの仕組みづくり」「『みちづかい(既存道路の有効活用)』を重視した人間優先のまちづくり」「防犯・防災のための地域のパートナーシップづくり」「区民等がまちづくりの原案づくりから参加、合意形成」(第二分野)、「世代や経歴を超えて気軽に社会参加できる、人々の善意が流通するコミュニティ形成」「地元の資源を活用した体験型学習の重視」「子どもからお年寄りまですべての区民が知的満足を得られる『生涯一貫教育』仕組みづくり」(第三分野)等々、さまざまな提言がなされ、そこには区民自らが主体的にまちづくりに関わっていこうとの視点が随所に見られた。
 第一分野では幼児期から高齢期までのライフステージごとに区民としてできることを拾い出し、区民の側から見た区民主体の施策づくりの方向性が示された。第二分野でも地方分権の動きは区民主体のまちづくりへと転換するチャンス、区民への分権も進めるべきとの観点からまちづくりの提案から実行までを区民自身が主体的に担っていく仕組みづくりが示された。第三分野でも同様に、行政と区民の間に両者を結ぶ中間機能を想定し、行政のノウハウと高齢者や外国人も含めた区民の多様なタレントを結びつける役割を区民が主体となって担っていくことが提起された。各分野での論議に関わった区民メンバーらからは、「口だけ出すのではなく、言ったからには区民も責任を持って区政に関わっていこう」との声があがり、新たな基本構想策定に向け、「区民主体のまちづくり」の視点が鮮明に打ち出された。
 基本構想審議会は年をまたいで約半年間に8回の審議を重ね、区民ワークショップからの提案はもとより、広報特集号や区ホームページに基本構想の素案を公開し、広く意見を募集するパブリックコメントを実施するほか、3回の説明会を通じて寄せられた区民意見を踏まえ、平成15(2003)年2月6日、「豊島区基本構想答申」を区長に提出した(※6)。なお、パブリックコメントは15(2003)年4月からの制度化に先立ち試行的に実施されたもので、区民ワークショップとともに計画段階からの区民参加を具体化する新たな手法と言えるものだった。
 審議会の答申を受け、区は15(2003)年第1回定例会に基本構想議案を提出、3月19日の本会議での議決を得て新たな基本構想を制定した(※7)。
 新基本構想は「分権型社会における豊島区のあるべき将来像とその実現のための総合的かつ計画的な地域づくりの方向」を20年、30年の長期的なスパンで示すものであり、構想の期間は21世紀の第一四半世紀とされた。そしてめざすべき将来像として、前基本構想の「暮らし豊かに こころ輝く都市」に替わり、「未来へ ひびきあう 人 まち・としま」を掲げ、その実現に向けた基本方針とめざすべき方向を以下の4つの柱に体系化している。
1.あらゆる主体が参画しながら、まちづくりを実現していく
 ~参画と協働のシステム構築~
 ①区民等の参画の推進
 ②新たな区政運営システムの確立
2.安心して住み続けられる、心のかよいあうみどりのまちを創造する
 ~生活者としての区民が喜びあえるまち~
 ①すべての人が地域で共に生きていけるまち
 ②子どもを共に育むまち
 ③多様なコミュニティがあるまち
 ④みどりのネットワークを形成する環境のまち
 ⑤人間優先の基盤が整備された、安心、安全のまち
3.魅力と活力にあふれる、にぎわいのまちをめざす
 ~再び訪れたくなる魅力あるまち~
 ①首都圏の顔としてさまざまな機能が集積するまち
 ②魅力と活力のあるまち
4.伝統・文化と新たな息吹が融合する文化の風薫るまちをめざす
 ~多くの人々が共に創りあげる文化のまち~
 ①個性が醸成される、彩り豊かなまち
 ②文化に触れ、文化と共に発展するまち
 ③芸術文化都市として発展するまち
 福祉、教育などの基本政策分野に沿った基本方針を掲げていた前基本構想との大きな違いは、第一に「参画と協働」を掲げていることであり、地方分権改革や様々な分野での構造改革が進展する中で、区政運営のあり方に大きな変革が求められていることを反映したものと言える。また区民ワークショップからの提案にも見られたように、行政に対する区民の意識も従来の「役所任せ」から「区民主体のまちづくり」へと変化しており、様々な人々が対等な立場で互いを尊重しあい、共に支えあって生きていく「共生社会」、さらに区民と行政が一体となって未来の豊島区を共に創っていくという「共創社会」の実現を大きく打ち出している。そうした「共に」という姿勢は、将来像の「未来へ ひびきあう」という短い言葉の中に込められている。

新基本計画

 新基本構想制定後の7月9日、「豊島区基本構想策定記念シンポジウム」が開催され、基本構想審議会会長である森田朗氏による基調講演が行われた。その中で森田氏は「右肩上がりの時代に、全国でたくさんの計画が作られたが、実現できなければただの夢…不確実な要因に対応できる、今までとは違う計画を考える必要がある」「戦略的、弾力的な計画であること、そして、計画の作り方と具体化の方法…中止することも含めて決定の手続きをしっかり決めておくこと、さらに、ハードからソフトへの施策内容の転換…すでに整備されたインフラをどう活用していくかという視点に立ち、計画と予算を結びつけていく実質的な仕組みづくりが大切である」と、基本計画策定に向けた視点を語った(※8)。
 こうして基本構想審議会は引き続き新基本計画の検討に入っていった。当初の予定では14(2002)・15(2003)年度の2か年で基本構想・基本計画を策定するとされ、16(2004)年1月に基本計画を答申するスケジュールが組まれていた。このスケジュールに沿い、区民ワークショップは既に第一次提案提出後の14(2002)年12月から3分野別の検討を再開しており、翌15(2003)年3月までの3か月間にそれぞれ6回のワークショップを重ね、3月27日の全体会でその成果を発表、「区民ワークショップの提案(基本計画編)」として審議会に提出した(※9)。
 この第二次となる提案は、基本構想の体系中の「めざすべき方向」の対象となる項目ごとに重点的に推進すべき施策と事業を示したものである。図表2-32は各分野の提案内容をまとめたものであるが、ここでもやはり「区民主体のまちづくり」の視点に立った事業が多く、行政の役割もそうした区民の自主的な活動を支援するための拠点整備や情報提供などが中心になっている。また第一分野から提案された「地域活動拠点としての既存施設の見直し事業」や「既存施設の多面的活用の実現(『ことぶきの家』の見直し事業)」は、基本構想策定記念シンポジウムで森田会長が述べていた「すでに整備されたインフラをどう活用していくかという視点」に重なるものであり、本章第2節第3項で述べた通り、この年の10月に発表された「公共施設の再構築・区有財産活用本部案」の「地域区民ひろば構想」へとつながっていったのである。
図表2-32 区民ワークショップ提案の概要
 この区民ワークショップ提案を受け、基本構想審議会は平成15(2003)年7月から審議を再開し、9月以降は政策分野別に二つの部会を設け、基本計画の政策・施策体系について検討を重ねていった。12月に各部会報告が提出され、それを基にさらに審議会で検討を加え、翌16(2004)年6月には7分野・23政策の下に66の施策の方向がぶらさがる体系がまとめられ、以降は具体的な計画事業の選定に入っていく予定であった。
 だが本章第1節第4項で述べた通り、15(2003)年の秋以降、区の財政状況は急激に悪化していった。12(2000)年10月に策定した「財政健全化計画」により15(2003)年度の予算編成時までは着実な成果をあげていたものの、特別区交付金をはじめとする歳入の大幅な落ちこみにより、計画の最終年度にあたる16(2004)年度に区財政を黒字化するという目標達成の見通しが立たなくなり、さらに翌17(2005)年度から21(2009)年度までの5年間で370億円もの財源不足が見込まれた。
 財政悪化の影響は、当然のことながら基本計画の策定にも及んだ。前述したように基本計画には財政的な裏付けが必須であり、17(2005)年度以降の財政収支の見通しが立たなければ前計画同様に「絵に描いた餅」になりかねなかった。そうした中でも区は16(2004)年中の策定をめざしたが、16(2004)年度に入ってまもなく、ついにそのスケジュールも見直さざるを得なくなったのである。
 平成16(2004)年6月11日に開会した区議会第2回定例会の招集あいさつの中で、区長は見直しに至った経緯について以下のように述べている(※10)
-基本計画につきましては、これまでの財政健全化の取組みに一定の区切りをつけた後の新たな政策展開を示す計画として位置付け、昨年7月から基本構想審議会においてその審議をお願いし、様々な角度から活発なご議論をいただいております。私は、平成9年1月に策定した現在の基本計画には大きく二つの課題があると考えております。その一つは、計画の実効性を担保する財政的な裏付けを持たない計画であったこと、そしてもう一つは、既に右肩上がりの財政状況が終焉していたにもかかわらず、旧来の網羅的・総花的な計画内容を継承している点であります。そのことが、歳入が減少傾向にある一方で、身の丈を意識した行政サービスの見直しを自らに厳しく課すことができず、結果として抜本的な財政健全化を成し得なかった要因の一つになったと思います。新たな基本計画の策定に当たっては、政策レベルでの「選択と集中」を念頭に、今後十カ年における重点政策を明らかにすることが何よりも重要であります。文化と都市再生を初め、今後重点的に進めるべき政策の内容を、例えばとしま戦略プランという形で位置付け、めりはりのある政策を推進していかなければならないと考えております。(中略)こうした明日への展望を開く基本計画を策定すべく鋭意検討を進めてきたわけでありますが、私の思いとは裏腹に、平成17年度以降における大きな財源不足に直面しております。この6月には新たな基本計画の素案をお示しすることを予定しておりましたが、今後想定される計画事業や多種多様な区民需要を盛り込む形での財政フレームを現時点で設定することは大変難しい状況です。また、「公共施設の再構築・区有財産の活用」本部案についても、同様にすべての取扱いを明確化することは困難であります。したがいまして、戦略プランを含む計画の構成や事業選定のあり方について、再度検討を行うとともに、基本構想審議会にもお話をし、新たな改革プランを踏まえた上で9月を目途に具体的な案をお示ししてまいりたいと考えております。
 そして同年9月、この新たな改革プランとなる「行財政改革プラン」を策定するとともに、11月に開催された基本構想審議会において、「施策の方向」ごとに計画事業を選択して財源の裏づけを持った計画にすることはきわめて厳しい状況であることを説明し、基本計画の策定にあたって「施策の方向」までにとどめ、事業量や事業費を盛り込む計画事業は持たない計画とするか、あるいは計画事業の大幅な絞り込みを行い、基幹的な事業のみを選択するか、基本計画の策定方針について改めての検討を申し出た。
 こうした方針転換に審議会各委員からは困惑の声があがった。特に計画事業を持たない計画とすることは大きな方針転換であり、「施策の方向性だけでは基本構想を少し具体化しただけのものになってしまう」「財政不足が深刻であるのでとにかく何でもいいから経費を切れとなりがちなところを、計画事業として重要なものはなるべく残すという指針を与えるわけで、財源不足が解消されていなければいないほど計画事業を挙げなければいけないのではないか」など異が唱えられ、厳しい財政事情であるからこそ計画事業としてきちんと位置づけ、可能な限り実現していくべきとの意見が大勢を占めた。さらに翌12月開催の審議会でも引き続き策定方針について議論され、現下の情勢では計画事業を絞り込むことは避けられないとしつつも、基本計画である以上、区の実施している事業全般をどう計画に位置づけていくかという体系化が重要ではないかとの視点が提起された。すなわち、基本計画は単に計画事業として新規の重点事業を挙げるだけではなく、計画事業以外の事業についても何を残し、何を切るかの判断指針となるべきとの視点であり、財源不足を理由に切りやすいところから切るような無計画な事業削減に歯止めをかける意味合いもあった。こうした視点に基づき、審議期間を18(2006)年度まで延長し、限られた財源の中でどのような事業を優先していくべきかについて小委員会形式で検討していくことになったのである。
 この間の経緯について、区議会確定例会での区長招集あいさつから拾っていく(※11)。
・平成16(2004)年第4回定例会
 新たな基本計画の策定についてでありますが、現下の状況では、当初想定しておりました明確な数値目標と財源的な裏付けを持つ計画として策定することは大変難しい状況であると認識しております。現在、こうした状況について基本構想審議会にご説明し、事業計画のあり方を含む今後の策定方針等について、ご検討をいただいているところであります。今後、審議会における検討結果を踏まえ、新たな基本計画の策定内容を明らかにしてまいりたいと考えております。
・平成17(2005)年第1回定例会
 平成17年度からの計画として年度内の策定を予定しておりました基本計画ですが、大きな財源不足への対応が急務である今、新たな施策を体系的に計画化し中長期の財政フレームを想定することは、大変困難な状況であります。しかし、基本構想の実現はもちろんのこと、各分野別計画の総合調整、そして公共施設の再構築など、基本計画が果たすべき役割の重要性についての認識に変わりはございません。したがいまして、基本構想審議会における審議を延長することをお願いし、変化が激しく将来の見通しを立てることが難しい時代における基本計画のあり方についてさらにご議論をいただき、平成18年度に向け、策定を進めてまいりたいと考えております。
・平成17(2005)年第2回定例会
 これまでの改革の取組み、そして地域の力との協働に向けた取組みを、一過性のものとせず、自治体経営の規範、そして継続的なシステムとして定着させていくためには、その方向性を区政の基本として明確に定める必要があります。また、文化、健康、都市再生を中心とした未来につながる重点的・戦略的な施策を明らかにしつつ、メリハリをつけながら分野ごとの政策を推進していくためにも、 新たな基本計画が果たす役割は大変重要であると認識しております。昨年12月の基本構想審議会では、財政健全化に取り組む今だからこそ、施策や事業の優先順位を明確にすべきであるとの認識の下、計画事業選定小委員会が設置され、検討が進められてまいりました。そして、この6月から再開された基本構想審議会において、私の基本計画に対する考え方をお伝えし、年内の答申に向けた積極的なご審議をお願いしたところでございます。今年度においては、新たな基本計画と行財政改革プラン2005の策定を一体的に進め、9月には基本計画の素案をお示ししたいと考えております。
・平成17(2005)年第3回定例会
 今年度は、プラン2005と並行して、新たな基本計画の策定に向け、基本構想審議会においてご議論いただいているところであります。新たな基本計画では、「地域の力との協働」を地域経営の基本方針として掲げるとともに、今後の重点施策を明らかにしながら、計画、予算、決算、そして評価までを一貫して管理する行政経営システムを確立したいと考えております。また、ただいま申し上げました公共施設の再構築につきましても、新たな基本計画の中で、今後の方向を明らかにすべく検討してまいります。そしてさらに、「としま未来への経営戦略」という形で、文化政策、都市再生、健康政策を中心とする魅力と価値ある街づくりに向けた今後の取組みについて、しっかりと位置付けてまいりたいと考えております。
 区民委員6名を中心とする計画事業選定小委員会は、17(2005)年1月から同年11月までの間に12回にわたり、既存事業の優先順位付けに基づく計画事業の選定のほか、24の政策と68の施策を体系化し、さらにその中から重点施策を選定した分野別計画素案づくりなど、膨大な作業を進めていった。既存事業の優先順位付けにあたっては、区が実施している事業のうち施設建設事業を除く一般事業531件を対象に、重要性の高い事業を「AA事業」(111件)、「A事業」(90件)として選定しているが、行政サービスの受け手である区民が主体となって重要事業を選定するこうした取り組みはこれまで例のないことだった。また分野別計画の24の政策分野ごとに具体的な目標を設定した60の成果指標は、施策の方向性や計画の進捗状況を区民にも分かりやすく、共有できる管理の物差しとなるもので、その導入も初の試みであった。
 これら選定小委員会での検討内容は基本構想審議会に随時報告され、全体会議の場で修正を加えていく形で審議が重ねられ、同年12月に基本計画の素案がまとめられた。そして翌18(2006)年1月にこの素案に対するパブリックコメントを実施し、寄せられた意見を踏まえてさらに修正を加え、当初予定から2年遅れとなった2月9日、「基本計画答申」が区長に提出された(※12)。
 この答申には以下、二つの意見が付されていた。
  • 1 「新規重要事業(公共施設の再構築を含む)」については、答申が示す基本方針に従い、区長の責任で基本計画に盛り込んだ上で策定すること。なお、「新規重要事業」についても、パブリックコメントを実施されたい。
  • 2 政策相互間の連携に基づく、総合的・効果的な施策展開を促すため、「新たな地域経営の方針」に基づき、基本計画の実施計画として位置づける「行財政改革プラン」のなかで、戦略的・横断的な施策展開の内容を明らかにされたい。
 答申の第1章に位置づけられた「新たな地域経営の方針」の第3に「分野別計画に関する方針」が掲げられており、「選択と集中」の視点に立った施策の重点化や既存重要事業の選定、さらに区が行財政改革の一環として先行実施している公共施設等の再構築・活用に関する指針が示されているが、新規重要事業については区長の政策判断により「実施計画」の中に盛り込むこととし、答申では対象外とされた。また続く第4の方針として「戦略的・横断的な施策展開に関する方針」が掲げられているが、これは「価値あるまち」の実現に向けて「文化」「健康」「都市再生」「環境」をテーマに戦略的・横断的な施策展開を図るための方針で、これも実施計画で具体化を図っていくとされた。従来の網羅的な計画から政策・施策の重点化を促す計画への転換を図り、先が読めない時代の変化に対応するため、新たな事業展開や成果指標による進捗状況管理等については実施計画である「行財政改革プラン」を毎年度ローリングする中で見直していく仕組みを取り入れた点が前計画との大きな違いと言える。
 この付帯意見を踏まえ、区は実施計画となる「行財政改革プラン2005」の策定作業を進め、新規重要事業の原案を取りまとめてパブリックコメントを実施した。そして年度末最終日の18(2006)年3月31日、審議会からの答申と合わせて18(2006)年度を初年度とする新基本計画の策定に至ったのである(※13、図表2-33参照)。
 当初予定から2年遅れの策定となったこの新基本計画の特徴のひとつは、第1章の「新たな地域経営の方針」の第一に「参加と協働のまちづくりに関する方針」を掲げ、地域の多様な主体による「新たな公共」を前面に打ち出したことである。
 本項冒頭でも述べた通り、「参加と協働」は地方分権時代の要請であり、高度成長から低成長へ、さらに人口減少社会へと向かう中で、地域が必要とする公共的サービスを民間企業や大学等の教育機関、NPO、区民活動組織等の多様な主体と共に担い合う「新たな公共」の仕組みづくりが求められていた。
 基本構想から足掛け5年にわたった審議終了にあたり、策定に関わった区民委員からは「時間はかかったが納得できるものができたと思う」「小委員会でも区民代表委員の立場からの意見で事務局案を随分訂正させていただいたので、その意味で重いものと思っている。答申に基づいて厳しい財源の中で政策をやっていただきたい」などの感想が述べられている。区民主体のワークショップにはじまり、危機的な財政状況に直面して一時は方向性を見失いかけた策定作業ではあったが、逆にそれが故に区民委員が中心となった計画事業選定小委員会が設けられ、区民目線に立った事業の優先付けが行われるなど、これらの過程そのものが計画づくりへの区民参加をより一層広げていく契機となったと言えるだろう。
図表2-33 新基本計画の構成・分野別計画体系図

自治基本条例区民会議

 これまで述べてきたように、地方分権の進展により国から地方への権限・財源の移譲が進むのに伴い、自治体の長と議会の権限と役割が大きくなる中で、自治体は住民の意向をより一層反映させながら、それぞれの地域特性を活かしたまちづくりを進めていくことが求められるようになった。それまでの中央集権的な自治機構から地域を起点とする自治の仕組みへと転換していくためには、自治体住民の信託に基づく自治の内容と責任の所在を明確化し、憲法に規定される「住民自治」の意義を改めて捉え直す必要があった。また右肩上がりの高度成長から低成長、さらに人口減少社会へと向かう中で、持続可能な自治体運営を展開していくためには、それまで主に行政が担っていた公共サービスの領域を地域の多様な主体で担い合う「新たな公共」の構築が求められるようになった。自治体住民側もまた役所任せにせず、自分たちの地域のまちづくりは自分たちで決めたいという声が高まり、地域の様々な課題を自ら解決していくための地域ボランティアやNPO活動も広がっていた。
 こうした動きを背景に、各自治体は「参加」と「協働」を基本とする自治体運営への転換を模索しはじめ、その中で登場したのが「自治基本条例」である。自治基本条例は自治体の自治のあり方に関する基本的なルールを定める条例であり、他の条例の指針となることから自治体条例体系の最上位に位置づけられ、「自治体の憲法」とも言われる。平成13(2001)年4月1日に全国初の「ニセコ町まちづくり基本条例」が施行されて以降、全国に制定の動きが広がり、都内では平成15(2003)年5月1日に「杉並区自治基本条例」が施行されていた。
 豊島区においても平成15(2003)年3月に制定した基本構想に、「あらゆる主体が参画しながら、まちづくりを実現していく~『参画』と『協働』のシステム構築」を基本方針の第一に掲げ、これを具体化するため、「計画づくりや施策、事業等への参画と協働をすすめるための仕組み」として「(仮称)自治基本条例」が位置づけられた。
 これを受けて15(2003)年10月、自治基本条例について区民と区職員が共に学び合う場として「自治基本条例研究会」(座長:辻山幸宣(財)地方自治総合研究所理事)が設置された。同研究会は学識経験者2 名、区民3 名、区職員6 名 の計11名で構成され、自治基本条例に関する17の論点を抽出し、それぞれの論点について各委員が研究発表し、意見交換する形式で進められた。翌16(2004)年2月までに9回の会議を重ね、3月に「自治基本条例研究会報告書」をまとめるとともに、3月6日には「としまの自治基本条例を考えるシンポジウム」を開催し、研究成果を発表した(※14)。
 同報告書はその研究成果に解説を加えてまとめられたもので、その後に予定されていた条例づくりの参考資料となるよう意図されていた。取り上げられた論点は自治の「基本理念」をはじめ、「パートナーシップ(協働)」「区民参加の制度」など参加と協働に関するテーマを軸に、「コミュニティと区民の自治」「区民の権利」「区民の責務」など住民自治のあり方に関すること、さらに区民の代表機関である議会や区長の責務など団体自治のあり方に関することも含まれ、これら論点について各委員間で自由かつ活発な意見交換が行われたことが報告書からも窺える。
 この報告を受け、区は自治基本条例の制定に向けて区民を主体とする会議を設置することとし、16(2004)年3月から会議メンバーの募集を開始した(※15)。もとより自治基本条例は自治体の自治のあり方を定めるものであるため、従来のように区が条例原案を作り、区議会の議決を経て制定するのではなく、自治の主体である区民自らが条例案づくりそのものを担うことが求められた。そして区は事務局として区民による条例づくりをサポートする立場に徹するとともに、区民が作成した案を最大限活かして条例化するという、区民と区とのパートナーシップに基づく条例づくりをめざしたのである。
 こうして同年5月7日、「(仮称)自治基本条例案策定区民会議」(以下「区民会議」)がスタートした。区の募集に応えて手を挙げた人に区が声掛けした人を含め、区内在住・在勤・在学もしくは区を活動拠点としている人など、最年少19歳の学生から地域の町会長まで、年齢も立場も異なる40名にアドバイザーという立場の学識経験者2名を加えた総勢42名の船出であった(※16)。
 当初、区民会議は「準備会」という位置づけで、会則及び区とのパートナーシップ協定案の作成から取り掛かった。それは従来の行政主導で設置される審議会ではなく、区民自身が自主的に条例案を検討する組織とするための手続きだった。そこでまず会議の企画・運営・進行及び区との連絡調整を担う運営委員会を設け、会則・協定案を取りまとめていくとともに、条例づくりに向けて認識の共有を図るために講義や自由討議を重ねていった。そして7月17日、区民会議は区と「豊島区自治基本条例区民会議案の策定に関するパートナーシップ協定」を締結し、正式に発足したのである(※17)。
 この協定は、「1. 対等な立場に立って議論し、意見を交わします」「2. それぞれの自主性を尊重します」「3. 相互に連絡・情報交換を密にし、互いに協力します」の3つをパートナーシップの原則とし、区民会議の役割として17(2005)年3月までに区民会議案をまとめること、区は区民会議案の趣旨を最大限に反映し、条例案を策定することが明記された。
 以後、区民会議は自治基本条例の骨格となる「区民の定義、権利・責務」「自治・コミュニティ」「参加・協働」「議会・行政運営」の4つのテーマ別にグループで討議し、その内容を全体会で発表・質疑を繰り返していく形式で議論を深めていった。そして約半年間に10回に及ぶ会議を重ね、翌17(2005)年1月20日の第17回会議においてグループ討議の内容とそれを踏まえて全体会で練られた条例前文案を「中間まとめ」としてまとめ、1月29日に「区民フォーラム」を開催して報告するとともに、「中間まとめ」に対する意見を募集した(※18)。
 この「中間まとめ」には検討にあたっての基本的な考え方として、「豊島区の現状や地域特性を踏まえた自治のあり方を考える」こととともに「都市における自治の主体を考える」ことが示されているが、区民会議での議論の中でも特に自治の主体となる「区民」とは誰かということに最も多くの時間が割かれた。「豊島区というまちは、住民だけではなく、区内の事業所で働く人や区内の学校で学ぶ人、あるいは様々な目的で活動する人、さらに事業を営む法人や各種活動団体など様々な人と組織によって構成され、日々変動し、流動している。そうした都市型社会において、誰が自治の主体たり得るのか…」区民会議の議論はそこに集中し、大きく二つの考え方に分かれた。ひとつは「豊島区の自治は、そこで生活を営む『住民』が担うものであり、『住民』は『ホスト』としてまちづくりに関わる権利と責務を有し、住民以外の人びとについては、『ゲスト』として考える」というもので議論の中では「ホスト・ゲスト論」と呼ばれていた。もうひとつは「自治の主体はまちづくりに参加する意思のある『市民』であり、『住民』という枠組みに限定しない。特に豊島区のような都市においては、多数の昼間人口や様々な活動に携わる人々の存在を抜きにしてまちづくりを考えることはできない」とするもので、これらふたつの考え方の間で議論は行きつ戻りつした。だが自治の主体となる「区民」をきちんと定義づけることが自治基本条例の土台となると考えたからこそ時間をかけて議論を尽くし、その議論を経て「中間まとめ」では豊島区の地域特性を踏まえ在住・在勤・在活動者も含めて「区民」を広く捉えるとともに、在住者に限定する「住民」を別に定義し、それに応じて区民・住民それぞれの権利と責務を整理する方向でまとめられたのである。
 この「中間まとめ」を報告後、区民会議は区民フォーラムやアンケートに寄せられた区民意見等を踏まえて修正を加えていったが、自分たちの考えを条例にきちんと反映させていくため、できるだけ条文に近いかたちで最終報告をまとめていくことをめざした。そのためワーキンググループとして「起草委員会」を別途設け、集中的に作業を進めていった。またこの間に、区民グループ等への出前説明会や区議会議員との意見交換会などを通じ、様々な立場の意見を聴取していった。
 そして3月31日の最終回となる第22回会議において「豊島区自治基本条例区民会議 区民会議案(最終報告書)」を決定し、区長に提出した(※19)。その時点で、区民会議メンバーは当初の40名からほぼ半数に減っていた。当初予定の16(2004)年11月までの期限を半年延ばし、約1年がかりの長期にわたったことや、理念的な議論が多かったせいもあり、回を追うごとに欠席者は増え、最終的には十数名のコアメンバーによりまとめられた報告書であった。だがそれだけに最後まで議論を尽くしたメンバーたちの思いは深く、最終報告書の序文「検討を終えて」の中でも「約 1 年に及んだ検討は、区長の諮問機関としてではなく、パートナーシップに基づく自主的な会議体として、自由な発言を原則とする会議ルールにしたがって進められました。その中で、時には議論が紛糾することもありましたし、さまざまな意見の相違から、認識を共有することの難しさを痛感することもしばしばでした。多様な立場の人々が話し合い、意見を集約していくのには、時間も手間もかかります。しかし、そうしたプロセスそのものが、まさに区民主体の自治のプロセスに重なっていくことを感じました。だからこそ、『我がまちの憲法』として自治基本条例を根づかせていくためには、より多くの区民の中に開かれた話し合いのプロセスを広げ、自治基本条例の理念を共有していくことが大切だと思います」と、議論を積み重ねることの意義を述べている。さらに「検討を通じて改めて強く感じるのは、自治基本条例は、何よりも『区民のための条例』であるということです。すなわち、区民が主体的に区政やまちづくりに関わり、豊島区らしい自治を実現していくための、最も基本になるものが自治基本条例と言えます。さらに、地方分権や少子高齢、低成長等の社会経済状況の変化や、市民レベルでの公益的な活動の広がり等を背景として、自治のあり方が大きく変わろうとしている現在、この条例の理念に基づいて、地域社会を構成する多様な区民が参加・協働し、さまざまな実践的な取り組みを具体化していくことが必要だと思います。その意味でも、自治基本条例は制定がゴールではなく、そこから自治の取り組みがスタートするのであり、実践を通じて、自治基本条例そのものも検証されていくべきものと考えます」として、パートナーシップ協定に基づき、区民会議案の趣旨を最大限に反映した条例案が策定されることを区に強く求めたのである。
 最終報告書はほぼ条文に近い形でまとめられており、前文に続き第1章「総則」、第2章「区民」、第3章「コミュニティ」、第4章「区政への参加、協働」、第5章「議会」、第6章「区長」、第7章「区政運営」までの全7章で構成されている。その主な特徴は前述した区民・住民の定義に呼応し、自治の基本原則として「情報共有の原則」「参加の原則」「協働の原則」とともに、多様な区民で構成される豊島区の特性を踏まえて「多様性尊重の原則」を規定しているところである。またコミュニティについても、「コミュニティとは、地域における多様な人と人とのつながりをいう。地域における活動及びそれを担う組織・集団はコミュニティを基盤として形成される」と定義づけ、「区民は、コミュニティを基盤とする活動を通じ、相互に連携・協力し、地域におけるまちづくりを主体的に担う」としてコミュニティを住民自治の起点に置いている。他の自治体条例の多くがコミュニティを「自主的に結ばれた住民組織・集団」と定義している中で、特定の組織・集団に帰結させず、それ以前の目に見えない人と人との緩やかなつながりと定義したことは、「そうしたつながりをうまく活かすことによって新たな活動の可能性が広がり、地域を活き活きしたものにしていくことができる」「多様な人々から構成される都市だからこそ、多様な活動が生まれる可能性が期待できる」との考えに基づくものであった。
 そして自治基本条例の核とも言える参加と協働の基本ルールを定める第4章では、区政への区民参加の前提となる「情報の共有」にはじまり、様々な参加の形態を列記するのとは別に「住民投票」の項目を立て、その住民の要件も「永住資格を有する外国人及び満 18 歳以上の者」にまで広げている。また、自治の円滑な推進を図るために区民と学識経験者で構成される推進機関の設置を提起するとともに、協働に関して「パートナーシップ協定」の締結を盛り込むなど、条例の実効性を担保していくための仕組みも規定されている。
 さらに第5章及び第6章で「区民は、法令等の定めるところにより、直接選挙で選出された議員で構成される区議会を置く」「区民は、法令等の定めるところにより、直接選挙で選出された区長を置く」とそれぞれ規定し、区民と区議会・区長の信託関係を明らかにした点も大きな特徴である。自治体議会や執行機関としての長の設置及びその組織・権限等については、憲法や地方自治法をはじめとする国の法律に既に規定されているところであるが、そうした法令を踏まえつつも、改めて直接選挙により区民が自ら置くと明記することにより、国から与えられたものとしてではなく、地域や区民の視点から捉えなおす「自治の再定義」と言える。
 なおこの最終報告書で検討し尽くせなかった項目として、「①コミュニティを基盤とするまちづくりにおける区民の提案制度(条例制定後の様々な取り組み・施策の実践と検証の積み重ね)」、②推進機関の設置(構成や役割、条例制定に合わせた設置)」、「③住民投票の請求・発議要件及び住民投票条例(投票要件等を規定する個別条例の制定)」「④公益通報(実施規定、処理機関等)」、「⑤行政評価(第三者評価、評価への区民参加等)」、「⑥区民の権利の救済(オンブズマン制度等)」の6項目を挙げ、条例案策定の過程でさらなる検討を重ねられることを望む付帯意見が付されていた。
 こうして平成16(2004)年6月から翌17(2005)年3月までに22回の全体会議、テーマ別ワーキンググループによる個別会議や起草委員会、運営委員会等を含めると約50回に及ぶ会議を重ねて最終報告書はまとめられたが、その内容に対しては区議会をはじめ賛否様々な意見があった。だが報告書の序文でも述べられていたとおり、区民会議メンバー間でも様々意見が異なるなかで、「時間と手間」をかけ、議論を尽くしてまとめられたものである。また区の呼びかけに応じて発足した区民会議は、当初は「官製パートナーシップ」の域を出ないものであったかも知れないが、議論を重ねていく中で、区民の立場から自治の基本ルールを考えていこうとの方向性が明確になっていった。こうした合意形成のプロセスそのものが「区民主体の自治のプロセスに重なって」いったことは確かであり、「区民」を主語として条例の制定を宣言する以下の前文には区民会議に参加したメンバーたちの考える「自治」のエッセンスが集約されている。
-私たちの豊島区は、副都心池袋を中心とするにぎわいのあるまち、大学などの教育文化施設、歴史と個性ある商店街とそれをとりまく住宅街とが混在する様々な表情を持つ都市として、多様な人々・文化を受け容れてきました。
私たちをとりまく社会が変化する中で、自治のあり方も変わりつつあります。まちづくりや環境、福祉、教育などに取り組む自主的な組織や地域のコミュニティなどが新たな役割を担い始めています。
私たち区民は、今このような認識のもと、自らが自治の担い手であることを改めて確認し、自ら考え、参加し、責任ある行動をします。
私たち区民は、このまちに集う多様な一人ひとりの個性と権利を尊重し、交流し、連携していく過程を大切にします。
私たち区民は、区議会及び区長に区政を信託するとともに、自らも積極的に区政に参加・協働することを通じ、真に区民の意思に基づく自治の実現を図ります。
この豊島区で共に暮らし、働き、学び、活動している私たち区民は、広い視野で持続可能な社会をめざし、まちを訪れる人々とともに、豊島区をさらに豊かなものとして、未来へ引き継いでいきます。
このような決意のもと、私たち区民は、区議会及び区長と自治の基本理念を共有し、豊島区の自治の憲法ともいうべきこの条例を制定します。
自治基本条例区民会議とパートナーシップ協定締結
(平成16年7月17日)
自治基本条例区民会議「区民フォーラム」開催
(平成17年1月29日)

※14 自治基本条例研究会報告書について(H160318議員協議会資料)
「豊島の自治基本条例を考えるシンポジウム」の開催について(H160219総務委員会資料)

※15 H160302プレスリリース

※16 H160507プレスリリース

※17 自治基本条例区民会議の発足について(H160720行財政改革調査特別委員会資料)
H160717プレスリリース
第1回区民会議(会議録・会議資料)
第2回区民会議(会議録・会議資料)
第3回区民会議(会議録・会議資料)
第4回区民会議(会議録・会議資料)
第5回区民会議(会議録・会議資料)
第6回区民会議(会議録・会議資料)

※18 豊島区自治基本条例区民会議中間まとめ
H170129プレスリリース
第7回区民会議(会議録・会議資料)
第8回区民会議(会議録・会議資料)
第9回区民会議(会議録・会議資料)
第10回区民会議(会議録・会議資料)
第11回区民会議(会議録・会議資料)
第12回区民会議(会議録・会議資料)
第13回区民会議(会議録・会議資料)
第14回区民会議(会議録・会議資料)
第15回区民会議(会議録・会議資料)
第16回区民会議(会議録・会議資料)
第17回区民会議(会議録・会議資料)

※19 豊島区自治基本条例区民会議区民会議案(最終報告書)
豊島区自治基本条例区民会議区民会議案(最終報告書)(H170419行財政改革調査特別委員会資料)
H170331プレスリリース
第18回区民会議(会議録・会議資料)
第19回区民会議(会議録・会議資料)
第20回区民会議(会議録・会議資料)
第21回区民会議(会議資料)
第22回区民会議(会議資料)

自治の推進に関する基本条例

 区民会議の最終報告を受け、区は条例制定に向けた次の段階として平成17(2005)年6月20日、区長の諮問機関である「自治基本条例検討委員会」(以下「条例検討委員会」)を設置した(※20)。学識経験者2名、区民会議メンバー4名及び各分野から選出された区民委員10名の計16名から構成される条例検討委員会は、「分権社会における、豊島区にふさわしい参加・協働型の自治を確立するため、その基本原則となる自治基本条例のあり方について」諮問を受け、区民会議案を出発点に具体的な条例案文の検討を進めていった。なお委員長に選出された小原隆治氏(成蹊大学法学部教授)は自治基本条例研究会から区の条例づくりに関わり、区民会議にもアドバイザーとして参加していた。
 当初の予定では9月までに条例素案をまとめ、10月に素案の対するパブリックコメントや説明会を実施し、寄せられた意見等を踏まえて修正を加え、11月に答申、同月開催の区議会第4回定例会に条例案を提出することになっていた(※21)。だがその素案が公表された段階で、自民党豊島区議団(以下「自民党」)議員から「『自治基本条例』提案・制定反対建議書」が区長に提出された。このため、改めて区議会との調整を図った上で答申を出さざるを得ない事態となり、区は第4回定例会への条例提案を見送り、答申の提出も翌年に持ち越されることになったのである。
 区はそれまでも区民会議での検討状況等について区議会行財政改革調査特別委員会に随時報告していたが、条例案の中に議会に関する規定が含まれることが想定されることから、平成16(2004)年9月、区民会議及び区の条例検討に並行し、区議会においても分権社会における議会の機能強化等について調査研究する場を設けてくれるよう要請した。区としては区民、区、そして区議会の総意のもとで条例が制定されることを望んだのである。この要請を受け、区議会は同年11月、各会派選出議員から構成される自治基本条例調査研究会を設置した。さらに翌12月に小原教授を講師に「分権時代における自治基本条例の意義」をテーマとする議員研修会を開催、17(2005)年3月には自治基本条例調査研究会と区民会議メンバーによる意見交換の場を設けるなど、条例制定に向けて区議会の理解を得るための働きかけを重ねていった。だが自治基本条例に対する区議会の反応は会派により全く異なり、民主区民や公明党の各会派は条例制定に賛成していたが、最大与党である自民党会派は反対の立場で、在勤・在学者等を含めた区民会議による条例づくりについても否定的だった。
 当時、区は自治基本条例と同時に子どもの権利条例についても検討を進めていたが、自民党はいずれの条例に対しても反対の立場を示していた。特に問題視されたのが「権利」に関する規定であった。自治基本条例の区民会議案には区民の権利としてまちづくりや区政に参加する権利や区政に対する意見表明権・提案権、参加に必要な情報を知る権利・開示請求権及び区から説明を受ける権利が挙げられており、これらとは別に未成年の権利としてそれぞれの年齢にふさわしい参加の権利とともに安全かつ健全に成長する権利が挙げられていた。また前述したように、住民投票の規定を設け、実施の請求・発議ができる住民の要件を「永住資格を有する外国人及び満18歳以上の者」として通常の国政・地方選挙より範囲を拡大していた。一方、子どもの権利条例(素案)でも子どもの定義を「原則として18歳未満の者」とし、「大切な子どもの権利」として「生きることが守られる権利」「個性が尊重される権利」「自分で決める権利」「思いを伝える権利」など地域社会や家庭の中で子どもたちが健全かつ安全に成長できるさまざまな権利が挙げられていた。新保守主義やナショナリズム的な思潮が強まりつつあった当時、ことさらに「権利」ばかりを主張することを自民党は是とせず、またこうした条例制定の動きが全国的に革新系自治体を中心に広がっていたことにも反発を覚え、反対の立場に立ったのではないかと推測される。
 こうした中、自治基本条例調査研究会は議会及び住民投票に関する規定等に調査項目を限定して検討を進めていたが、そもそもの条例制定に対するスタンスが会派により異なっていたため、そこでの議論も各会派相容れず、16(2004)年11月から10回にわたり検討を重ね、17(2005)年9月にまとめられた報告書は「それぞれの論点について各委員の見解の一致点を見出すことは難しく、研究会としての結論としてまとめるには至らなかった。このため、本報告書はあくまでもこの間に出された主な意見を要約、整理するというスタイルでまとめたもの」となった(※22)。
 同報告書の中で特に意見の相違が大きかった論点について、それぞれの主張を見るため、全ての意見を以下に抜粋する。
 
住民投票に関する規定について
    【規定の設置】
  • 〇 住民投票がこれほど問題になるのは、議会が住民の意見をきちっと反映していないときに、住民の方から出てくるということが大いにあるから。やはり、議会が一生懸命やっていても、住民の方がそうじゃないよという意見が出てくる場合もあるので、そういうことを保障する意味でもこの規定は必要である。
  • 〇 「住民投票を実施し得るかどうかの判断基準」という資料にもあるように、投票結果に対する責任やテーマの適性、実際にコストに見合う効果があるかどうかという点が問題である。議会でも対応できない大きなテーマがあったときにはじめて実施されるべきであり、それ以外の場合は極力議会で対応すべきである。この制度が乱用されるようなことがあってはならない。
  • 【発議・投票資格】
  • 〇 発議が議会であるということは明確に謳うべきである。首長発議による住民投票が議会の存在とその自由な審議を封ずるおそれもあるので、それに備える意味でも、このような規定が必要である。
  • 〇 発議に必要な署名数についての規定がなければ、実際に発議できないのではないか。
  • 〇 発議に必要な署名数を資格者の 50分の1にしたとしてもかなり大変な数なので、実際にどの程度制度が実施されるか疑問である。
  • 〇 住民の中には永住外国人も含まれるべきである。永住外国人は納税者でもあるので、国政選挙には意思を反映することはできないが、生活に密着した地方議会の場においては意思を反映させる機会が与えられてしかるべきである。
  • 〇 投票権については、日本人でも納税していない人もいるし、世界的にみて納税を基準に投票権を与えている国はないので、納税しているからといって永住外国人を含めるべきではない。今、国が国益に絡めて中国、韓国、北朝鮮とこれだけもめているなかで、本当にそんなことを与えてしまつていいものか、というのが民意である。したがって、住民投票の実施の請求及び発議要件としての住民は、有権者のみとすべきであり、外国人や未成年者は含めるべきでない。
  • 〇 住民投票の資格者の範囲を広げることは事務的にも大変なのではないか。また、乱用される危険性もあるのではないか。
  • 〇 住民投票はあくまでも代議制を補完する制度であるので、要件は厳重にすべきである。
  • 〇 住民投票の資格者の範囲については、有権者に限定せず、未成年や永住外国人にまで広げてもおかしくないのではないか。
  • その他関連事項について
    【区民・住民の定義】
  • 〇 区民会議案の区民の定義には、住民だけではなく、在勤、在学、そして在活動者というのも含まれているが、議員は住民の投票によって選ばれ、住民の利益確保のためにその意見を区政に反映させているので、そこまで広げることには非常に違和感があり、矛盾を感じる。在勤、在学、それから在活動者の区政への参加、参画を広く求めるのはよいが、そこには権利というものがどうしても関わってくるので、影響甚大である。余りにも幅を広げることによって、議会が軽んじられてしまう可能性があるのではないか。
  • 〇 区民という定義をこの条例全体でするならば、議会に関する規定における区民と他の部分における区民とで意味が異なるのはおかしいので、その点については注意を払う必要がある。また、地方自治法やその他の法律で規定されているものと違う場合には整合性がなくなり、混乱を招くので、検討委員会で一定の整理をしてもらいたい。
  • 〇 条例の中で、議員は区民の信託を受けた区民の代表という位置付けをする場合に、果たして議員が考える区民と条例の考える区民を一致させることができるのかという問題がある。
  • 〇 豊島区が繁華街を抱え、外国人も多く来るし、住民以外の人も活動しているという地域特性を踏まえた自治基本条例なので、必ずしも住民の意見だけが反映されるようなものでなくてもよいのではないか。また、検討委員会の意見がすべて通るような捉え方もあるようだが、検討委員会はあくまでも諮間機関であり、最終的な決定は議会で行うので、議会に上がってきた段階で修正も可能である。区民会議案の区民の定義は納得できる。
  • 〇 区民会議案では、議員を選出するのが住民ではなく、区民となっていることに少し違和感があるが、条例案が出される段階ではもっと整合性のあるものになっていると思われるので特に反対はしない。
    【その他】
  • 〇 自治基本条例を導入する意義を明確にすべきである。自分たちのご都合主義ではなく、区民の利益に直結するものでなければ導入する意義がない。この条例は、やはり議会との整合性の面で非常に難しい。他の自治体でも議会を含めた総合型の自治基本条例のところと議会を縛らない行政基本条例だけのところがある。今回、豊島区が導入しようとしているのは総合型の自治基本条例で議会も含めて考えているが、果たして議会がそれに縛られることが、豊島区にとって利益を生むことになるのか、という点ではそうは思えない。このようなことは改めて言われなくとも、地方自治法のもとで良識ある判断で、議会人一人一人が議会というものに重きを置いてやっていればいいことであって、条例に縛られることが必ずしも豊島区の利益につながるとは思えない。
  • 〇 条例制定に当たっては、一応第四回定例会に提案ということになっているが、条例が制定されたらどのようになるかということなども区民に知らせたうえで、また意見をもらうということを繰り返しながら異なる意見をまとめていくことが大事なので、余りスケジュールにはこだわらずに、必要なことであれば徹底的に議論し、意見も聞くという姿勢で臨むべきである。
  • 〇 基本的に区民会議案で疑問に思うような点はないので、これと同じような方向で制定してよいのではないか。
  • 〇 この条例が直接民主主義に基づかないものだと言い切れるのか疑問である。直接民主主義というものがこれからどんどん広がっていったときに、必ずしも豊島区がいい方向に行くとは思えない。条例によってむしろ悪くなるのではないか。
  •  
 以上のような議論が繰り広げられていた間に、区側の検討の場は区民会議から条例検討委員会へと移行し、区議会の報告書と相前後して条例素案がまとめられた(※23)。
 この素案は区民会議案をベースに条例文としての文言・文章整理が施されているほか、区民会議案からの大きな変更点も含まれていた。区民会議案の付帯意見に挙げられていた住民投票については、対象事項や発議・投票要件、投票結果の取扱いなどの具体的な制度設計についてはさらに検討を深める必要があるため、「区は、区政に重大な影響を有する事項について、住民、区議会又は区長の発議に基づき、住民投票を実施することができる」との包括的な規定に留め、「投票資格など住民投票の実施に関して必要な事項は別に条例で定めることとする」として、区民会議案にあった「永住資格を有する外国人及び満 18 歳以上の者」等の具体的な記述は削除された。その一方、同じく付帯意見で条例制定と同時の設置が求められていた推進機関については、区長の附属機関として区民及び学識経験者で構成する「自治推進委員会」を設置することが明記された。また区民会議案の「コミュニティ」に関する章で提起されていた地域の共通課題を話し合い、区に提案することができる区民主体の「開かれた話し合いの場」とは別に、区民との協働によるまちづくりを推進するため、一定の地域区分に基づいて区長が設置することができる「地域協議会」の規定が盛り込まれた。これはコミュニティにおいては区民の自主性・自発性が尊重されるべきではあるが、区民だけではなかなかそうした協議の場を作っていくことは難しい面があるため、区長のリーダーシップの基に協議の場を設けていくことも必要だろうと「区政への参加、協働」の章に新たに追加された項目である。さらに条例検討委員会の中でも意見が分かれた項目についてはA案・B案のふたつの案が併記され、パブリックコメント等による意見を踏まえて最終的な答申にまとめていくとされた。両論併記された項目は①区民の定義、②子どもの権利、③事業者の責務、④区議会の設置、⑤区議会議長の就任時の宣誓、⑥区長の設置、⑦区長の就任時の宣誓の7項目で、このうち②③⑤⑦は2案のうちのひとつはそもそも規定を置かないとするものであった。
 そして10月5日発行の広報紙及び区ホームページにこの素案を掲載し、広く意見を募集するパブリックコメントが開始されたが、その実施期間中であった10月21日、条例制定に反対する建議書が自民党会派議員から提出されたのである。それは自民党会派の中でも特に強硬に反対していた議員の主張に沿ったもので、そこには自治の担い手は「住民」であり、その住民によって選ばれた「議会」であるということが繰り返し主張されていた。にもかかわらず議員を抜きにして進められた区民会議案や議会を排除する推進機関の設置など認めるわけにはいかず、そのような条例に対し議長が宣誓を強制されることは遺憾であり、自治基本条例から議会の規定を削除した行政基本条例とすべきであるとしていた。また区政への区民参加をどこまで認めるか不明確なまま区民に権利を与えるべきではないと主張し、住民投票は議会軽視につながりかねず、特に外国人あるいは未成年者に発議権を与えることに強く反対する内容であった。
 こうした強い反対意見が出された背景には、従来の区長提出条例では条例原案を区長部局で作成し、重要な条例については議員も参加する審議会等での検討を経て区議会に提案するというのが一般的なプロセスであったのに対し、白紙の段階から区民が主体的に条例づくりを担った区民会議方式が「議会外し」と捉えられたこともあったと思われる。だがここまで検討が進んできた段階で、自治基本条例の根幹に関わるような反対意見が出てきたことに条例検討委員会も困惑の色を隠せなかった。この建議書について区から説明を受けた同委員会では、最終的に条例案は区議会で審議されることになるので、これまでの検討を踏まえて委員会としての答申を出せばよいのではないかとの意見もあったが、答申を受けて区長が提出する条例案が区議会で否決されるようなことになっては元も子もないという判断になり、区議会との調整を図りつつ修正できる部分については修正を加えていくことになった(※24)。
 またこの素案の検討状況を報告した区議会行財政改革調査特別委員会において、区民意見の集約に時間をかけて慎重に進めるようにとの意見が出され、パブリックコメントと同時に行った各地区区政連絡会への説明においても、抽象的な内容で理解するのが難しいとの意見が多く、「重要な条例だからこそもっと時間をかけて理解を広げていく必要があるのではないか」「急いで制定する必要はない」との意見が出されていたこともあり、区は丁寧に進める必要があるとして第4回定例会への条例案提出を見送る判断に至ったのである。
 一方、区民会議メンバーに対しても区は条例素案について説明する場を設けた。この説明会に参加したメンバーらからは、住民投票の外国人・未成年者を含めるとした部分の削除など、区民会議案からトーンダウンする修正を加えられた点がいくつかあることは残念としつつも、全体としては区民会議案の趣旨を反映してよくまとめられているとの評価を得た。また区議会の中に条例に反対する動きがあることを懸念する声があがり、「多少の修正を加えてでも条例を通すことが重要」と条例検討委員会にエールが送られた。
 こうして条例検討委員会は当初予定に2回の会議を追加し、区議会やパブリックコメント等に寄せられた意見を踏まえて最終的な修正を加えていった(※25)。
 答申で大きく変更された点は区民の定義だった。素案ではA案・B案の2案を併記する形で区民及び住民について以下のように定義していた。
 
  • A案
  • (1)区民 豊島区の区域内(以下「区内」という。)に住所を有する者(以下「住民」という。)、区内の事務所若しくは事業所に勤務する者、区内の学校に在学する者又は区内において公益的な活動を行う個人又は団体をいう。
  • B案
  • (1)住民 豊島区の区域内(以下「区内」という。)に住所を有する者をいう。
  • (2)区民 住民、区内の事務所若しくは事業所に勤務する者、区内の学校に在学する者又は区内において公益的な活動を行う個人又は団体をいう。
 
 いずれの案も内容に違いはないが、B案は住民を自治の第一義的な担い手として第1号に位置づけた上で、在勤・在学・在活動者を含めて広く区民を定義づけたものである。区民会議案でも第1号に区民を「区内に住む者、区内で働きまたは学ぶ者及び区内で活動する個人または団体」とし、続く第2号に住民を「豊島区で住民基本台帳に登録している者及び外国人登録している者」として区民と住民を別に定義していたが、第1号と2号で住民の定義が重複していたことから法規上の整理を施し、住民を区民の中に含まれる者としてひとつにまとめたものがA案である。また地方自治法の規定に則り、住民の定義を「区内に住所を有する者」と変更しているが、この「区内に住所を有する者」とは区内に生活の本拠を置いている者を言い、自然人、法人の別を問わず、また人種、国籍、性、年齢、行為能力の有無を問わないと解されており、外国人登録者はもとより区内に事務所等を有する法人(事業者)も含まれる。
 この素案に対し、答申では区民等の定義について以下のように規定されている。
  • (1)住民 豊島区の区域内(以下「区内」という。)に住む人をいう。
  • (2)区民 前号に掲げるもの、区内で働く人又は学ぶ人をいう。
  • (3)事業者等 区内で事業活動又は公益的な活動を行う団体をいう。
 パブリックコメント等の意見を踏まえ、住民を自治の第一義的な担い手として明確に位置づける素案B案の形式を取りつつも、その定義は「区内に住所を有する者」から「区内に住む人」に変更され、これに合わせて住民以外の区民についても「働く人」「学ぶ人」に変更された。先に述べたとおり「住所を有する者」の中には法人も含まれるため、自治の主体(権利・責務の主体)となる住民・区民を自然人に限定するものであった。また区民の範囲の中に在活動者を含めることに反対する意見が多かったことから、区民の定義の中から「公益的な活動を行う個人又は団体」を外し、第3号の事業者等の定義を新たに設け、地域社会を構成する多様な主体の一員として位置づけたのである。区民会議案の緩やかな規定に逆戻りしたとも言えるこの変更については、条例検討委員会の中でもさまざまな意見が交わされたが、住民と区民を別に定義することについては概ね合意が図られ、事業活動・公益的な活動を行う個人については「働く人」という緩やかな規定の中に含まれると解釈できるため、「事業者等」については団体に絞り込む方向で意見が集約された。
 この区民の定義の変更に伴い、前文の「身近な地域の課題について、住民が主体的に考え、このまちに集う多様な区民と協働していくことを自治の起点とし・・・」という部分は「身近な地域の課題について、まずその地域に住む人々が主体的に取り組むことを起点とし、さらに地域社会に関わる多様な人々に協働の環を広げ・・・」に修正され、住民自治の理念がより明確化された。また「基本理念(第3条)」、「基本原則(第4条)」、「事業者等の役割(第9条)」等の規定についても整合性を図るための修正が加えられた。
 一方、区議会からの意見等を踏まえて修正が加えられた項目は、以下の5点である。
  • ・ 自治推進委員会の設置(第6条):委員会の構成については別条例で定めることとし、素案の「区民及び学識経験者で構成する」部分を削除。また区政参加の1ツールとしてではなく、この条例の理念を具体化し、さらにこの条例を見直し、発展させていく役割を担う重要な機関としての位置づけを明確化するため、第4 章「区政への参加、協働」から第1章の「総則」に移すとともに、素案では「この条例の運用及び見直しその他自治の推進に関する重要事項」としていたものを「この条例の運用及び見直し、この条例の理念を発展させるための諸制度及び組織機構のあり方その他の自治の推進に関する重要事項」として下線部分を加え、「住民投票」(第24 条)や「地域における協議会」(第27 条)等を検討テーマとして想定した役割を付与。
  • ・ 区民の責務(第8条):「区民は、自治を実現するために、次に掲げることに努めなければならない」との条文を「区民は、権利には責任及び義務が伴うことを自覚し、前条第 1 項各号の権利を行使するに当たっては、次に掲げることに努めなければならない」に変更。権利と責務(=責任及び義務)は表裏一体のものであり、第7条に規定される区民の権利行使に当たってその濫用は許されない旨の内容を加味。
  • ・ 子どもの権利:自治基本条例の中で子どもの権利について規定する必要性を疑問視する意見が多く、また「子どもの権利条例」で具体化される予定なので項目削除。一方、自治基本条例の中でこそ子どもの権利保障を謳うべきとの意見もあることから、素案にあった「区民及び区は、子どもが安全かつ健全に成長できるよう配慮するとともに、豊かな地域社会を将来に引き継いでいけるよう努めるものとする」部分を区民の責務(第8条)として追加。
  • ・ 住民投票(第24条):第1項の規定を素案の「区は、区政に重大な影響を有する事項について、住民、区議会又は区長の発議に基づき、住民投票を実施することができる」から「区は、区政に重大な影響を有する事項について、住民投票制度を設けることができる」に変更。発議要件等については慎重に検討する必要があり、現時点で早期の決定の見込みがないため発議に関する規定を条文から削除する一方、制度設計の過程で住民のイニシアティブを確保する可能性を残した。
  • ・ 区議会議長及び区長の就任時の宣誓:いずれも項目削除
 
 こうした修正作業は、区議会との調整を図りながら水面下で進められた。政治的な配慮から素案の記述をある程度薄めざるを得なかった部分も少なからずあったが、条例を通すことが先決であるとの思いは条例検討委員会も区民会議と同じであり、飲み込めるところは飲み込みつつも区民会議案の趣旨をどこまで活かせるかという視点に立ち、ぎりぎりのところでまとめられたものと言える。
 こうして年をまたいで翌18(2006)年1月19日、条例検討委員会は区長に答申を提出し、これを受けて区は2月16日に開会された第1回定例会に「豊島区自治の推進に関する基本条例」(以下「自治推進基本条例」)を提案するに至ったのである(※26)。
 この条例案を審議した2月23日の総務委員会では、様々な意見を反映した修正がなされたことを受け、それまで反対の立場を示していた自民党も条例案に賛成することを表明し、採決の結果、賛成多数で条例案は可決された。この委員会審査結果の報告を受け、3月28日に開会された本会議においても同条例案は賛成多数で可決され、翌29日制定を公布、4月1日から施行された(※27)。
 平成16(2004)年5月の区民会議準備会からスタートした区民参加による条例づくりは、様々な紆余曲折を経ながらも、約2年の歳月をかけて条例施行にまでたどり着いた。だが自治推進基本条例は参加と協働のまちづくりを推進するための基本理念や基本原則、自治の主体である区民や区議会・区長等の役割を明らかにする一方、「住民投票」や「地域における協議会」などの参加・協働の新たな仕組みについてはその枠組みを定めるに止め、具体的な制度設計は別に条例で定めるとし、引き続きの検討事項とされた。また区民会議案の序文でも述べられていたように、「自治基本条例は制定がゴールではなく、そこから自治の取り組みがスタートする」のであり、その取り組みを具体化していくための検討は次の自治推進委員会へと委ねられていくことになったのである。

自治推進委員会

 前述した通り、自治推進委員会は自治推進基本条例の中で区長の諮問機関に位置づけられ、「この条例の運用及び見直し、この条例の理念を発展させるための諸制度及び組織機構のあり方その他の自治の推進に関する重要事項について、区長の諮問に応じて審議を行い答申するとともに、自ら区長に対して提言することができる」と規定されている。だがその構成等については別に条例で定めるとされていたため、区は平成18(2006)年第3回定例会に自治推進委員会条例を提案し、区議会の議決を経て、翌19(2007)年2月21日、「豊島区自治推進委員会」(以下「自治推進委員会」)を設置した(※28)。
 学識経験者3名、公募3名を含む区民委員11名、区議会議員4名、区職員2名(副区長・区民部長)の計20名の委員から構成され、このほかに専門的な事項を調査審議するための専門委員2名を加えた自治推進委員会(会長:磯部力立教大学法学部教授)は、「『参加』と『協働』のまちづくりを推進するための基本施策について」の諮問を受け、任期2年の終期に答申を出すことを目途に検討を開始した。
 区長からの諮問に基づき、自治推進委員会は(1)「地域」を軸に参加・協働の仕組みを考える、(2)「政策」を軸に自治体経営の新しい仕組みを考える、のふたつのテーマを設定し、各委員がそれぞれ「地域協議会部会」、「協働・政策部会」に分かれて集中的に検討していくこととした。このふたつのテーマのうち(1)は自治推進基本条例第27条に規定される「地域における協議会」(以下「地域協議会」)のあり方を具体的に検討するものであり、また(2)のテーマはそれまで主に行政が担ってきた「政策」の決定や実施過程における区民との協働の仕組みを考えるものであった。
 両部会の検討は7月から開始され、地域協議会部会は翌20(2008)年1月までに7回、協働・政策部会は2月までに8回の会議を重ね、現状と課題の分析、論点整理、各論点についておおよその基本的な考えをまとめ、それらを3月17日に開催された自治推進委員会に19(2007)年度の検討成果として報告した。これを受けて同委員会は、両部会からの報告をその時点における委員会としての到達点に位置づけるとともに、具体的な制度化・施策化に向けたより詳細な検討やモデル事業の設計等については次年度の検討課題とする方向性を確認し、4月18日、「中間報告」として区長に提出した(※29)。
 地域協議会部会の報告では、地域活動を重要と思う人は過半数を超え(6割)、またきっかけがあれば参加したい人も一定程度いるにもかかわらず(3割)、実際に参加している人は少ない(3割未満)という現状や(以上「協働のまちづくりに関する区民意識調査2007」より)、町会の加入率低下や役員の高齢化、さらに福祉や教育など行政課題別に組織化されている団体間の連携は弱く、多様化・複雑化する地域課題の解決が困難になっている現状を踏まえ、潜在的な参加を掘り起こして地域活動を活性化するとともに、多様な組織間の連携により地域の課題解決力の向上を図ることが必要であり、きめ細やかな地域経営による魅力的な地域環境を創出するための新たな区民参加の場として、また地域を軸にした政策・施策の複合化・統合化を図る場として地域協議会の意義や必要性を整理している。そして地域協議会の制度設計に向けては、①設置エリアの考え方、②組織のあり方、③役割・位置づけ、④モデル事業のあり方、⑤「地域区民ひろば」との関係整理の5つの論点を挙げ、それぞれ以下のような基本的な考え方を示している。
 
  • ① 概ね区域を8~12区分(人口規模2~4万人)
  • ② 数十人規模で意思決定レベル(10名以内)と活動レベルから構成、既存組織の活用(ヨコの連携)+一定割合の公募(新たな参加の掘り起こし)、事務局としての行政サポートの必要性
  • ③ 情報共有・意見交換にとどまらず、協議・合意形成を図り提案していく場
  • ④ 地域協議会モデル事業(地域別計画・地域別課題ワークショップ)と土壌づくりモデル事業(新たな参加の掘り起こし・メンバー間の信頼関係の醸成等)のふたつのアプローチ
  • ⑤ 地域区民ひろばの運営協議会:区民の主体的な領域としての地域コミュニティ活性化の仕組み(区民が設置する任意組織)、地域協議会:地域特性を活かしたまちづくりという視点からの新たな地域経営の仕組み(区民との協働による地域施策づくりの場)
 
 一方、協働・政策部会の報告では、決定・実施・評価の政策サイクルの中でも決定と実施過程に焦点をあて、前年3月に策定した新基本計画の進行管理(施策の重点化)にどのように区民ニーズを反映させていくか、またNPO等の区内で活動する公益的な活動団体や区の支援策の現状や課題を分析し、①区民活動センターのあり方(自治推進基本条例第25条関連)、②協働の視点に立った補助金のあり方(同第12条第2項、第25条関連)、③公益的な活動団体への事業委託のあり方(同第26条関連)、④政策形成過程への区民参加のあり方(同第40条第3項関連)の4つの論点を挙げ、その改善の方向性を以下のように示している。
 
  • ① 中間支援機能の強化、中間支援施設としての位置づけの明確化、民間の専門的なノウハウ活用も含めた運営方式の見直し
  • ② 区民活動支援事業補助金の区民の視点に立った制度設計:補助金区分の見直し(創出支援型補助金の拡充・協働事業補助金の新設等)、総合的な評価システムの構築(効果の検証と公開)、補助金財源確保策(基金、寄附税制の活用)
  • ③ 協働事業提案制度の活動組織の規模・タイプに応じた委託メニューの整備:提案型事業委託制度の創設(行政からの事業提案、受託者選定における公平・公正性の確保)、公共分野での参入機会の拡大(競争原理のもとで参入できる条件整備、営利企業への委託とは異なる社会的価値の明確化)
  • ④ 区民意識調査結果を反映した施策の重点化(基本計画の進行管理のための継続的な検証・意見反映の仕組み)、政策eモニター制度の試行・検証(19年度モデル実施)
 
 この「中間報告」提出後、自治推進委員会は20(2008)年度も引き続き各部会において「中間報告」で提示した具体策やモデル事業等についての検討を深め、20(2008)年10月に「中間答申」をまとめ(※30)、翌21(2009)年2月に「最終答申」を提出した(※31)。この「中間答申」は、区の予算編成や基本計画の実施計画である「未来戦略推進プラン」の改定スケジュールを念頭に置き、次年度の施策展開への反映を期する具体策やモデル事業等について先行的に提言したものである。
 「中間答申」及び「最終答申」で提言された内容は多岐にわたるが、その核となるのは地域協議会モデル事業と協働事業委託モデル事業のふたつのモデル事業であった。前者は地域協議会の実施エリアを中学校区程度のおおよそ8区分に設定し、モデル事業の候補地域として池袋西地域、北池袋地域、目白・雑司が谷地域の3地域を例示した。また後者は競争による入札を原則とする契約制度のもとではNPO等の公共事業への参入機会が広がらないことから、区が実施または実施予定の事業で公益的な活動組織に委託可能な事業を予め提示し、それに対する事業企画案を公募する仕組みであった。
 この答申を受け、区は平成21(2009)年度の新規事業として「協働推進プロジェクト」を立ち上げ、地域協議会モデル事業と協働事業委託モデル事業をスタートさせた。しかし従来の協働事業提案制度の方で実績ゼロの状況が続く中では委託モデル事業は具体化に至らず、結局、様々な地域貢献活動をコミュニティビジネスにつなげていくための講座やフォーラムの開催など、中間支援的な事業がプロジェクトの中心になっていった。今でこそ福祉や子育てをはじめとする様々な公共サービス分野でNPOがそれぞれの専門的なノウハウを活かし、区の事業を受託することも珍しくはなくなっているが、当時はNPOの多くは運営基盤が脆弱で、公共事業を受託できるだけの体力のあるNPOは限られていた。また行政内部、特に職員の意識の中にも事業委託を協働の一形態と捉える考え方が十分に浸透してはいなかった。「新しい公共」という概念がようやく広まりはじめ、国において地域社会雇用創造事業(内閣府)などコミュニティビジネス(ソーシャルビジネス)に関連した施策が展開され始めたのも平成20年代以降のことであった。そうした中では受注側のNPOの状況や発注側の区の意識も含め、事業委託を進めて行くにはまだ十分には機が熟していない面があったものと考えられる。
 一方、地域協議会モデル事業については答申で挙げられた3つの候補地域のうち、当面北池袋地域(池袋中学校区:上池袋・池袋本町)の1地域で展開していくこととし、町会はじめ各地域団体との事前協議を経て、平成22(2010)年2月、「北池袋モデル地域協議会」が設置された(※32)。
 3候補の中で北池袋地域が選ばれたのは、第一にエリア内の文成小学校と池袋第二小学校の統合が26(2014)年に予定されており、これに伴う統合新校と池袋中学校の小中連携校新校舎の整備やその後の文成小跡地の活用などの事業に加え、民間でもその後10年間に下板橋駅への日大病院誘致や板橋駅前の旧JR社宅跡地マンション開発など大規模な事業が次々に予定されていたため、こうしたまちづくりの大きな動きに対応し、この地域を軸にした横断的な施策展開が俎上に載せられ、地域住民との対話が不可欠であったことがあげられる。
 また、池袋本町・上池袋ともに木造住宅密集地域で防災危険度が高いという共通の課題を抱え、それぞれ居住環境整備事業対象地域に指定されていたが、昼間人口が少なく高齢化が進んでいる地域でもあり、いつ起きてもおかしくない震災に備えて高齢者等の要援護者支援体制づくりが課題になっていた。区が20(2008)年度から実施していた「地域ビジョン懇談会」においても、同エリアからは昼間時間帯に震災が起きたときの中学生のマンパワーの活用を求める声があがっており、中学校区をエリア単位にした防災まちづくりという共通の地域課題を話し合う場は地域協議会モデル事業の基本フレームに合致していた。さらに同エリア内では既に大規模マンション(シスナブ池袋本町)でのコミュニティづくりや資源集団回収事業を通じた町会との連携、池袋本町地区商店街とNPOの連携(街づくりネットワーク)など新たなつながりが生まれ始めており、幅広いメンバーを集めた協議会づくりができる下地があった。
 こうして22(2010)年2月7日に開催された同地域協議会の第1回目会議には町会・商店街をはじめ主立った地域活動団体代表者が集まり、委員長及び役員の選出ほか会の運営や公募委員について話し合い、第2回(3月27日)会議では「地域活性化部会」「福祉・教育部会」のふたつの部会を設置、第3回会議(7月3日)からは区広報紙等を通じて募集した公募委員3名に区職員3名も加わり総勢28名による活動がスタートした(※33)。また23(2011)年4月に会の名称を「かみいけ❤いけほんつながり隊」に改称し、部会編成も「地域活性化部会」「地域文教部会」「地域安全部会(地域きずな部会)」の3部構成に再編された。以後、26(2014)年度までの5年間に毎年度全体会2~3回、各部会5~10数回程度開催され、その他役員会や地域イベントへの参加を含め23(2011)年度の年間活動回数は51回、委員数も42名と最多であったが、その数はいずれも次第に減っていった(※34)。
 主な活動内容は①「池袋本町ふれあいまつり」等地域イベントへの出展・活動PR及び参加呼びかけ(地域活性化部会)、②池袋本町地区校舎併設型小中連携校建設計画への地域意見の反映(地域文教部会)、③セーフコミュニティ活動(地域安全部会)の3つで、これらを軸に部会ごとの活動が展開された。特に22(2010)年5月にセーフコミュニティのモデル地区に位置づけられたことを受け、GIS(地理空間情報システム)を活用し、エリア内で事故があった場所やまち歩きワークショップ、地域住民へのアンケート調査等により危険度が高い場所をエリア地図に落とし込んだ「交通安全気づきマップ」を作成する取り組みが地域安全部会を中心に進められ、25(2013)年度にはこのマップとエリア内の主なイベントを紹介するマップを表裏に印刷した下敷を作成し、小中学校児童に配布した。
 また地域文教部会では23(2011)年5月から池袋本町地区校舎併設型小中連携校の建設構想についての検討を開始し、検討内容を「瓦版」として逐次周知していくとともにアンケート調査で地域住民の意向を汲み上げながら約1年かけて検討を重ねていった。そして24(2012)年3月28日、それまでの検討成果をまとめ、「池袋本町地区校舎併設型小中連携校建設に関する提言書」を区長に提出した(※35)。同提言書では「小・中・地域 絆深まる連携校 ~学び・交流・防災の拠点~ 」をコンセプトに掲げ、学習ICT環境の充実や環境教育・自然体験活動の場として活用できる校舎整備のほか、小中連携校としての共用空間の活用や災害時の防災拠点としての施設・設備などについて提言されている。この提言は新校舎整備の基本構想に反映され、それ以降も基本計画、基本設計の各段階で進捗状況について区教育委員会から説明を受け、地域文教部会の場で意見を出していった。従来の学校改築では建設計画に地域住民の意見を反映させる仕組みとして「考える会」が都度組織化されていたが、池袋中学校区を対象エリアとする地域協議会モデル事業が既に開始されていたため、地域文教部会がその受け皿となったのである。
 こうして「かみいけ❤いけほんつながり隊」は様々な取り組みを通して住民相互の連携を深めていったが、モデル事業の実施期間5年の終了に伴い、平成27(2015)年6月2日、「北池袋モデル地域協議会事業5年間の報告書」の区長への提出をもってその活動に終止符を打つことになったのである(※36)。同報告書では地域協議会のメリットとして「区民ニーズのきめ細やかな把握が可能」「地域間・団体間交流が促進」「地域情報を共有」「課題解決に一定の成果」などを挙げる一方で、デメリットとして委員の多くが地域活動団体の役員を兼務していることから「スケジュール調整が困難」「公募委員が定着しない」「所属団体との調整が困難」「マンネリ化の傾向」などを挙げている。そして今後の方向性として、「地域協議会は、協議機能は発揮できるが自ら施策の提案や実施する機能は低い。メンバーが地域団体の推薦により構成されたこともあり、委員それぞれが本来の団体業務を担うだけで精いっぱいな状況であり、公募委員も定着せず、区の主体的な運営となり、自主・自立的な運営は困難である。今後は、地域の課題ごとに必要に応じた地域協議会をそれぞれの部署が時限的に設置し、課題への関わりが深い地域住民の参画を求め、効率・効果的な運営を図るのが望ましい」と結論づけられている。この報告書の提出に先立って5月29日に開催された最後の全体会では、ほとんどの委員が活動の継続を希望していたのだが、モデル事業の終了に伴って地域協議会運営のための予算も事務局としての行政のサポートも打ち切られることになり、自主運営化は難しいとの判断により協議会の継続を断念せざるを得なかったのである。
 以後、他の地域でモデル事業が新たに展開されることも、本格実施に移行することもなく「地域協議会」という住民自治組織の構想は幻に終わった。ほぼ同時に進められた「地域区民ひろば構想」が本格実施に至ったのに対し、地域協議会は地域の中に根付くことはなかった。区民ひろばの運営協議会と地域協議会とで構成メンバーが重複していたことも区民にとって負担が大きかったと思われるが、前者はコミュニティ施設の自主管理・自主運営をめざす住民主体の自主組織であるのに対し、後者は地域の課題を共有し、その解決に向けて協議し、施策提言するために区が設置する組織であってその役割は異なっていた。なぜ地域協議会は育たなかったのか、そもそもの制度設計に問題があったのか、少なくともモデル事業の検証はなされるべきであり、その検証は当然のことながら「自治推進委員会」が担って然るべきであったと考える。だが本章第1節第3項で述べた通り、平成24(2012)年11月に区がセーフコミュニティの国際認証を取得したことに伴い、自治推進基本条例の中にセーフコミュニティの意義を定めるための条例改正について審議するため、同年7月に第2期となる自治推進委員会が設置され、その第1回会議の参考資料として第1期委員会の提言に基づく取り組み状況が提出されたが(※37)、それについて審議されることはなく、またこの第2期委員会の設置以降、現在に至るまで自治推進委員会は設置されていない。

※30 「参加」と「協働」のまちづくりを推進するための基本施策について‐中間答申
第7回豊島区自治推進委員会(会議録・会議資料)
第8回豊島区自治推進委員会(会議録・会議資料)
第9回豊島区自治推進委員会(会議録・会議資料)

※31 「参加」と「協働」のまちづくりを推進するための基本施策について‐最終答申
豊島区自治推進委員会最終答申について(H210226区民厚生委員会資料)
第10回豊島区自治推進委員会(会議録・会議資料)
第11回豊島区自治推進委員会(会議録・会議資料)

※32 北池袋モデル地域協議会の設置について(H220225区民厚生委員会資料)
北池袋モデル地域協議会設置要綱

※33 平成22年度北池袋地域協議会全体会(第1回~第5回会議録)
地域協議会関係資料(H220517・H220705セーフコミュニティ推進本部資料)
広報としま1457号(平成22年3月25日)
広報としま1477号(平成22年10月15日発行)

※34 平成23年度かみいけ♥いけほんつながり隊全体会(第6回~第8回会議録)
平成24年度かみいけ♥いけほんつながり隊全体会(第9回~第11回会議録)
平成25年度かみいけ♥いけほんつながり隊全体会(第12回~第13回会議録)
平成26・27年度かみいけ♥いけほんつながり隊全体会(第14回~第16回会議録)
広報としま1493号(平成23年3月25日発行)

※35 池袋本町地区校舎併設型小中連携校建設に関する提言書
かみいけ♥いけほんつながり隊地域文教部会瓦版No.01(平成23年7月発行)
かみいけ♥いけほんつながり隊地域文教部会瓦版No.04(平成24年5月発行)
池袋本町地区校舎併設型小中連携校建設基本構想・基本計画
池袋本町地区校舎併設型小中連携校基本設計について(H251129子ども文教委員会資料)

※36 北池袋モデル地域協議会事業5年間の報告書(平成27年5月)
北池袋モデル地域協議会事業5年間の報告について(H270929区民厚生委員会資料)
H270603プレスリリース

※37 自治の推進に関する基本条例制定後の区の主な取り組み(H240726自治推進委員会資料)

多様な主体との協働

 平成7(1995)年の阪神・淡路大震災を契機にボランティアやNPO等の市民活動が活発になっていったことを背景に、10(1998)年3月、「特定非営利活動促進法(NPO法)」が可決成立(同年12月1日施行)し、以後、全国にNPO法人の設立が広がった。豊島区においても平成11(1999)年にわずか8団体であった区内NPO認証法人数は、5年後の16(2004)年にその20倍を超える166団体まで急増し、10年後の21(2009)年には267団体に達していた。その活動分野は「社会教育の増進を図る活動」「保健、医療又は福祉の増進を図る活動」がともに12.1%で1位を占め、「各活動を行う団体の運営又は活動に関する連絡、助言又は援助の活動」を行う団体も15.4%を占めていた(21年12月末時点)。
 こうした新たな市民活動の高まりを受け、区は平成12(2000)年10月に策定した「新生としま改革プラン」の5つの柱のひとつに「区民と協働して地域の活性化に努めること」を掲げ、特に区民のボランティア活動やNPO など非営利活動への支援強化を打ち出した。そして翌13(2001)年7月、区民と行政との協働のあり方を検討するため、学識経験者、地域活動団体代表及び公募区民委員4名を含む23名の委員から構成される「区民と行政とのパートナーシップ会議」(座長:三本松政之立教大学コミュニティ福祉学部教授、以下「パートナーシップ会議」)を設置するとともに、同会議での検討の基礎資料とするため、13(2001)年度に区内で活動する様々な団体の現状と課題を把握する目的で調査を実施し、これを「区民地域活動白書」として14(2002)年6月に公表した(※38)。
 同白書で調査対象となった団体は、対象総数2,636団体のうちボランティア・NPO法人267(うちNPO法人32)、町会・育成委員会・高齢者クラブの地縁団体174(うち町会132)、生涯学習・スポーツ団体119の計560団体で、そのうち379団体から郵送による調査票記入方式(自計式)調査の回答を得た(回答率67.7%)。
 調査結果の概要は以下の通り。
 
  • (1)身近な地域で活動している小規模の団体が多い(会員数 100 人以下の小規模団体が全体の過半数を占める。収入規模は町会、NPO 法人の過半数が年間 100 万円以上と比較的大規模なのに対し、その他の団体は規模が小さくボランティア団体の15%は団体としての会計を持っていない。収入内訳はどの団体も会費の比重が高い。支出内訳では町会等がイベント等の事業経費が高いのに比べ、ボランティア団体・NPO 法人では通信費や事務所経費等維持経費の比率が高い)
  • (2)団体の事務所を持たず、個人宅を事務所(連絡先)として利用している例が多い(活動場所も区施設の利用が多いが、約2割は「個人宅」を活動拠点としており、活動範囲もNPO法人を除き身近な地域に限定されている)
  • (3)多くの団体が、その団体の主目的とする活動を行うだけではなく、社会に貢献したいという意欲を持ち、幅広く様々な活動に取り組んでいる(ボランティア団体・NPO 法人等が子育て、社会教育、保健・福祉の分野の比率が高いのに対し、町会では地域安全、災害救援等への取り組みが高い)
  • (4)多くの団体が他団体や地域と連携・協力していきたいと考えている。
  • (5)行政に対しては、資金の助成や場所の提供、活動に関する機材・資材・教材などの提供、情報面での支援を求める声が高い。(活動上の課題としてはボランティア団体・NPO 法人が「活動資金の不足」を一番に挙げているのに対し、町会等では「構成員の減少」や「スタッフの高齢化」を挙げている)
 
 こうした調査結果を踏まえ、パートナーシップ会議は14(2002)年12月16日、約1年半にわたる検討の成果をまとめ、「よりよい地域づくりへの提言-パートナーシップの確立に向けて-」を区長に提出した(※39)。
 この提言では、パートナーシップを「地域の諸団体と行政とが、自立したパートナーとしてお互いを認め、社会的目的の実現に向け協議し政策を提言したり、それぞれの団体がもつ多様な専門性や技術を活かして共通する課題の解決やサービスの提供などの活動を行ったりすること」と定義し、地域活動団体と行政との協力関係については、これまでは団体が区に協力するという形のものが比較的に多く、「自立したパートナーとして」としての関係は不十分であったとし、パートナーシップ構築のための具体策として以下の7項目が示された。
  • (1)地域活動団体の活動拠点の設置
  • (2)地域活動団体相互の交流・ネットワークづくりの推進
  • (3)地域活動団体の人材育成・人材確保の支援
  • (4)地域活動団体の資金確保の支援
  • (5)地域活動団体の情報収集・伝達・PRの支援
  • (6)パートナーシップ条例(仮称)の制定
  • (7)区政運営システムの見直し
 これら具体策の中でも特に(1)の活動拠点の設置は必須であるとして、仮称「パートナーシップセンター」を区内に5~8か所(概ね800~1,200mの徒歩圏内)設置することが望ましいとしつつ、当初は東西に1か所ずつ2つの拠点を既存施設や空き店舗等を活用して設置すること、また地域活動団体の連絡先や資料保管スペース、印刷機等の設置、インターネット環境の整備等に加え、情報提供・相談等支援機能、団体間相互の情報交換機能等が求められるとして各機能を備えた施設レイアウトイメージが付されている。また運営管理については利用団体の登録制、運営協議会による公設民営方式を挙げ、運営協議会の形態として登録団体やボランティアで構成する方式や企画コンペ方式など4つのパターンを示し、どのような運営形態を採用するか、職員配置のあり方等も含めより具体的に検討するための準備委員会の設置が提言された。
 この提言を受け、翌15(2003)年3月、区はNPO や町会等の地域活動団体代表者18名の区民のみで構成される「パートナーシップセンター開設準備委員会」を設置した。同準備委員会はパートナーシップ会議の提言を踏まえ、パートナーシップセンターの機能や利用方法、運営方法などについてより具体的に検討を重ね、同年7月14日、報告書を提出した(※40)。この報告書では「パートナーシップセンター」の役割・機能を「地域活動団体の事務所」及び「団体相互の交流、情報収集・発信の場」に位置づけ、事務所機能としてのメールボックスやロッカー等の設置を挙げ、その利用ルールの雛形も示している。また登録団体の要件や運営形態はその登録団体代表者で構成される運営協議会による自主運営方式とし、会則案も示されている。こうした公設民営の運営協議会方式によるセンター構想は23区でも初の取り組みとなるものであった。
 この報告書提出から2年後の平成17(2005)年9月、区はパートナーシップセンターの事業化に向けた庁内プロジェクトチームを立ち上げ、約半年間の準備期間を経て18(2006)年3月24日、東部区民事務所内に「区民活動センター」を開設した(※41)。
 同センターは提言通りに登録団体による運営協議会方式が採られたが、しかしながら18(2006)年度の登録団体数は13団体のみで、その後も利用は伸び悩んだままだった。また経費については運営協議会と役割分担をするとして施設の維持管理費と受付要員の人件費は区が負担し、運営に関わる経費については運営協議会が負担することになっていたが、協定書や契約書を交わすまでには至らず、区が負担する受付要員も区民事務所との兼務職員で活動団体の相談支援の役割を担うものではなかった。一方、20団体に満たない登録団体から交替でスタッフを出すことは団体にとっても負担が大きく、また運営資金も登録団体の会費と印刷機等の使用料収入のみでは専任のスタッフを雇う余裕もなく、当初期待された自主運営は困難な状態が続いていた。
 また、19(2007)年2月に区内に主たる事務所を置く NPO 法人 全219 団体を対象に実施した調査でも、回答団体60の約7割にあたる67.9%が区民活動センターについて知らないと回答しており、その認知度の低さも課題となっていた。ちなみにこの調査は前述した自治推進委員会の専門委員と区との共同研究として18(2006)年度に実施されたもので、「NPO 活動の現状と協働のあり方に関する調査研究報告書」と全国の先進的な中間支援組織をヒアリングした「協働の仕組みに関する基礎調査報告書」の2冊にまとめられている(※42)。そしてこれらの調査を基に20(2008)年4月に提出された自治推進委員会の「中間報告」でも、区民活動センターの中間支援機能の強化が提言されていた。
 こうしたことから20(2008)年5月、区は学識経験者、運営協議会メンバーほか区内NPO法人代表と区職員から構成される「区民活動センターありかた検討委員会」(委員長:中村陽一立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科教授)を設置し、区民活動センターの抜本的な見直しについて諮った。全体会3回、作業部会3回を経て10月にまとめられた同委員会報告書では、中間支援機能の強化に専心できる環境整備という観点から、既に実績のあるNPO 団体に業務委託することが最も効果的であるとし、相談・調整を担う事務局スタッフの配置等が提起された(※43)。
 この報告書の提出を受け、区は21(2009)年10月から相談員を常駐化するなど中間支援機能の強化を図っていった。だがそれは報告書の中で示された施設運営まるごとではなく相談事業のみの業務委託に止まり、運営協議会方式は維持された。このため相談件数は21(2009)年度の58件から22(2010)年度には226件へと大幅に増えたものの、施設の利用件数は横ばい状態だった。それでも運営協議会との協働事業である「NPO法人設立準備セミナー」や「社会貢献活動見本市」(※44)等の啓発事業を通じ、登録団体数は22(2010)年度22団体、24(2012)年度30団体、27(2015)年度40団体と徐々に増えていった。そして29(2017)年4月、旧勤労福祉会館の大規模改修により「としま産業プラザ」(IKE・Biz)がリニューアルオープンするのに伴い、区民活動センターも「地域活動交流センター」に名称変更し、同プラザ4階へ移転、施設の機能強化が図られるとともに、条例設置の公の施設に位置づけられた(※45)。移転によりさらに登録団体は増え、令和4(2022)年5月現在の登録団体数は55団体にのぼっている。また移転を機に運営業務委託の公募型プロポーザルを実施し、NPO法人「としまNPO推進協議会」が受託先に選定された。同推進協議会は区内で活動するNPOやボランティア団体が「個を活かし、個をつなげ、みんなが助け合える地域社会の実現 」をめざして結集し、16(2004)年11月に設立、21(2009)年3月にNPO法人化された民設民営の中間支援組織である。なお運営協議会は「地域活動交流センター運営協議会」と名称を変えて移転後も引き継がれ、運営受託者であるとしまNPO推進協議会との協働によりセンターの相談事業や「区民活動支援講座」等の啓発事業を展開している。
 一方、平成14(2002)年に提出されたパートナーシップ会議のもうひとつの提言であった「地域活動団体の資金確保の支援」については、15(2003)年9月、協働事業提案制度として具体化された。この制度はNPO等からの提案事業を区との協働事業として具体化することにより、NPOの公益事業参入機会を広げるとともに、行政側にとってはNPOの専門分野や特質を活かすことにより、新たな公益サービス提供の仕組みを築くことを目的とするものであった。またこの制度の開始に伴い、各事業課に事業提案の受付窓口となる「協働事業推進員」を配置するとともに、翌16(2004)年度には提案者であるNPOと協働事業推進員とが提案された事業の具体化に向けて課題等について意見交換を行うマッチングシステムを導入、さらに協働に対する職員の意識向上を図るため、NPO等の活動団体と区職員による「協働のルールづくりワークショップ」の開催やガイドラインの作成など、協働事業の推進に努めていった(※46)。
 だが事業開始の15(2003)年度こそ22件の提案があり、うち5件が実施に至ったが、次年度以降、提案件数・実施件数ともに激減していった。確かにこの初年度に実施に至った5件の中には後に区の文化政策を牽引していく「文化芸術創造センター(にしすがも創造舎)」も含まれていたが、16(2004)年度は提案5件・実施2件に止まり、17(2005)年度提案2件・実施1件、18(2006)年度提案2件・実施0件、19(2007)年度提案1件・実施0件、20(2008)~22(2010)年度は提案・実施いずれも0件の状況が続き、23(2011)年度以降は実績記録すら残されていないため、募集そのものを行わなくなっていたと思われる。
 こうして結局、提案制度自体は期待された成果をあげることはできなかったが、しかしこの制度に関わりなく、NPOをはじめとする地域活動団体や大学、企業等と区との協働は進んでいった。本項冒頭で述べた「基本計画2006-2015」では協働事業の実施数を平成16(2004)年度時点の現状値75件を計画期間の前期末22(2010)年度までに100、計画終期の27(2015)年度に150件に、また同計画を引き継ぐ「基本計画2016-2025」では26(2014)年度現状値169件を計画期間の前期末令和2(2020)年度に217件に引き上げることを成果指標として掲げていたが、いずれも設定年度を待たずに数値目標をクリアしている。
 図表2-34は平成23(2011)年度から令和3(2021)年度までの各年度の「協働事業に関する調査」(※47)に基づき、協働事業の実施数(区の指揮監督関係にある業務委託を除く)の推移を協働の相手別に積み上げたグラフである。協働の相手方としては地域活動団体等が全体の4割以上を占めているが、この中には町会や民生・児童委員、青少年育成委員、PTAをはじめボランティア団体・自主グループ等のほか、イベント等の実行委員会も含まれ、その実行委員会のメンバーには地元大学や企業等が参加しているケースも多い。特に近年、CSR(Corporate Social Responsibility:企業の社会的な責任)活動に対する意識の高まりを受けて、企業等との協働事業の増加が顕著であり、またNPOと並び、全体の約1割を占める大学等の教育機関との協働も区内に7つもの大学や数多くの専門学校を擁する豊島区ならではの特徴と言える(※47)。
図表2-34 協働事業実施数の推移
 「基本計画2006-2015」が策定された平成18(2006)年度当時は学習院大学・女子栄養大学・大正大学・東京音楽大学・立教大学の5つの大学があったが、20(2008)年4月、時習小学校跡地に帝京平成大学池袋キャンパスが開校するのを機に区は大学との連携強化を進めていった。前年の19(2007)年6月4日、帝京平成大学を含む6大学学長と区長との「大学との地域連携促進に向けたトップ懇談会」を開催し、地域と大学との連携・協力の方向性を共有するとともに、同年11月19日には「豊島区と区内大学との連携・協働に関する包括協定」を締結した(※48)。
 平成17(2005)年2月時点での区の調査によれば、区内学校数は幼稚園から大学、さらに専門学校等も含めると総計136校にのぼり、定員数は9万人を超えていた(※49)。このうちの3分の1を超える約33,000人が区内の大学に通う学生であり、区はこうした学生たちのマンパワーをはじめ、大学が有する知的・人的資源を地域のまちづくりに活用していくことを期待したのである。一方、大学側も文部科学省による「開かれた大学づくり」の方針に基づき、地域住民の生涯学習支援はもとより、地域の多様な主体の一員として地域や社会の課題を共に解決し、地域の価値を高めていく創造的・積極的な貢献が求められていた。また、学生たちにとっても地域は主体的・実践的な学びにつながる格好のフィールドであった。このため同協定は「街全体をキャンパスに!」をコンセプトに、区と区内大学並びに区内大学相互の人的・知的・物的交流を通じて相互の連携・協働の促進を図り、「文化と品格を誇れる価値あるまちづくり」に寄与することを目的とするものであった。それまでも区は小中学校での教育連携や文化事業等で各大学と個別に連携していたが、この協定の締結により、各大学がそれぞれの特色を活かし、文化・保健医療・環境・まちづくり・地域経済等の様々な政策分野で一体的・横断的な連携・協働が図られることになった。そしてこの協定に基づく第1号の協働事業として、調印式の場で「としまコミュニティ大学」(以下「コミュニティ大学」)の開校が宣言された。
 このコミュニティ大学はそれまで各大学と個別的に実施してきた知識・教養型の大学公開講座を再編し、地域活動の担い手育成のための総合的・実践的な学びの場を提供する新たな生涯学習プログラムである。理系・文系の学部を有する総合大学から専門分野に特化した単科大学までバラエティに富んだ各大学の特色を活かした多彩な講座内容はもとより、各大学のキャンパスで学べることは区民にとって魅力的であり、協定締結後に開催された各大学の紹介講座には、年末年始にも関わらず300名を超える区民が参加した。そして翌20(2008)年度から本格的に事業を展開し、令和元(2019)年度までの12年間に開催された講座は1,000回以上に及び、受講者数は延べ4万人を超えるまでに至っている(※50)。
 なお、区内大学との包括協定については平成27(2015)年11月13日、同年4月に新キャンパスを目白に移転した川村学園女子大学を加え、区と7大学間との協定として改めて締結された(※51)。
 
 以上、平成15(2003)年3月に制定された基本構想を起点に「参加と協働の仕組みづくり」の経緯をたどってきたが、この項を閉じるにあたり、地域との協働において長年のパートナーである町会と区との関係について、平成以降の主な動きを概略する。
 本節第1項で述べたように、高度経済成長により大量生産・大量消費が加速した昭和40年代以降、都市部ではごみ問題が深刻化し、当時区内に清掃工場を持たなかった豊島区ではごみ減量運動の一環として町会を中心に「豊島区方式」と呼ばれる資源集団回収が展開された。また当時、区政の重要課題になっていた首都直下地震に備えた地域防災組織づくりも町会を中心に進められ、昭和50(1975)年には区内全域に地域防災組織が結成された。このように町会は地域の任意団体である一方、区政の様々な課題の受け皿となり、昭和44(1969)年に区政に関する情報提供、区政に対する区民意見を聴く場として12の出張所単位に発足した区政連絡会は町会代表者により構成され、平成12(2000)年に出張所が廃止されて以降も地域と行政のパイプ役を果たしてきたのである(※52)。
 だが都市化の進行、特にマンション等集合住宅の急増に伴い、近所づきあいなど日常的な近隣関係が希薄化し、町会への加入率も低下し、昭和30年代に70%台だった町会加入率は平成17(2005)年には50.0%にまで落ちこんだ(としま政策データブック2008)。その後、どうにか過半数には達していたものの、町会に加入しているからといって必ずしも会員の多くが町会活動に積極的に参加しているわけではなく、また町会長をはじめ主立った役員は固定化しがちで、組織としての新陳代謝は滞っていった。町会費を主な収入源とする町会にとって、加入率の低下は町会財政に直接的な影響を及ぼすが、それ以上に人材の確保が難しくなり、地域課題が複雑・多様化するに伴い町会の負担は増える一方、役員の高齢化やなり手不足が課題になっていたのである(※53)。
 こうした町会の実状を踏まえ、平成19(2007)年3月30日、区と町会連合会(全130町会)は町会の役割と位置づけを明確化するため、「区政協力活動の協働に関する協定」を締結した。この協定に基づき、区は「区政協力活動推進会議」を設置するとともに、区事業に関するチラシ等の回覧や町会掲示板へのポスター貼付など、町会が区に協力する形で実施していた諸活動にかかる経費の一部を支出することとし、19(2007)年度からの新規事業として「区政協力活動事業」をスタートさせた(※54)。それまでも区は区政連絡会の運営経費のほか、町会連合会事業への補助やコミュニティづくり事業補助として各町会単位に均等割及び世帯数に応じた世帯割の補助金を交付していたが、同事業を新たに立ち上げることにより、区があたり前のように町会に依頼していた細々した仕事を区と町会との協働関係のもとで行われる「区政協力活動」に位置づけ、相応の費用負担を行うことにしたのである。そして22(2010)年度にコミュニティづくり事業補助を同事業経費に組み込み、24(2012)年度には活動経費の増額を図るなど事業の枠組みを広げていった。
 また平成22(2010)年1月、「中高層集合住宅建築物の建築に関する条例」の一部を改正し、「地域貢献としての災害対策施設の設置」(第20条)と「地域コミユニティの形成」(第21条)に関する規定を新たに盛り込んだ(※55)。これらの規定は延べ面積が3,000㎡以上かつ地上階数が6以上の中高層集合住宅を建築する際に、建築物またはその敷地内に地域貢献災害対策施設(地域住民が利用可能な防災用資器材庫、災害用仮設便所設備等)の設置について当該区域に属する町会・自治会との協議を義務づけるとともに、建築主に対し入居者等の町会加入に関して町会との協議を義務づけるものであった。入居者以外の立ち入りを制限するセキュリティが施されたマンションでは町会加入を促すための戸別訪問が難しく、それが加入率の低下につながっていたからである。平成20(2008)年度に無作為抽出による20歳以上の区民5,000人を対象に実施された「『地域のつながり』に関する意識調査」でも、「町会への加入を促進させるのに必要だと思うこと」という設問に対し、「お祭りや運動会などのイベントや事業の際に加入を呼びかける」(42.5%)に次いで「賃貸マンション・アパート等の家主や不動産会社を通じて、加入を呼びかける」(41.0%)が2番目に挙げられていた(※56)。
 この改正条例の施行に伴い、区は町会掲示板の設置・修繕にかかる経費の一部を助成する補助制度とマンション居住者向けの加入促進を図るためパンフレットを作成・配布する「町会活動活性化支援事業」を平成22(2010)年度の新規事業として立ち上げ、町会活動の周知強化を図った(※57)。さらに平成24(2012)年12月、「マンション管理推進条例」を制定し、新築のみならず既存のマンションも含め所在地域の町会と加入等について協議を行うこととし、翌25(2013)年7月1日の同条例施行に合わせ、その施行規則の中に区長に対する協議報告書の提出が盛り込まれた(※58)。
 こうしてマンション居住者を中心に町会への加入促進を図っていったが、加入率の低下に歯止めはかからず、平成29(2017)年には49.4%とついに50%を割り込み、それ以降も減少傾向は続いた。このため区はさらなる加入促進をめざし、平成30(2018)年3月に「町会活動の活性化の推進に関する条例」を制定し、翌4月1日から施行した(※59)。
 同条例はその前文で「まちを築いてきた源は、そこに暮らす人々の地縁による支え合いであり、つながり」であり、「こうした支え合いやつながりを育み、受けとめる受け皿の一つとして、町会(自治会を含む。)があります。町会は、地域コミュニティの中心的な存在として、地域に住む人々を広く受け容れ、長年にわたって活動を継続してきた地縁による団体です」と町会の意義を述べ、今後も豊島区が発展していくためには「町会活動の活性化を推進し、豊島区と町会の協働によるまちづくり」を進めていかなければならないとして、「町会を豊島区と協働する重要なパートナーと位置づけ、豊島区、町会、区民及び事業者等がそれぞれの役割を果たすことで地域のつながりを感じることができる地域社会が実現することを願い」と条例制定の趣旨を謳っている。
 この前文に続く条例本文では、第4条で「区は町会を、区と協働して安全で安心な住みよいまちづくりを推進する団体と認め、地域の自治の極めて重要な担い手として位置づけることとする」とし、第5条及び6条で町会活動を活性化するための区の責務と町会の役割がそれぞれ列記され、第7条・第8条では努力義務ではあるが区民に対して「町会活動への参加・協力」、事業者等に対しては「町会活動への協力」が求められている。
 このうち区の責務のひとつに「区政情報の周知、リサイクル・清掃活動、防災活動その他の町会との協議により定める公共的な活動(以下「区政推進活動」という。)について必要な支援」が挙げられ、これに対応する町会の役割には「町会は、区との協働活動として規則に定める区政推進活動を行うよう努めるものとする」ことが挙げられており、この「区政推進活動」については同条例の施行規則の中で以下のように定められている。
(1)区から依頼された区政情報の周知に関する活動
 ア. 総会及び役員会を通じた情報提供
 イ. 回覧及び掲示板による周知活動
(2)地域でのごみの発生抑制及び資源分別回収に関する活動
 ア. 分別排出等に関する情報提供
 イ. 資源分別回収場所及びごみの集積場での分別排出状況の定期的な把握
 ウ. リサイクル及びごみ減量に関するキャンペーン並びに地域内清掃活動
 エ. その他リサイクル及びごみ減量の推進に関する活動
(3)地域の防災力向上及び防災に対する意識啓発に関する活動
 ア. 地域防災組織の運営
 イ. 講習会等の開催
 ウ. その他地域の防災力向上に資する活動
(4)地域住民との交流事業などを通じて、地域コミュニティの活性化を促進する活動
 そしてこれら区政推進活動に対し、区長は予算の範囲内において活動に要する経費を町会に交付するものとされ、この規定に基づき、先に述べた「区政協力活動事業」は30(2018)年度から「区政推進活動事業」に名称を変更し、「地域防災組織運営助成金」を同事業に統合して事業費の拡充が図られた。
 ここに列記された諸活動は従来から町会が担ってきたものではあるが、理念条例でありながら具体的な活動内容まで規定することは逆に町会を縛ることにつながりかねず、任意の住民自治組織である町会の自主性を損なう危険性を孕んでいる。また町会加入を努力義務に止め、前面に打ち出してはいないものの、条例により区民に加入を促すことは「自治推進基本条例」に「区民の自発的な意思に基づく参加及び区民相互の立場を尊重した連携」と規定されるコミュニティ活動の原則との整合性は取り難い。何より、戦後占領政策により一旦は廃止された町会が戦時翼賛体制下で果たした役割を反省しつつ、10年足らずの間に区内ほぼ全域で復活した「底力」や、昭和33(1958)年に町会連合会を結成し、区に協力しながらも時には対峙してその地位を高めてきた歴史を振り返るならば、公的なお墨付きを与えるような条例を町会の「存在意義」の拠り所にすべきとは思われず、またこれにより町会の抱える諸問題が解決するかについては疑問が残るところである。
 だがそうした危険性を孕んでいるにも関わらず、条例制定を望む声は町会内部からあがった。平成23(2011)年に発生した東日本大震災を契機に地域コミュニティにおける互助・共助の必要性が再認識され、全国で町会・自治会等への加入を促進する条例制定の動きが広がり、23区内でも28(2016)年に品川区(品川区町会および自治会の活動活性化の推進に関する条例)、翌29(2017)年には渋谷区(渋谷区新たな地域活性化のための条例)でそれぞれ制定された。品川区では区民の役割として町会への加入・協力が努力義務として規定されており、一方の渋谷区では地域自治の担い手を「町会その他の地域共同体」として町会に限定せず、区民に加入を求める規定も置かれていない。全国で制定された条例も「加入するものとする」「加入に努めるものとする」など表記に違いはあったが、いずれも加入率の低下に対する危機感が背景にあったことは明らかであろう。
 こうした動きを受け、豊島区においても28(2016)年11月、町会連合会から条例制定に関する強い要望が出され、区はそれに応えて条例化を図ることとしたのである。条例案に対するパブリックコメントでも少数の反対意見はあったものの、「条例ができることで単なる地縁団体ではなく、より明確な位置づけがなされるものと期待している」「多くの区民に町会活動が理解されることを期待している」など条例制定に賛成する声が町会関係者を中心に多数を占めた。加入率の低下に対する危機感はもとより、町会の存在意義を地域住民に知らしめたいという切実な思いが窺える。
 条例施行1年後の平成31(2019)年4月3日、公益社団法人東京都宅地建物取引業協会豊島区支部、公益社団法人全日本不動産協会東京都本部豊島文京支部の不動産関係2団体と町会連合会、区の4者間で「豊島区における町会加入促進に関する協定」締結された(※60)。この協定は町会加入促進チラシ等を区が作成し、不動産関係2団体を通じて区内マンション等に配布し、町会連合会とともに加入促進の働きかけていくとするもので、条例施行を弾みに、より一層の町会活動の周知を図る狙いであった。だが同年の加入率は47.4%、翌令和2(2020)年には46.4%と町会加入率は依然として減少の一途をたどっている。
 町会は現在も地域の中で中心的な役割を果たしていることに変わりはないが、こうした加入率の低下に歯止めがかからない状況を見ると、より多面的な視点から町会のあり方を見直す転換期に直面しているように思われる。それはまた単に町会だけの問題ではなく、豊島区における地域コミュニティのあり方として、住民自治を起点とする「参加と協働のまちづくり」の仕組みをどのように構築していくか、さらに模索と検証が重ねられていくべき課題と言えるだろう。
区民と行政のパートナーシップ会議
「よりよい地域づくりへの提言」提出
(平成14年12月16日)
行政と市民との協働のルールづくりワークショップ
(平成16年5月20日)
区内6大学と連携・協働に関する包括協定締結
(平成19年11月19日)
「としまコミュニティ大学」開校講座スタート
(平成19年12月7日立教大学紹介講座)
町会連合会と「区政協力活動の協働に関する協定」締結
(平成19年3月30日)
不動産関係団体と「町会加入促進に関する協定」締結
(平成31年4月3日)