「地方居住を考えるワークショップ」成果発表会(平成28年12月)「地方居住を考えるワークショップ」成果発表会(平成28年12月)
 前項の「女性にやさしいまちづくり」に続き、本項では持続発展都市対策として掲げられた4つの柱のうち、「地方との共生」及び「高齢化への対応」の2つの対策の取組み経緯をたどっていく。

地方との共生-「定住人口」から「交流人口」への発想転換

 平成26(2014)年5月に日本創成会議が発表した「ストップ少子化・地方元気戦略」の提言の趣旨は、「国民の『希望出生率』を実現する」ために少子化対策に全政策を集中することと、もう一つ、「地方から大都市へ若者が流出する『人の流れ』を変える。『東京一極集中』に歯止めをかける」ために地域の多様な取組みを支援し、地方創生を図ることにあった。もとより人口減少問題は日本社会全体の問題であり、このまま地方の人口が減少し続けていけば、地方からの流入人口に大きく依存している豊島区の人口も早晩、減少に転じていくことは明らかだった。つまり同会議が示した人口減少問題の本質は、「人口」をめぐる地方と都市との関係を問い直すことに他ならず、大都市東京の市区部の中で唯一、消滅可能性都市の指摘を受けた豊島区には、全国の範となるような都市と地方の共生モデルを示していくことが求められたのである。
 この提言をきかっけに、各メディアで人口減少問題が盛んに取り上げられるようになり、高野区長にも取材やインタビューの依頼が殺到した。そうしたなか、日本経済新聞のインタビューに応え、区長は「東京一極集中」について「東京の一人勝ちでは確かにだめだ。地方が消滅すれば東京もいずれ消滅してしまう。人口が減れば、日本の活力も低下する。一方で、都市と地方とでパイの奪い合いをしても仕方がない。地方との共生が必要だと思う。人がもっと動けば、都市も地方も活性化するだろう」と述べている。さらに具体策を問われた区長は都市間交流を行なっている自治体との連携を挙げ、例として西武池袋線で1時間半程度の距離でつながる姉妹都市・秩父市への区民の移住に言及し、「区民が住民票を秩父に移して、そこで住民税を納めてもらっても構わない」とまで言い切り、取材記者を驚かせた(平成26年7月6日付『日本経済新聞』)。
 一自治体の首長が自分のまちの人口が減ってもかまわないなどと言うことは異例のことであり、本音のところでは区長も今以上に人口を増やしたいと思っていた。だからこそ子育て世代の定住化を図るため、鬼子母神プロジェクトや待機児童対策などの少子化対策に全力で取り組んでいたのであり、またそれまで取り組んできた文化創造都市づくりも安全・安心都市づくりも、都市間競争が激化する中で「住みたいまち、訪れたいまち」として選ばれるまちをめざすものであった。その甲斐もあって、区の人口は平成20(2008)年5月に16年ぶりに26万人に達し、25(2013)年4月には実に四半世紀ぶりに27万人を突破、その後も増加傾向が続いていた(※1)。だが一方で、自区の人口増加を喜んでいるだけでは、人口減少問題の根本的な解決につながらないことも十分理解していたからこその発言であった。
 この区長の発言に見るように、区は「地方との共生」を図っていく上で「定住人口」にのみこだわる従来の発想を転換し、「交流人口」に着目した。地方から都市への人の流れを止めるのではなく、地方と都市の間を人々が活発に往き来し合うことにより双方を活性化させていくという考えに立ち、「移住」、さらに都市と地方の双方を拠点とする「2地域居住」といった新たな居住形態も視野に入れ、共生の可能性を探っていった。
 それまでにも区は、昭和58(1983)年に区制施行50周年を記念して姉妹都市協定を結んだ秩父市をはじめ、多くの自治体と防災、文化・観光、教育、セーフコミュニティなどの各分野で交流を拡げていた。また池袋駅が西武池袋線、東武東上線の起点になることから、平成24(2012)年5月に秩父市、飯能市及び西武鉄道と「西武線沿線サミット協定」(30年4月所沢市・横瀬町も参加)を、また翌25(2013)年10月には川越市、東松山市、寄居町及び東武鉄道と「東武東上線沿線サミット協定」(31年3月坂戸市、越生町も参加)をそれぞれ締結し、サミット会議や共同イベントを開催するなど沿線の魅力を発信する様々な取組みを実施していた。こうした交流自治体は26(2014)年度時点で実に国内47市町に及び、そのうちの25市町が区と同様に消滅可能性都市の指摘を受けていた(※2)。
 区はこれらの交流自治体とネットワークを形成し、人口減少問題に連携して取り組む共生モデルを示していこうと、まずは各自治体に相互連携の意向について緊急調査を実施した。その結果、回答があった37自治体のほとんどが豊島区との連携に前向きと答え、そこには具体的な連携内容として「田舎暮らし、空き家バンク、Iターン・Uターン情報の発信」「2地域居住の共同研究」等が挙げられた。当時、人口流出により発生した空き家に移住者を呼び込む動きが全国に広がっていたが、秩父市でも「空き家バンク」を設置し、「秩父物件見学ツアー」や都内で「秩父田舎暮らしセミナー」を開催するなど、移住希望者と空き家とのマッチングを図っていた。一方、23区で最も空き家率が高く、区内に2万戸を超える空き家を抱える豊島区においても、新たな空き家活用の取組みとして「リノベーションまちづくり」を開始したところであった。前項で述べたとおり、この「リノベーションまちづくり」は単に空き家を改装(リフォーム)するのではなく、空き家等の遊休不動産を活用して地域課題の解決につなげていくまちづくりの手法だが、背景となる事情は異なるものの、共に「空き家」という共通の課題を抱えていたことから、区はこの「リノベーションまちづくり」のノウハウを自治体間で共有していこうと、リノベーションスクールへの参加を呼びかけた。また同じく7月に開催された西武線、東武東上線の各沿線サミット実行委員会の場で、沿線自治体連携により公共機能を補完し合い、沿線全体として「住みやすく、子育てしやすいまち」をブランディングしていく「沿線まちづくり」とともに、「リノベーションまちづくり」についても共同研究していくことを提案し、参加自治体の賛同を得た。一方、移住に関する人々の意識は、平成 26(2014)年8月に内閣府が実施した「東京在住者の今後の移住に関する意識調査」(インターネット調査、調査対象:東京都在住18~69歳男女1,200人)でも、東京都から移住する予定あるいは移住を検討したいと思っている人は40.7%と約4割にのぼり(東京圏以外の出身者は49.7%)、また「U・I・Jターンや2地域居住の希望の有無」については、「Uターン」の29.3%に次いで「2地域居住」を希望する人が27.9%と多かった。こうしたことからも地方への移住、2地域居住のニーズは決して少なくないと考えられ、区は「リノベーションまちづくり」を子育て世代の定住化対策として位置づけると同時に、空き家活用を通じた「地方との共生」の取組みのひとつに位置づけたのである(※3)。
西武線沿線サミット協定締結(平成24年5月)
東武東上線沿線サミット協定締結(平成25年10月)

特別養護老人ホーム入居待機者問題-圏域外整備手法の検討

 一方、区は当時、特別養護老人ホームの整備に関して大きな課題を抱えていた。
 第1章第2節第1項で述べた通り、平成12(2000)年度の介護保険制度開始を見据え、平成元~8(1989~1996)年度の8年間に「山吹の里」(高田3-37-1、平成元年4月開設)、「アトリエ村」(長崎4-23-1、6年4月開設)、「風かおる里」(南長崎6-15-6、8年5月開設)、「菊かおる園」(西巣鴨2-30-19、11年5月開設)の特別養護老人ホーム4施設を次々に整備し、制度開始時には「養浩荘」(池袋4-25、昭和56年10月開設、)「ゆたか苑」(長崎3-26、平成8年4月開設)の民間2施設と合わせ、6施設になっていた(※4)。
 さらに介護保険制度開始以降も、16(2004)年に社会福祉法人を誘致して西山児童遊園跡地に「シオンとしま」(池袋1-4-11)を開設、翌17(2005)年4月には雑司谷小学校跡地を活用した南池袋福祉基盤整備事業により建設された「オリナスふくろうの杜」内に同じく社会福祉法人を誘致し、「池袋敬心苑」(南池袋3-7-8)を開設し、区内の特別養護老人ホームは計8施設、入所定員数は546人に達していた(※5)。
 一方、老朽化により平成9(1997)年に廃止した区民保養施設「高麗清流園」(埼玉県日高市)は社会福祉法人に売却(当初は定期借地貸付け)し、同法人により特別養護老人ホームが建設・運営されていたが、当時は当該地が後期医療保険制度適用圏域外の遠隔地であったため区民が入所するには制度上さまざまな制約があった。また17(2015)年に臨海副都心有明地区に移転した癌研究会附属病院跡地(上池袋1-37-1)に特別養護老人ホームを整備する計画が検討されたこともあったが、資金面での調整がつかず断念した経緯があり、その後も施設整備用地を確保することが困難なことから、17(2005)年以降、特別養護老人ホームの整備は進んでいなかった(※6)。
 しかしその間にも急速な高齢化の進展により介護需要は増加の一途をたどり、介護保険制度が開始された平成12(2000)年度末に5,149人だった介護保健認定者数(第1号被保険者)は、26(2014)年度末にはその倍を超える11,124人にのぼっていた。これに伴い介護保険給付費も年々増大し、区財政を圧迫する要因の一つになっていたことから、区は要介護者の増加を抑制するため、生活機能の低下や認知症等のハイリスク高齢者を早期に発見、早期の予防活動につなげていくなど、高齢者の健康寿命を伸ばす介護予防に施策を重点化していった。また要介護になっても可能な限り自宅で暮らし続けたいという高齢者のニーズは高く、従前から実施していた「24時間巡回型ホームヘルプサービス」に加え、24(2012)年度には介護と医療を連携させた「定期巡回・随時対応型訪問介護看護サービス」を開始するなど、医療・介護・予防・住まい・生活支援など在宅介護を総合的に支える「地域包括ケアシステム」の構築を図っていった(※7)。
 だが要介護度や認知症等の症状が重度化していくにつれ在宅介護は家族等の大きな負担になり、また豊島区では65歳以降の高齢者のうち一人暮らし高齢者が占める割合が32.4%と、23区平均の25.3%、全国平均16.4%を大きく上回っていたことから(平成22年国勢調査)、施設介護の需要は年々拡大していった。平成26(2014)年度末の特別養護老人ホーム入所者数は779人であったが、そのうち区内8施設の定員数は558人(27年2月「風かおる里」12増床分を含む)、協定により区外の施設に確保しているベッド数84人分を足しても入所可能定員枠は642人に止まった。残る137人は個人で探した区外の民間ホーム等に入所しているものと推測され、779人のうち200人以上が区外の特別養護老人ホームに入所しているというのが実態であった。さらに入所待機者数は306人にのぼり、うち102人が入所の優先度が高いAランクに位置づけられていたのである(※8)。
 こうした状況を踏まえ、区は特別養護老人ホームを増設する計画を進め、旧千川小学校跡地と東池袋四丁目市街地再開発事業ビルに移転した旧中央図書館跡地の2か所にそれぞれ社会福祉法人を誘致し、平成27(2015)年4月に「千川の杜」(要町3-54-16)、同年11月に「東池袋桑の実園」(東池袋5-39-18)の2施設を開設した(※9)。これにより定員216名分(うちショートステイ22名)の増床が図られ、入所優先度が高い待機者の当面の入所枠は確保された。だが高齢化は予想を超えるスピードで進み、特に団塊世代が後期高齢者となる37 (2025)年以降、施設介護需要のさらなる増大が見込まれた。その一方、学校跡地は既に区民の多様なニーズに対応する施設整備の貴重な種地として、絶対的に不足している公園やスポーツ施設等を整備する活用方針が固まっており、前述した雑司谷小学校と千川小学校の跡地以外に特別養護老人ホームの整備が計画されている跡地はなかった。また区内に定員100人、3,000㎡規模の特別養護老人ホームを整備できるほどの遊休地はほとんどなく、たとえあったにしてもその用地を取得するには莫大な経費がかかり、新たに特別養護老人ホームを整備する目途は全く立っていなかった(※10)。
 そうしたなか、平成26(2014)年12月に杉並区では交流自治体の静岡県南伊豆町及び静岡県と基本合意書を締結し、自治体連携により南伊豆町に特別養護老人ホームを整備する計画が進められていた。この計画は南伊豆町が所有する土地を社会福祉法人に50年の定期借地契約で無償貸付けし、社会福祉法人が施設を建設、その整備費を杉並区・静岡県・社会福祉法人で負担し合い、杉並区及び南伊豆町双方の入所受入れ枠を確保するというものであった。杉並区内で同規模の特別養護老人ホームを新設しようとした場合、用地取得費だけでも10億円以上はかかると見込まれていたことから、整備コストを抑えて特養待機者の効率的な解消を図ることができ、また南伊豆町にとっても杉並区と共同開設することで自町内の施設需要に応えられ、さらに新たな雇用創出や地域経済の活性化にもつながることが期待された。特別養護老人ホームは広域介護施設に位置づけられ、圏域内での入居調整は行なわれていたものの、圏域外の遠隔地に整備する例はこれまでなく、全国初の試みとして注目を集めた。だが一方、家族が容易に見舞いに行けないような遠隔地の施設に要介護高齢者を入所させることの是非をめぐり、いわゆる「姥捨て山」論争が巻き起こり、国も可能な限り住み慣れた地域で暮らし続けられる「地域包括ケアシステム」を基本方針に掲げていたことから遠隔地整備には懐疑的だった。
 こうした議論はあったものの、杉並区同様に整備用地の確保に困難を抱えていた豊島区もこの先行事例を参考にし、また「地方との共生」にもつながる取組みとして捉え、平成27(2015)年7月、「特別養護老人ホーム整備等の新たな整備手法に関する調査研究会」(以下「特養等整備手法調査研究会」)を設置し、区域外の特養施設整備の是非について検討を開始した(※11)。
 同調査研究会は大森彌東京大学名誉教授を会長に迎え、学識経験者2名、区内特別養護老人ホーム運営法人、地域密着型サービス運営法人、居宅介護支援事業者の各代表者と区職員(副区長)の計6名で構成され、毎月1回のペースで検討を重ね、同年12月24日に報告書「特別養護老人ホーム整備等の新たな整備手法について」を高野区長に提出した(※12)。なお大森会長は杉並区・静岡県・南伊豆町の三者が医療保険等の住所地特例の見直しを国に強く求めたことをきっかけに、平成25(2013)年5月に厚生労働省が発足させた「都市部の高齢化対策に関する検討会」の座長も務めていた。同年9月に取りまとめられた同検討会の報告書に基づき、それまでは適用外とされていた後期高齢者医療保険制度の住所地特例が見直され、30(2018)年4月からは各個人が75歳到達時に後期高齢者医療保険へ移行した後も、引き続き特例が適用されるよう制度改正が行なわれている。これにより施設入所により住所が移った場合でも前住所地の後期高齢者医療制度が適用されることになり、他自治体から特養入居者を受入れる際にネックになっていた受入れ側自治体の医療費負担増の問題が解消されることになった。こうしてその年の3月には杉並区等が進めていた特別養護老人ホーム「エクレシア南伊豆」も開設されるに至っている。
 一方、豊島区での検討にあたっては、在籍児童の減少により平成25(2013)年度をもって閉園となった竹岡健康学園(千葉県富津市)と、姉妹都市として長年交流を重ねてきた秩父市の2か所が具体的な整備候補地として想定されていた。そこで、こうした区域外の特別養護老人ホームに対する区民ニーズを把握するため、27(2015)年8月~9月に特別養護老人ホーム入所待機者262名(Aランク:82名、Bランク:180名)及び介護保険在宅サービス利用者100名(要介護1:50名、要介護2:50名)の計362名を対象にアンケート調査を実施した(回答数177、回答率49%)。その結果、区内に新たな特別養護老人ホームの整備が困難な中で、区外に特別養護老人ホームを開所した場合の入所希望について尋ねたところ、全体の1/3は「入所を希望しない」(57人、33%)との回答だったが、「すぐに入所できるのであれば入所を希望する」(41人、24%)、「1~2年程度の一時的な期間であれば入所を検討する」(6人、3%)、「今後、本人の状態や介護者の状況などが変わった場合には入所を検討する」(68人、40%)といった肯定的な回答が7割近くあり、区外特別養護老人ホームへの入所を前向きに捉えている人が一定数存在することが明らかになった。
 特養等整備手法調査研究会の報告書では、こうしたアンケート調査結果や整備用地の確保が極めて困難な状況にある区の地域特性等を踏まえ、区域外に特別養護老人ホームを整備することの是非についても「検討に値する手法」との結論を示している。
 だがその一方で、生活環境が変わることにより認知症状等が進行する「リロケーションショック」を防ぐため、入所前の施設スタッフとの交流や家族との面会支援、ICT を活用したコミュニケーションの確保、居住環境の充実、施設職員の質及び体制の充実など入所者を巡る環境整備への取組みの必要性や、受入れ自治体の財政負担や人材手当等への支援、さらに生活保護費の負担のあり方など自治体間の協議の必要性を課題として挙げていた。その上で、区が当時、策定作業を進めていた「まち・ひと・しごと創生総合戦略」と連携させて区外特養の整備を検討することを提案し、特別養護老人ホームを拠点に区と受入れ先自治体それぞれの強みを活かし合い、地域包括ケアシステムを共有化・共同化していくことを推奨した。さらに高齢者に限定せず、「都会で暮らしにくさを感じる若者、シングルマザー(ファザー)などが交流できる都市と地方の取組み」を並行して進めることにより多元的な価値を創出することにも言及し、また介護が必要になってからではなく、アクティブシニアの移住などと組み合わせ、医療・介護サービスの遠隔自治体間での共有化を図るべきとしていた。いずれにしても「姥捨て山」論争に陥らぬよう、本人の意思の尊重はもとより、区民の理解とともに受入れ先の住民の理解は不可欠であるとし、自治体間での緊密な意見交換・調整を求めるものであった。
 区はこの報告書を受け、直ちに富津市及び秩父市と具体的な協議に入っていくとしていたが、しかしこの取組みは単に特別養護老人ホームだけを整備して待機者を入所させれば良いというものではなく、入所者にとってそこが我が家であるかのような第二の「在宅介護」になるよう研究会からも提案されていた。そのためには医療・介護等を含めた「地域包括ケアシステム」の共有化を図らねばならず、それにはさらに時間をかけて検討し、自治体間で協議を重ねていく必要があった。このため、区は性急に区域外特養整備に乗り出すことはせず、秩父市とはまず、後述する日本版「CCRC構想」の実現に向けた連携を先行させていくこととした。また竹岡健康学園については、平成26(2014)年3月の閉園以前から教育委員会において別途、「竹岡健康学園跡施設活用検討委員会」が設置され、閉園後の活用策について検討が行なわれていた。民間からも広く活用提案を募り、また庁内からの提案も含め9件の活用候補案を比較検討した結果、「校外学習施設及びロケーションスタジオとしての貸出」の活用案が選定され、すでに26(2014)年4月から暫定活用として民間法人への貸付事業が開始されていた。この事業は既存施設を改修せずにそのまま活用でき、土地建物を民間法人に貸付け、ロケーションボックス事業による収益で施設の運営管理費を賄い、かつ子どもたちの自然体験学習など引き続き教育目的で利用できるなどの点が評価されて採択されたものであった。事業もすでに軌道に乗っており、直ちにこれを中止することはできなかったため、結果的に富津市、秩父市のいずれでも区外特養施設が具体化されるには至らなかった(※13)。
 しかしその間にも高齢化は進行し、特別養護老人ホームの入所待機者は28(2016)年9月末時点で673名、うちAランクは251名と、わずか2年足らずで26(2014)年度末の306人、102人の倍以上に増加していた。このため区は老朽化が著しかった民間特別養護老人ホーム「養浩荘」を池袋本町の防災施設用地に移転・新築し、令和元(2019)年6月、「池袋ほんちょうの郷」(池袋本町1-29-12)として開設、入所定員数の増員を図った。さらに区有財産の活用方針を見直して西巣鴨地域に新たに特別養護老人ホームを整備することとし、令和4(2022)年現在、西巣鴨体育場に120床規模の特別養護老人ホームを整備する計画を進めている(※14)。
 この特別養護老人ホームの入所待機者問題をはじめ、豊島区の人口は数の上でも構成上でも大きな問題をかかえていた。平成25(2013)年4月に27万人を突破した人口は、2年後の27(2015)年7月には28万人を超え、35年前の昭和55年(1980)当時の人口にまで回復した。だが同じ28万人ではあっても、昭和55(1980)年に0~14歳の年少人口が全人口に占める割合は16.8%であったのに対し、平成27(2015)年には8.6%とほぼ半減し、一方、65歳以上の老年人口の割合は9.2%から20.3%と倍以上に増加していた(図表4-25参照)。さらに区の将来推計人口では、32(2020)年に75歳以上の後期高齢者人口が65~74歳の前期高齢者人口を上回ることが見込まれ、豊島区は確実に超高齢社会を迎えようとしていた。こうした現状認識に立ち、区は「高齢化への対応」を持続発展都市対策の4つ目の柱に据えたのである(※15)。
図表4-25 昭和55年と平成27年の年齢(3区分)別人口構成比較
特別養護老人ホーム「千川の杜」開設(平成27年4月)
「特別養護老人ホーム整備等の新たな整備手法に関する調査研究会」報告書提出(平成27年12月)

※4 特別養護老人ホーム「アトリエ村」及び高齢者在宅サービスセンター「アトリエ村」施設概要(H060223福祉衛生委員会資料)特別養護老人ホーム及び高齢者在宅サービスセンター「風かおる里」施設概要(H071124福祉衛生委員会資料)特別養護老人ホーム・高齢者在宅サービスセンター及びケアハウス「菊かおる園」施設概要(H110210福祉衛生委員会資料)H080409プレスリリース

※5 福祉施設整備3事業等について(H140226厚生委員会資料)特別養護老人ホーム「シオンとしま」の開設及び入所受付について(H160219厚生委員会資料)H170219プレスリリース

※6 高麗清流園の概要【廃止条例】(H081122・H081127区民建設委員会資料)旧高麗清流園跡地の活用について(H150715議員協議会資料)旧高麗清流園跡地の貸付について(H171201総務委員会資料)旧高麗清流園用地の売払いについて(H200703総務委員会資料)癌研跡地・特別養護老人ホーム施設等について(H161202区民厚生委員会資料)

※7 高齢者生活機能評価の実施について(H181205区民厚生委員会資料)介護予防のための生活機能評価(区単独実施分)の実施について(H200703区民厚生委員会資料)認知症早期診断・早期対応事業の実施について(H260626区民厚生委員会資料)地域包括ケアシステム構築に向けた「在宅」を支える新たな事業展開(H240625区長月例記者会見資料)地域密着型サービス事業の選定結果について(H240628区民厚生委員会資料)

※8 「豊島区特別養護老人ホーム入所指針」について(H151003厚生委員会資料)特別養護老人ホームの増設について(H220930区民厚生委員会資料)

※9 旧中央図書館用地を活用した特別養護老人ホームの整備について(H230217区民厚生委員会資料)特別養護老人ホームの整備について(H240210正副幹事長会資料)特養等整備法人選定の進捗状況と今後のスケジュールについて(H241106公共施設・公共用地有効活用対策調査特別委員会資料)「(仮称)特別養護老人ホーム 千川の杜」等の整備について(H260926区民厚生委員会資料)

※10 未来戦略推進プラン2014における公共施設の再構築・区有財産の活用について(H260409公共施設・公共用地有効活用対策調査特別委員会資料)

※11 特別養護老人ホーム整備等の新たな整備手法に関する調査研究会について(H270929・H271126区民厚生委員会資料)

※12 H270723プレスリリースH270908プレスリリースH271022プレスリリースH271110プレスリリースH271216プレスリリース特別養護老人ホーム整備等の新たな整備手法について-特別養護老人ホーム整備等の新たな整備手法に関する調査研究会報告書特別養護老人ホーム整備等の新たな整備手法について-特別養護老人ホーム整備等の新たな整備手法に関する調査研究会報告書[概要]H271224プレスリリース

※13 豊島区立の学校以外の教育機関の設置に関する条例を廃止する条例について(H241207子ども文教委員会資料)竹岡健康学園跡施設活用検討委員会報告(H250930子ども文教委員会資料)H260305プレスリリース

※14 特別養護老人ホームの整備状況について(H281202区民厚生委員会資料)池袋本町一丁目防災用地の活用について(H271106公共施設・公共用地有効活用対策調査特別委員会資料)養浩荘から池袋ほんちょうの郷への移転・運営開始について(R010628区民厚生委員会資料)西巣鴨地域への特別養護老人ホームの整備について(H291115議員協議会資料)西巣鴨地区の施設整備(案)について(R031117議員協議会資料)

※15 H270710プレスリリース消滅可能性都市から持続発展都市へ(H270811区長・秩父市長・日本創成会議座長三者会談資料)

日本版CCRC構想-生涯活躍のまちづくり

 人口減少に伴う高齢化の問題について、日本創成会議は平成26(2014)年5月に発表した「ストップ少子化・地方元気戦略」の中で、都市部、特に東京圏では「急速な高齢化に伴い医療・介護の雇用需要が増大することは必至である」と言及したが、さらに同会議は翌27(2014)年6月4日、この問題に焦点をあてた「東京圏高齢化危機回避戦略」を発表し、再び人口減少問題に警鐘を鳴らした。
 この新たな提言では、75歳以上の後期高齢者が急増する東京圏について、10年後の2025年における介護需要は東京が38%であるのに対し、埼玉52%、千葉50%、神奈川48%と特に周辺県で著しく増加し、また、医療介護サービスについては、都区部の不足を補っている周辺県も介護施設等の収容能力が軒並みマイナスになると予想され、結果、東京圏全体で介護・医療施設、人材不足が深刻な状態に陥り、東京圏だけでも13万人もの大量の「介護難民」が発生すると予測していた。さらに東京圏での医療体制の増強は国民経済への負担が大きく、また地方からの介護人材の流入が高まれば「地方消滅」が加速するとして、東京圏の高齢化問題への対処は日本全体の将来を左右する問題であり、早期の対応を訴えるものであった。そしてその対応策として、「1.医療介護サービスの『人材依存度』を引き下げる構造改革を進める(ICTやロボットの活用、資格の融合化、外国人介護人材受入れ)」、「2.地域医療介護体制の整備と高齢者の集住化を一体的に促進する(一定エリアへの集住の促進、大規模団地の再生、早期住み替えを促進する税制措置・公的買い上げシステムの整備、空き家の有効活用)」、「3.一都三県の連携・広域対応が不可欠である(「東京圏高齢者ケア・すまい総合プラン(仮称)」の策定、国の積極的支援)」「4.東京圏の高齢者が希望に沿って地方へ移住できるようにする(お試し移住、定年前からの勤務地選択制度、日本版CCRC構想の推進)」の4項目が提言され、特に4の地方移住に関しては、移住者の受入れ可能な地方都市として全国でも医療介護体制が整っている41圏域が示された。
 この提言もまた、前回と同様に社会に大きな反響をもたらしたが、特に東京圏の高齢者の地方移住という大胆な提言については、受入れ先に挙げられた41自治体の困惑とともに、またしても「姥捨て山」論争が巻き起こった。だが前回の提言でも国民の「希望出生率」の実現を目標に掲げていたように、今回の提言も移住意向調査等で一定程度の「地方移住の希望」が確認されていることを踏まえ、高齢者それぞれの多様な老後の生活設計を支援しようというものであり、その選択肢のひとつとして打ち出されたのが「日本版CCRC構想」であった。
 「CCRC( Continuing Care Retirement Community)」とは、一定の居住区内に自立型住居から要介護の高い状態までをカバーする各種施設が整備され、高齢者が健康時から移り住み、介護・医療が必要になっても継続的なケアを受けながら生涯を過ごすことが可能な共同体で、アメリカで発祥し、1970年代以降、主に定年後の富裕層を対象に広がっていた。その一方、居住区内ですべてが完結されるため、エリア外との交流に乏しく、閉ざされたコミュニティといった指摘もされていた。「日本版CCRC構想」はこのアメリカ版のCCRCをベースにしながらも、「東京圏をはじめとする地域の高齢者が、希望に応じ地方や『まちなか』に移り住み、多世代と交流しながら健康でアクティブな生活を送り、必要な医療・介護を受けることができるような地域づくり」を目指すものであり、高齢者が移住先の地域社会に溶け込み、地域の担い手として活躍することを想定している点でアメリカ版とは大きく異なっていた。
 この日本創成会議の提言に先立つ平成27(2015)年2月、国も内閣府まち・ひと・しごと創生本部に有識者会議を設置し、「日本版CCRC構想」の検討を開始した。この有識者会議の座長も日本創成会議座長の増田寛也氏が務めていたが、同年6月に構想の素案、8月に中間報告、12月に最終報告がまとめられ、その検討過程で「日本版CCRC構想」は「『生涯活躍のまち』構想」に名称変更されている。そして最終報告には、構想の意義として①高齢者の希望の実現、②地方への人の流れの推進、③東京圏の高齢化問題への対応の3点が掲げられ、また構想が目指す基本方向として以下の7項目が挙げられていた。
  • ① 東京圏をはじめ地域の高齢者の希望に応じた地方や「まちなか」などへの移住支援
    東京圏等から地方へといった広域的な移動を伴う移住のみならず、「まちなか」への転居など地域内での移動を伴う取組みも想定
  • ② 健康でアクティブな生活の実現
    健康な段階からの入居を基本とし、目標志向型の「生涯活躍プラン」に基づき、健康づくりや就労、生涯学習など社会活動に主体的に参加することを目指す
  • ③ 地域社会(多世代)との協働
    入居者が地域社会に積極的に溶け込み、子どもや若者など多世代との協働や地域貢献できる環境を実現する。ソフト面全般にわたる「運営推進機能」の整備や、地域包括ケア関連施策との連携も重要
  • ④ 「継続的なケア」の確保
    医療介護が必要となった時に、人生の最終段階まで尊厳ある生活が送れる「継続的なケア」の体制を確保。重度になっても地域に居住しつつ介護サービスを受けることを基本とする
  • ⑤ IT活用などによる効率的なサービス提供
    医療介護人材の不足に対応し、ITや多様な人材の活用、高齢者などの積極的な参加により、効率的なサービス提供を行う
  • ⑥ 入居者の参画・情報公開等による透明性の高い事業運営
    入居者自身がコミュニティの運営に参画するという視点を重視
  • ⑦ 構想の実現に向けた多様な支援
    情報支援、人的支援、政策支援により構想の具体化を後押し
 これらの項目からも「日本版CCRC構想」は地域にオープンなコミュニティづくりを志向していたことが窺えるが、この構想を実現していくには広く国民の理解を得ることはもとより、現行制度の見直しや国の財政支援、国・自治体・事業実施主体の役割分担と連携の仕組みづくり、事業主体の選定プロセスなど様々な課題が想定された。だがそれでもこうして国も動き出し始め、それに呼応して地方でも様々な動きが生まれていた。
 区の姉妹都市である秩父市でも平成27(2015)年4月に市内影森地区に救急病院が開設されたことをきっかけに、埼玉県からCCRCの検討を勧められ、また特養誘致や西武秩父駅の大規模開発計画等が持ち上がっていたことから、6月にCCRC構想を推進していくことを表明していた。また「都市部と連携していくならば、是非、豊島区と」との久喜邦康秩父市長の強い意向により、高野区長との電話会談でトップ協議が進められ、相互に連携していくということで話がまとまった。
 そうしたなか、6月4日に日本創成会議の提言が発表され、それから間もない6月15日には、同会議の増田座長からの要請により、高野区長と同座長との意見交換が区庁舎内で行われた。その場では、増田座長から「日本版CCRC構想」について説明があり、その後、両者で東京圏の高齢化問題について危機感を共有するとともに、今後も継続して意見交換を重ねていくことを約束した。これに続き、高野区長は7月13日に秩父市を訪問し、その席で久喜市長と直接面談、改めて秩父市と豊島区が連携し、民間主導による「日本版CCRC構想」を推進していくことを確認した。さらに同月31日には、高野区長、久喜市長の両トップが揃って多世代共生コミュニティの先進事例である石川県金沢市の「シェア金沢」を視察した。そして8月11日には報道機関に公開のもとで、高野区長、久喜市長と増田座長による三者会談が区庁舎内で開催された(※16)。
 この会談では、「超高齢化は共通の課題。豊島区の大きな特徴は一人暮らし高齢者が多いこと、また平成32年には後期高齢者の数が前期高齢者を上回ることが予想され、医療・介護リスクが高まることは避けられず、健康寿命の延伸が重要な課題。人生の目的=生きがいを持つことが要介護リスクを低減する効果があると言われているが、一人暮らしで孤立している高齢者層の中には、区内では提供できないが秩父市ならば可能な自然との共生や農作業等に魅力を感じるニーズもあるのではないか。そうしたニーズを実現する形で秩父市に移住することは地域包括ケアに対立する概念ではなく、むしろ地域包括ケアの延長線上にアクティブシニアの地方移住、日本版CCRCがあると考える」(高野区長)、「秩父市も消滅可能性都市とされ、実際に人口減少が続いており、CCRCに関心を持ったが、シェア金沢のようなものを秩父で展開していくのはハードルが高い。文化やスポーツなど、長年にわたる交流を通じて築いてきた友好関係を活かし、高齢化の問題についても、例えば地域包括ケアの一体化など、補完し合えることがあるのではないか。」(久喜市長)、「全国どこでも人口減少を迎える中で各自治体がそれぞれの自治体が持っている機能を分担、補完し合える関係を作っていくことは非常に大事。ただ、そういう関係は一朝一夕にはできない。両区市のような、これまでの長い友好関係がアドバンテージとしてプラスに働く。交通体系も一つの電車で行き来が簡単にでき、いい補完関係が築けるのではないか」(増田座長)など、率直な意見が交わされた。そして国に財政支援等を働きかけていくことも含め、「日本版CCRC構想」の実現に向けて三者で連携・協力していくことが合意された。
 こうした動きを受け、区は企画・保健福祉・住宅等関係部局の課長・係長で構成する日本版CCRC検討チームを設置した。そしてその検討を進めていくにあたり、平成27(2015)年11月、区内在住20~69歳の区民5,000人を対象に「定住・地方移住等に関する区民意識調査」を実施した(回答数1,917件、回答率38.3%)(※17)。
 この調査では、まず区民の定住意向を聞いたところ、「当分住み続けたい」(54.6%)が最も多く、「いつまでも住み続けたい」(30.3%)と合わせた定住希望は 84.9%にのぼっていたが、「住み続けたいが転居せざるをえない事情がある」との回答も7.5%寄せられ、その理由としては「家賃が高いから」(30.3%)に次いで、「自然環境が良くないから」(17.4%)、「他地域にも興味があるから」(16.3%)が上位に挙げられていた。一方、完全移住のほか、数週間~数か月程度の短期の「お試し居住」、季節を限定して居住拠点を移す「シーズンステイ」、2つの生活拠点を往き来する「2地域居住」も含めた地方移住の意向については、「移住してみたい」(13.8%)と「どちらかというと移住してみたい」(18.9%)を合わせた移住希望は32.7%だったのに対し、「移住したくない」(38.5%)と「どちらかというと移住したくない」(27.2%)という移住消極の合計は65.7%になっていた。また年齢別では20~29歳の移住希望割合が40.8%と最も高く、年齢が上がるにつれて低くなる傾向が見られ、60歳以上は22.0%にとどまっていた。さらに移住先に関する設問(複数回答)では「地方」(62.9%)が「都市部」(20.1%)を大きく上回っており、地域別では「南関東地方」(28.8%)、「北関東・甲信地方」(23.1%)と関東近県の希望割合が高かった。さらに秩父市への移住意向を聞いたところ、「移住してみたい」(4.0%)と「どちらかというと移住してみたい」(16.1%)を合わせた移住希望は20.1%になっており、年齢別では20~29歳(23.5%)が最も高かったが、次いで60歳以上(21.1%)、40~49歳(20.9%)、50~59歳(19.1%)、30~39歳(16.5%)と、地域を限定しない移住希望とは異なり、シニア層の希望が比較的高くなっていた。
 この調査結果から安易に移住希望者の多寡を判断するのは難しいが、少なくとも3人に1人は移住を希望しており、5人に1人は秩父市への移住に対しても前向きに捉えている傾向は窺えた。
 区はこうした調査結果を踏まえ、また高齢者の老後の生活設計の選択肢を拡げる観点からも秩父市とのCCRC構想を本格的に進めていくこととした。そして次のステップとして、平成28(2016)年度当初予算に区民参加による検討の場を設けるための事業費を盛り込むとともに、28(2016)年3月策定の「まち・ひと・しごと創生総合戦略」の柱「様々な地域との共生」の具体的な施策の一つとして「豊島区版CCRC構想の推進」を位置づけ、その評価指標には31(2019)年度までに①移住に関する説明・相談への参加者数100人、②移住体験ツアーの体験者数20人とするという目標値を設定した(※18)。
 こうした方針に基づき、平成28(2016)年7月23日、第1回「地方居住を考えるワークショップ」が開催された。秩父市との共同で実施されたこのワークショップには、公募により参加した区民38名のほか、秩父市の推薦を受けた市民4名も参加した。そして8月27日までの約1か月の間に、現地見学ツアーやグループ別で話し合いを重ね、12月10日にその成果発表会を開催し、高野区長と久喜市長に報告書を提出した。この報告書ではグループ別に話し合われた内容が「住まい・生活」「地域交流・活性化」「生きがい(働く・学ぶ)」の3つの分野ごとに整理され、ワークショップ参加者一同による全体提案としてまとめられていた。さらに「多世代共生のコミュニティづくり」や「双方の地域資源を活かした継続的な交流」など、両区市間の人と人とのつながりを深めていくことが「移住」を選択する鍵になることが示されていた(※19)。
 このワークショップ提案を受け、区は翌平成29(2017)年度から各地域の区民ひろばで秩父木材や秩父銘仙等の秩父市の地域資源を活かした交流事業を展開するとともに、同年9月には1泊2日の「お試し居住モニターツアー」(定員24名)を初めて開催した。このツアーは翌30(2018)年度にも開催されているが、いずれも満員でキャンセル待ちを受付けるほどの盛況だった(※20)。
 また区のこうした取組みに並行し、秩父市では「生涯活躍のまちづくり構想」(秩父市版CCRC構想)の策定作業が進められ、その基礎資料とするため平成28(2016)年7月に秩父市民3,000人を対象に実施されたアンケート調査では(回答数1,744件、回答率58.1%)、回答者の約9割が秩父市の人口減少を「問題だと思う」と答えており、さらに「市外からの移住者の受入れ」については「受入れるべき」との回答が8割を超え、「市外からの移住者との交流」や「市外からの移住者への支援」についても約8割が肯定的な回答だった。こうした調査結果を踏まえ、28(2016)年12月に「秩父市生涯活躍のまちづくり構想」、翌29(2017)年3月には「同基本計画」が策定された。そしてこれらの構想・計画に基づき、29(2017)年度から「お試し居住事業」を開始し、4月に秩父駅構内に「移住相談センター」を開設するとともに、7月には「お試し居住」モデルハウス(利用料無料)をオープンさせ、3~7 日間の中短期滞在受入れをスタートさせた。また「拠点整備事業」として、移住高齢者の受け皿となるサービス付高齢者向け住宅(以下「サ高住」)の整備事業地の選定や事業スキーム等の検討も併せて進められた(※21)。
 さらに平成30(2018)年度に入り、秩父市は移住、2地域居住を検討している豊島区民向けに市有の特定公共賃貸住宅(井ノ尻住宅)の入居条件を緩和し、4月から入居者募集を開始した。この市有住宅は秩父駅から徒歩約20分、周辺にはホームセンターやスーパー等の大規模商業施設が立地し、70㎡超・3LDK の間取りでファミリー世帯が住むにも十分な広さだった。また農業体験型農園を開園し、植え付けから収穫までを地元農家の指導を受けながら体験する「お試し農体験事業」(6~11月、参加者23名)や、秩父産ワイン(兎田ワイナリー)、秩父産卵(アクアファーム秩父)などの生産者と「としま産業振興プラザ(IKE・Biz)」運営事業者とのコラボ事業など、移住を促進するための様々な事業が展開された。さらにこの間、サ高住等の拠点整備への参加事業者を公募し、5月に企画提案審査を実施、事業パートナーとして高齢者施設「ゆいま~る」を全国展開する株式会社コミュニティネットを選定した。9月11日、秩父市は同社と拠点整備事業に係る基本協定を締結、その同日、高野区長と久喜市長による合同記者会見を開催し、「花の木プロジェクト」と名付けられた事業の概要を発表した(※22)。
 この「花の木プロジェクト」は、秩父駅から徒歩15分の市街地にある市営住宅(花ノ木住宅)敷地内の未利用地をコミュニティネットに貸付け、同社が木造2階建てのサ高住(20戸:約30㎡~48㎡・1K~2LDK )を建設、これに隣接して市が木造平屋建ての交流拠点施設を建設し、同社が指定管理者となって一体的な運営を図っていくという公民連携事業で、豊島区をはじめとする都市部のアクティブシニアを主な対象に、居住・生涯学習・社会参加等の基本機能を提供するとともに、地域医療機関等との連携により医療・福祉などの機能も兼ね備えた「地域包括ケア」の仕組みを整備していく計画であった。
 秩父市はこのプロジェクトを「生涯活躍のまちづくり(秩父市版CCRC構想)」のモデル事業に位置づけ、これと若者も含む多世代を対象とする移住相談センターやお試し居住、市有住宅の入居条件緩和等の「総合事業」との2本立てで移住政策を展開していくとしていた。一方、豊島区もこのサ高住への移住のほか、西武池袋線特急で約80分というアクセスの良さを活かし、高齢層を主な対象とした「平日は自然豊かな秩父市で暮らし、週末は豊島区の文化芸術イベントに参加するなど、生きがい創出につなげていく」スタイルや、ファミリー層を対象とした「平日は通勤通学に便利な豊島区に暮らし、週末は秩父市の自然豊かな環境で都会にはない生活を実現する」スタイルなどの2地域居住モデルを想定し、区で受けていた行政サービスの一部を移住した後も引き続き受けられるよう、秩父市との間で調整を進めていった。こうした「人口を奪い合わない移住・交流の促進」という自治体連携の取組みは、若い世代も含め、区民の多様なライフスタイルの選択肢を拡げるとともに、時間をかけて「移住・交流人口」を増やしていこうというものであり、圏域外に特別養護老人ホーム等を整備して一定数の要介護高齢者の移住を求めるような即効性はないが、人口減少問題の本質的な課題である都市と地方との新たな共生モデルを示すものと言えた。また要介護状態になってからではなく、アクティブなシニアたちが移住先で活動し、税を負担し、また地域の新たな担い手となることも期待され、一方の自治体にのみ負担を強いるのではなく、双方の自治体にとってWin-Winの連携となるものであった。
 平成30(2018)年11月、拠点施設建設工事が着工され、翌令和元(2019)年3月に交流施設「花の木交流センター」が、続いて10月にはサ高住「ゆいまーる花の木」が竣工し、同月30日にオープン記念式典が挙行された。この「ゆいまーる花の木」は11月10日に開設したが、入居者の中には移住モニターツアーへの参加をきっかけに自然豊かな秩父市への移住を決めたという区民や、移住に関する意見交換会に参加したり、また実際に秩父市を訪れたりして移住に向けた準備を進め、2地域居住という新しい暮らし方を選択した区民もおり、それぞれのライフスタイルに応じた新しい「移住」のかたちが生まれつつあることが窺えた(※23)。
 さらにこの秩父市版CCRC「生涯活躍のまちづくり」の取組みを通して区と秩父市との連携関係はより一層深まり、令和元(2019)年7月には、両区市間で「森林整備の実施に関する協定」を締結し、新たに「としまの森」づくり事業をスタートさせた。この事業は国から交付される森林環境譲与税を活用し、埼玉県立武甲自然公園内の秩父市有地1.89へクタールを「としまの森」として整備することにより森林の保全と地球温暖化対策を推進するとともに、自然体験を通じた交流を促進することを目的とした。区の環境基本計画では2030年度の温室効果ガス排出量を2013年度比39%に削減することを目標に掲げており、「埼玉県森林 CO2吸収量認証制度」に基づき、区内で発生するCO2排出量を森林整備により得られるCO2吸収量で相殺する「カーボンオフセット」により排出量の削減を図ることができ、一方秩父市にとっても、市の面積の約9割を占める森林の保全や林業再興につながることが期待された。令和5(2023)年度末までの5年間の協定期間に22.5トンのCO2吸収量を生み出すことを目標に、1年目にあたる令和元(2019 )年度には区の木ソメイヨシノや区の花ツツジ等を植樹して0.5haを整備、また子ども15名を含む34名の区民が参加し、秩父の自然を体験する観光交流ツアーが開催された(※24)。
 なお翌令和2(2020)年9月、区は長野県箕輪町とも「森林の里親協定」締結し、秩父市と同様の「としまの森」づくり事業を開始、「森づくり」を通じた自治体連携の輪が拡がっている(※25)。
区長・秩父市長・日本創生会議座長による三者会談
(平成27年8月)
「地方居住を考えるワークショップ」開催(平成28年7月)
豊島区・秩父市「生涯活躍のまちづくり」合同記者会見
(平成30年9月)
「秩父市花の木交流センター」竣工(令和元年3月)

総合高齢社会対策-「日本一高齢者にやさしいまち」をめざして

 こうして「地方との共生」の取組みは、それまでの文化・観光を中心とした都市間交流から人口減少問題や環境問題等の共通する地域課題を解決するための自治体連携へと広がっていった。その一方、持続発展都市対策の4つ目の柱に据えられた「高齢化への対応」は、さらに深刻な状況に直面していた。
 前述したように区の高齢化は予測を上回るスピードで進行し、平成20年代には高齢化率(総人口に占める65歳以上高齢者人口の割合)が20%台に突入して超高齢社会を迎えていたが、なかでも特に75歳以上の後期高齢者人口が急増していたのである。
 図表4-26は平成25(2013)年から令和4(2022)年までの10年間の前期・後期各高齢者人口及び高齢化率の推移をグラフ化したものであるが、高齢化率は20%前後でほぼ横ばい状態が続いているものの、前期高齢者人口が平成28(2016)年の29,467人をピークに減少に転じている一方、後期高齢者人口はその山をそのままスライドさせた形で令和2(2020)年まで一貫して増加し続けている。
 また平成27(2015)年時点での将来人口推計では令和2 (2020)年に後期高齢者人口が前期高齢人口を上回ると予測されていたが、実際にはそれよりも2年早い平成 30(2018)年にその数は逆転し、しかも前期高齢者数はその後、減少傾向にあるのに対し、後期高齢者数は29,500人超を維持し、その差は年々拡大していた。さらに団塊世代が75歳以上になった後の令和7(2025)年以降には後期高齢者人口のさらなる増加が予想され、2040年には区民の4人に1人が65歳以上、8人に1人が75歳以上になると推計されていた。
図表4-26 前期・後期高齢者人口の推移(各年1月1日現在・住民基本台帳)
 医療・介護リスクが高い後期高齢者が増加していけば、医療・介護需要が増大することは必至だった。平成20(2010)年度末には83.41%だった元気な高齢者の割合(65歳以上の高齢者人口に占める要介護・要支援認定を受けていない高齢者の割合)は、29(2017)年度末には79.89%と8割を割り込み、それ以降も減少傾向が続いていた。それに伴い、介護需要は年々増加していき、27(2014)年6月に日本創成会議が発表した「東京圏高齢化危機回避戦略」の中で示されていたように、介護需要の増大により東京圏の自治体間で介護施設・介護人材を奪い合う事態となり、多くの介護難民が発生するという未来図が現実味を帯びていたのである。
 区はこうした高齢社会問題に対してかねてから危機意識を持ち、健康寿命の延伸を図るための介護予防に施策を重点化し、生活機能の低下や認知症等のハイリスク高齢者を早期に発見し、早期の予防活動につなげていく事業を展開するとともに、元気な高齢者に対して福祉施設等でボランティア活動への参加を働きかけ、その活動に応じてポイントを付与する「高齢者元気あとおし事業」など、高齢者の社会参加を促す事業を実施してきた。また平成27(2015)年1月に国家戦略「認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)」が発表されたことを受け、豊島区の特性にあったよりきめ細やかな地域版オレンジプランとして「豊島区版認知症戦略」を打ち出し、認知症支援コーディネーターの配置や、認知症の状態に応じた適切なサービス提供の流れを示した「認知症ケアパス」を発行するなど、認知症対策の強化を図っていた。さらに29(2017)年4月には介護予防活動の拠点となる「高田介護予防センター」(高田3-38-7、旧高田豊寿園)を開設し、様々な介護予防プラグラムを実施するとともに、高齢者グループによる自主的な介護予防活動を支援していった(※26)。
 また平成22(2010)年度には65歳以上の一人暮らし高齢者世帯及び高齢者のみの世帯の計27,073世帯を対象に、健康状態や介護状態、友人知人等と会って会話をする頻度など14項目にわたる生活実態調査を実施し、その結果に基づきハイリスク高齢者の見守りや高齢者総合相談センター(地域包括支援センター)の支援窓口につなげる「一人暮らし高齢者等アウトリーチ事業」を試行的に実施した。翌23(2011)年度からは同事業を本格実施に移行するとともに、これに熱中症対策を組み合わせ、75歳以上の一人暮らし高齢者及び高齢者のみの世帯15,000世帯(21,000人)を対象に、冷却用首ベルト等の対策グッズや注意喚起パンフレットを配布しながら訪問し、見守りの強化を図った。また21(2009)年度からCSW(コミュニティソーシャルワーカー)を各地域包括支援センター圏域の区民ひろばに配置し、民生児童委員等地域福祉関係者・関係機関との連携のもと、要支援者を地域の中で支え合う仕組みづくりを進めていった。さらにこの地域区民ひろばをセーフコミュニティ活動の地域拠点に位置づけ、重点課題のひとつである「高齢者の安全」対策として転倒事故等により寝たきり状態になることを防ぐための「転倒予防教室」をはじめ、運動機能の低下を防ぐ「う~んと運動」、「としまる体操」などのセーフティ活動を展開し、高齢者の健康づくりを地域の中に拡げていった(※27)。
 第2章第1節第3項でも述べた通り、地域区民ひろばは行財政改革の一環として既存施設を再構築する目的で構想されたものではあったが、平成17(2005)年の事業開始から10年をかけて全22小学校での設置が完了し、その間に世代間交流の場として、また高齢者の新たな社会参加の場として地域コミュニティ拠点の役割を担うようになっていた。だが高齢になるにつれ家にひきこもりがちになり、区民ひろばのような身近なコミュニティの場にさえ出てこなくなる高齢者は少なくなかった。介護需要の増大は、ある意味では介護を必要とする高齢者と支援の窓口がつながっている証と言えたが、より深刻なのはこうしてひきこもり状態になり、地域社会の中で孤立している高齢者たちだった。
 前述したように、豊島区は一人暮らし高齢者の比率が高く、平成22(2010)年の国勢調査でも区の高齢者人口のうち一人暮らし高齢者が占める割合は32.4%と、全国平均16.4%の約2倍にのぼった。それが27(2015)年調査ではさらに33.8%と1ポイント以上増加し、全国で2位。特に75歳以上の高齢者に限ってみるとその割合は37.0%に達し、全国1位となっていた。一方、誰にも看取られることなく死後に発見される「孤立死」は、15(2003)年に区内で178人であったものが、17(2005)年には214人と200人を超え、その後も年々増加していき、22(2010)年に299人のピークに達して以降も280~290人前後で推移していた。一人暮らし高齢者の増加は、こうした「孤立死」に象徴されるような「社会的孤立」につながっていくことが懸念されたのである。
 このため平成30(2018)年8月16日、区は区長を本部長とする「高齢社会対策プロジェクト本部」を立ち上げた。同本部は持続発展都市対策の柱の一つである「高齢化への対応」に重点的に取組み、より総合的な高齢社会対策を推進していくための新たなビジョンを打ち出していくことを目的とした(※28)。
 翌9月19日に開会した平成30(2018)年区議会第3回定例会の招集あいさつで、高野区長はこの本部設置の趣旨について次のように述べている(※29)。
 「高齢化への対応」については、分野ごとには全国的に注目される取り組みも実施してまいりましたが、今後はさらに、高齢社会対策全体として統一的な方向性を持つことによって、より積極的な展開を図っていこうと考えております。
 そこで、全国トップレベルの高齢社会対策を実現するため、私自身を本部長とする全庁的なプロジェクト本部を立ち上げ、検討を開始したところであります。
 持続可能な高齢社会であるためには、区民が健康であり続けること、病気となった場合も重度化しないことが重要であることから、「予防」に重点的に注力していくことを考えております。
 また、東京23区で2番目に一人暮らし高齢者の多い本区においては、一人暮らしの不安を解消し、可能な限り在宅生活を続けられるよう、「安全・安心」に向けた取り組みを重視していかなければならないとも考えております。
 こうした区長の方針に基づき、平成31(2019)年2月、同プロジェクト本部はこれまで各部局や関係機関で取り組まれてきた高齢者向けの対策を分野横断的に統合し、より総合的に高齢社会対策を展開していくための「としま総合戦略」を策定した。この戦略は一人暮らし高齢者等の「社会的孤立ゼロ」を目標に掲げ、「日本一の高齢者にやさしいまち」の実現に向けたロードマップを示すもので、2019~2020年度に集中的に取り組む対策の第1弾として、「健康」「安全・安心」「文化・コミュニティ」の3つの分野ごとに10項目ずつ、合わせて30項目の「社会とつながる30のアプローチ」を挙げていた(図表4-27参照)。その中でも特に目玉事業として位置づけられたのは「予防」に焦点をあてた1の「フレイル対策センターの整備」と、都との緊密な連携のもとで進められていた13の「選択的介護モデル事業」だった。また対策の第2弾として、WHO(世界保健機関)が2007年に提唱した「エイジフレンドリーシティ(高齢者にやさしいまち)」のグローバルネットワークへの参加をめざし、既に国際認証を取得しているセーフコミュニティと一体的に取り組んでいくとした(※30)。
図表4-27 社会とつながる30のアプローチ
 区はこれら「30のアプローチ」を具体化していくため、目玉事業として新たに開設する「フレイル対策センター運営事業」やポリファーマシー(多剤服用)対策としての「高齢者の服薬情報提供事業」をはじめ、関連33事業約2億9千万円の新規拡充経費を平成31(2019)年度当初予算に計上した。そしてさらに31(2019)年3月には対策の財源に充てるための「総合高齢社会対策基金」を創設し、28~30(2016~2018) 年度に受領した福祉目的の寄附金相当額約1億円を積み立てた。以後、この基金には毎年度の寄附金相当額を積立てていくこととし、区民にも広く寄附を募った(※31)。
 また対策を推進していく体制として、平成31(2019)年4月の組織改正で専管組織の「総合高齢社会対策推進室」を保健福祉部に新設、さらに7月12日には区民参加の「総合高齢社会対策推進協議会」を立ち上げた。この協議会は豊島区では既に定番となっている「オールとしま方式」によるもので、町会、区民ひろば運営協議会、民生児童委員協議会や青少年育成委員会等の地域福祉関係団体、地域医療関係団体、防犯・防災関係団体、商工団体等の各団体代表と公募委員の118名の区民委員に加え、セーフコミュニティの各課題別対策委員長、セーフスクール認証各校長、警察・消防等の官公庁職員及び区職員も含め総勢165名で構成された(令和2年7月27日現在の委員名簿による)。この推進協議会を通じて総合高齢社会対策に区民の意見を反映させていくことを目的として、令和元(2019)年度には2回の会議が持たれているが、いずれもテーマやメンバーが重なることから「セーフコミュニティ推進協議会」との合同で開催された。その第1回会議では、「高齢者が元気で生活できるまちが、日本一の高齢者にやさしいまちである。高齢者に生きがいを持たせる施策に取り組んでほしい」、「高齢者は自分自身を変えていかなければならない。自分自身で努力して、健康で長生きするような心掛けが大事である」などの意見が出され、健康寿命の延伸が区民にとっても大きな課題として受け止められていることが窺えた(※32)。
 そして年号が替わった令和元(2019)年5月10日、対策の第一の目玉に挙げられた「東池袋フレイル対策センター」(東池袋 2-38-10、)が旧東池袋豊寿園跡施設に開設された。またこの開設に合わせ、高田介護予防センターの事業内容にもフレイル対策が加えられ、ふたつのセンターを中心にフレイル対策の取組みが進められることになった(※33)。
 「フレイル(虚弱)」とは健康な状態と要介護の中間の状態で、加齢による身体的な機能の低下だけでなく、軽度の認知機能障害やうつ状態、またひきこもりや孤立、孤食などの精神面、社会面も含めて活力が衰えた状態を意味する。「人生100年時代」と言われる一方、日本人の平均寿命と支障なく日常生活を送れる健康寿命とは10年ほどの差があった。いつまでもイキイキと自分らしい生活を続けるために、従来の「メタボ予防」から「栄養」「運動」「社会参加」の3つを柱とする「フレイル予防」にシフトすることが提唱され、特に社会との関わりの減少がフレイルの引き金になると指摘された。平成18(2006) 年に東京都老人総合研究所が新潟県与板町の65歳以上高齢者2,000人を対象に行なった2年間の追跡調査でも、外出頻度が1週間に1回以下の人と1日1回以上の人を比較した場合、前者は後者に比べ歩行障害で4.0倍、認知機能障害で3.5倍の発生リスクがあることが確認された(2006年『高齢者のリスク調査』)。一方、区が28 (2016)年に要介護認定を受けていない65歳以上の高齢者4,500人を対象に実施した「介護保険・日常生活圏域ニーズ調査」(有効回答数2,285件、回答率50.8%)では、外出頻度に関する質問に関して「週5回以上」が28.0%、「2~4回」が41.8%と7割近くが週に複数回外出しているが、しかし前年と比べた外出回数では「減っている」30.7%と「とても減っている」13.7%を合わせて4割を超える人が減少していると回答した。また友人知人に会う頻度についても「毎日」はわずか4.4%にとどまり、「週に何度か」20.9%、「月に何度か」27.7%をあわせても半数程度であるのに対し、「年に何度か」は18.5%、「ほとんどない」は24.0%にのぼり、かなり交流が少ない層も4割を超えることが明らかになった。このことからも区内高齢者についても、外出や人に会うことが億劫になり、家にひきこもりがちになることによって食欲や筋力の低下が進む、いわゆる「フレイル・ドミノ」が危惧された(※34)。
 こうした状況を踏まえ、フレイル対策センターではフレイル測定会やフレイル予防講座等の普及啓発事業のほか、東京都健康長寿医療センターと協働で開発した「としまる体操」等の運動プログラムをはじめ、高タンパクメニューを提供する常設カフェ、孤食・ひきこもり防止のための「おとな食堂」、認知症高齢者やその家族が認知症について語り合う「認知症カフェ」など、高齢者の居場所・交流の場づくりが進められた。また、同センターの運営はNPOワーカーズコープが受託していたが、区民の自主的な介護予防活動を支援するなど、高齢者の社会参加の場としての役割も果たしていた。開設初年度の令和元(2019)年度はセンター主催事業45回に対し、自主グループによるイベント開催回数は102回に及び、来館者は延べ5,681人にのぼった(※35)。
 さらに取組み2年次目となる令和2(2020)年度には、「社会的孤立ゼロ」「100歳健康」「一人暮らしでも安心」を対策の3本柱に据えて「30のアプローチ」をバージョンアップさせ、前年度を大きく上回る関連63事業約9億8千万円の新規拡充経費を当初予算に計上した。その中でもロボット技術を活用したパワーアシストスーツを装着することで運動能力を高め、高齢者の就労拡大につなげる実証実験を行なう「社会的孤立ゼロプロジェクト」や、フレイル測定のための運動機能分析装置を各区民ひろばに順次設置し、合わせてリハビリテーション専門職等が巡回指導する「フレイル予防拠点の全区展開」、また一人暮らし高齢者等の老後の不安を軽減するため、死後に区内合葬墓での永代供養を希望する場合に埋葬費用・永代供養料等の一部を助成する「終活サポート事業」の3事業はいずれも全国初の取組みだった。このほかにも都・KDDIとの連携によるスマートフォンを活用した「ヘルスケアアプリ実証実験」や、賃貸住宅等への入居が難しい一人暮らし高齢者の「住まいの安心」を確保するため、従前からの住宅オーナーに対する家賃低廉化補助や家賃債務保証料補助等に加え、高齢者の見守りや死後の家財整理等の入居支援をパッケージ化して提供する「住宅セーフネット事業」、さらに55・60・65歳のプレシニアも含めた節目年齢の区民を対象に高齢期のライフプランを考えるきっかけになるよう、年代に合わせた社会参加・健康増進等の情報を戸別配布するなど、様々な事業が盛り込まれた(※36)。
 だが、こうして2年次目がスタートしたのに前後して、新型コロナウィルス感染症が全国に蔓延し、令和2(2020)年4月7日には東京、神奈川、埼玉、千葉、大阪、兵庫、福岡の7都府県に初の緊急事態宣言が発令された。この感染の流行は長期にわたり、小中学校の臨時休校をはじめ各種事業・催事の休止・中止、施設の休館などその影響は多方面に及んだ。その一方で外出等の自粛制限により高齢者のひきこもり、フレイルはより一層進行するであろうことが懸念された。国が実施した調査でも、コロナ流行前後(1月・6月)での都民の移動距離の変化は学校休校等の影響を受けた10代とともに80代の高齢者がマイナス45%と最も減少し、次いで70代がマイナス37%となっており、高齢者を中心に移動距離が大きく落ち込んでいた(令和2年5月内閣官房全世代型社会保障検討室『新型コロナウィルス感染症の感染拡大を踏まえた社会保障の新たな課題に関する基礎資料』)(※37)。
 このような状況を踏まえ、区は「ウィズコロナにおける高齢者への呼びかけ事業」として9月の敬老の日に合わせ、75歳以上の高齢者30,639人全員に往復はがきを送付し、コロナ対策等の啓発を行なうとともに困りごと等の悩みを返信してもらう取組みを実施した。その結果、このうちの4,600人から返信があり、高齢者総合相談センターでの電話相談や継続的な見守り支援につながり、高齢者の不安の解消に効果を上げた。この取組みは翌令和3(2021)年1月にも高齢者の心に寄り添うよう年賀状の形で実施され、3(2021)年度以降も引き続き継続された。また3(2021)年3月24日には区内金融機関、郵便・配送事業者等8事業者と「高齢者の見守りと支えあいネットワーク事業に関する協定」を締結し、事業活動を行なう中で高齢者等の異変に気づいた場合に区に連絡をしてもらう「緩やかな見守り」体制を築き、コロナ禍でひきこもりがちな高齢者の安全・安心の向上を図った(※38)。
 フレイル対策センターも一時休館を余儀なくされたが、感染防止対策を徹底した上で運営を再開し、地域拠点の区民ひろば等も含め引き続きフレイル予防活動を展開していった。コロナによる影響があったにもかかわらず、同センターの令和2(2020)年度の延べ来館者数は前年度の5,681人を大きく上回る9,316人にのぼった。人と会うことが困難な状況だからこそ、高齢者にとって地域の身近な居場所が必要とされたのである。
 さらに翌令和3(2021)年度、区はワクチン接種体制の強化など新型コロナ感染症対策に重点化する一方、高齢社会対策として関連17事業約10億円の新規拡充経費を当初予算に計上し、高齢者総合相談センターの相談・見守り体制を強化するととともに、後期高齢者の健診データを活用し、低栄養者や糖尿病高リスク者、口腔機能低下者等への個別相談・訪問相談を行なう保健と介護予防を一体化させた「いきいき100歳健康づくり事業」などの新たな取組みを開始した(※39)。
 こうした取組みの中でも、引き続くコロナ禍で社会的な孤立が進む高齢者等への支援策として重点的に取り組んだのが「ひきこもり支援事業」、「終活サポート事業」及び「成年後見制度利用促進事業」の3つの事業だった(※40)。
 この「ひきこもり支援事業」は、令和2(2020)年7月17日に豊島区が東京で初めて「SDGs未来都市」及び「自治体SDGsモデル事業」にダブル選定されたことを受け、「誰ひとり取り残さない社会」の実現に向けた取組みのひとつとして開始された事業である。同年10~12月、区はひきこもりの実態を把握するため、福祉保健関係10課の窓口や各地域の高齢者総合相談センター、社会福祉協議会(CSW)で過去3年間に相談を受けたケースのうち、15歳以上で仕事や学校に行かず、家族以外の人との交流をほとんどせずに6 か月以上続けて自宅にひきこもり状態にある225件を対象に、その実態について分析調査した。この調査によるひきこもり当事者の年齢層は、40代が27.1%で最も多く、次いで50代20.4%、30代17.3%、20代16.4%、60代7.6%の順になっており、40~50代が全体の約半数を占めていた。それまで「ひきこもり」と言えば学校や就職先等の環境になじめず、家にひきこもる若者たちの問題と考えられていたが、ひきこもりが長期化して当事者の高齢化が進み、80歳代の親が問題を抱えた50歳代の子どもの世話に経済的にも精神的にも追い詰められる、いわゆる「8050問題」が図らずも浮き彫りになった。またひきこもりになったきっかけについては、自身の障害(18件)、登校拒否(16件)、職場の人間関係(15件)など様々だったが、52%が「不明」でなかなか悩みを言えない、言わない傾向が見られた。一方、平成30(2018)年度に内閣府が40~64歳の中高年5,000人を対象に実施した「生活状況に関する調査」(有効回答数3,248人)では、47人が「ひきこもり」に該当し、この出現率1.45%で換算した結果、全国に約61.3万人の中高年ひきこもり者がいると推計された。これを区にあてはめると約2,000人になり、まだ相談窓口とつながっていない潜在的なひきこもり者が相当数いることが推測された(※41)。
 こうした調査結果を踏まえ、区は令和3(2021)年7月に「ひきこもり相談窓口」を開設し、専用回線の電話やメール・オンラインによる相談に対応するほか、当事者や家族が安心して相談できるよう、自宅等を訪問するアウトリーチ支援員を配置し、窓口を訪れなくても相談できる環境を整えた。さらに8月には「ひきこもり情報サイト」を開設、Twitterやブログを活用して社会参加のきっかけになるようなイベント情報等を発信するとともに、実際の相談事例を掲載し、安心して相談窓口につながるよう促した。こうした取組みにより、専用窓口の開設から翌4(2022)年3月末までの9か月間の新規相談件数は79件と徐々に増加していき、専用サイトの閲覧数も月1,000件を超えた(※42)。
 また7月15日には、ひきこもり当事者の参加を得て学識経験者や専門家、民生児童委員、青少年育成委員、国・都・区の関係機関担当者で構成される「ひきこもり支援協議会」(会長:中島修文京学院大学人間学部教授)を発足させ、中高年に重点を置いた支援方法を検討していった。この協議会からの意見や相談窓口での相談状況等を踏まえ、区は12月に「令和3年度版豊島区ひきこもり支援方針」を策定した。その中では「相談につながる仕組みをつくる」と「断らない支援・強制しない支援を目指す」の2つの方針が掲げられ、支援の方向性として就労をゴールとしていた従来の自立支援の考え方を転換し、就労だけでなく多様な社会参加の提供や息の長い継続的な支援体制、情報発信や居場所の充実、支援ネットワークの構築、支援のスーパーバイズ機能、支援者のスキル向上などが示された。この方針に基づき、令和4(2022)年度にはスーパーバイズ機能として相談窓口に臨床心理等の専門知識を有する「生きづらさ支援員」を配置したほか、町会や民生児童委員、青少年育成委員など地域の支援者を対象に実態調査を実施し、支援の現状を明らかにするとともに、問題点の把握と支援のネットワーク化を図っていった(※43)。
 また2つ目の「終活サポート事業」については、令和2(2020)年度から区内合葬墓での永代供養を希望する低所得高齢者等を対象とする埋葬料等の一部助成を開始していたが、これに加え、3(2021)年2月15日、社会福祉協議会内に「終活あんしんセンター」を開設し、「終活」に関する情報提供や専門家による相談を開始した。またこの相談窓口は同協議会の福祉サービス権利擁護支援室「サポートとしま」と一体的に運営され、認知症高齢者等の成年後見制度も含め、「終活」の始め方から死後の葬儀・財産処分等に至るまでを総合的にサポートし、希望者には葬儀・納骨・遺品整理等に関する生前契約手続きを支援するとともに契約に係る費用の一部を助成した。前述した「ウィズコロナにおける高齢者への呼びかけ事業」を進める際も「終活」に関する不安や心配の声が寄せられていたが、人生の最後をどのように迎えたいかは皆それぞれ違った。同センターはそうした一人ひとりの「最期まで自分らしく生きたい」という願いが叶うよう、3(2021)年11月、「資産・契約」「介護・医療」「死後のこと(遺言・相続等)」「本人の思い」等を記録する「終活あんしんノート」(豊島区版エンディングノート)を2,000部作成し、窓口等で配布した。さらに翌4(2022)年4月からは、一人ひとりの想いが死後に間違いなく意思表示されるよう、終活情報の登録受付制度を開始した。この制度はリビングウィル(延命治療等に関する生前の意思表明)やエンディングノート、遺言書等の保管場所など9項目の情報をあらかじめ登録しておくことにより、希望に沿った終末期の医療や円滑な死後事務等の実現につなげ、高齢者本人の尊厳を守ることを目的とした(※44)。
 一方、3つめの「成年後見制度」は、認知症や知的障害、精神障害などにより物事を判断する能力が不十分な高齢者・障害者等に代わり、援助者である成年後見人が福祉サービスに関する契約や財産管理を行うことを可能にする制度で、平成12(2000)年4月施行の民法改正により制度化された。豊島区でも15(2003)年4月に福祉サービス権利擁護支援室「サポートとしま」を開設し、制度の運用や普及を図ってきたものの制度利用者は極めて少なく、この傾向は全国的にも同様の状況にあった(※45)。
 このため国は平成28 年4月に「成年後見制度の利用の促進に関する法律」(同年5月13日施行)を制定するとともに、成年後見制度利用促進基本計画を閣議決定し、制度の利用促進を図った。同法の規定に基づき、各市区町村は2021年度末までに国の計画を勘案した計画を策定することが努力義務とされ、各自治体は計画策定に動いた。豊島区でもこれを受け、制度の利用促進についての共通認識を醸成するとともに地域や関係団体等と連携して強力に推進していくことを目的に、計画の策定に合わせて条例を制定することとし、令和2(2020)年9月1日、附属機関である「保健福祉審議会」に計画・条例双方についての検討を諮問した。翌10月9日、諮問事項を検討するための組織として、同審議会の下に学識経験者、弁護士・医師・司法書士・社会福祉士等の専門家、障害者団体・高齢者団体・地域団体関係者、社会福祉関係事業者で構成される「成年後見制度利用促進専門委員会」(委員長:田中英樹東京通信大学人間福祉学部教授、保健福祉審議会会長)が設置され、以後、3(2021)年9月27日まで約1年にわたり検討を重ね、同年8月にパブリックコメントを実施、寄せられた意見等を踏まえてまとめた計画・条例各素案を保健福祉審議会に報告し、11月1日、同審議会はこれを答申として区長に提出した。この答申に基づき、区は同年区議会第4回定例会での議決を得て、12月8日に「豊島区成年後見制度の利用の促進に関する条例」を制定するとともに、「豊島区成年後見制度利用促進基本計画」を策定した。この条例及び計画は、国の法律に掲げられる「ノーマライゼーション」「自己決定権の尊重」「身上の保護の重視」の3つの基本理念に基づき、区及び区民、関係機関等による権利擁護支援の地域連携ネットワークの構築を目指すものであり、区はこれを具体化するため、新たに成年後見制度利用促進事業経費として約1,500万円を4 (2022)年度当初予算に計上し、ネットワークの仕組みづくりに着手した(※46)。
 こうして平成30(2018)年8月の「高齢社会対策プロジェクト本部」立ち上げからスタートした総合高齢社会対策は、新型コロナウィルス感染症の長期流行という想定外の事態に直面しながらも、高齢者の「社会的孤立ゼロ」をはじめ、「100歳健康」、「一人暮らしでも安心」を柱として様々な取組みが展開されていった。そして令和4(2022)年度以降も引き続き、「誰ひとり取り残さない」というSDGsの考えに基づいて取組みが重ねられ、新型コロナウィルス感染症が5類に移行した5(2023)年度には、区制施行90周年記念事業「フレイル予防でいきいき100歳」と銘打って区内各所で様々なイベントが開催された(※47)
フレイル対策「としまる体操」(東池袋フレイル対策センター)
フレイル対策「フレイルチェック」
「終活あんしんセンター」開設(令和3年2月)
終活あんしんノート(豊島区版エンディングノート)

※41 R020717プレスリリース豊島区ひきこもり支援における調査結果概要及び今後の取り組みについて(R030222区民厚生委員会資料)R030319プレスリリース

※42 R030630プレスリリース

※43 令和3年度版 豊島区ひきこもり支援方針について(R040221区民厚生委員会資料)R040830プレスリリースひきこもりに係る調査の実施結果について(R041128区民厚生委員会資料)

※44 終活サポート事業について(R030222区民厚生委員会資料)R030208プレスリリースR031208プレスリリースR040329プレスリリース

※45 民法の一部改正(成年後見制度)について(H120225区民建設委員会資料)豊島区(仮称)福祉サービス権利擁護センター開設検討委員会報告(H150317厚生委員会資料)H150414プレスリリース

※46 豊島区成年後見制度の利用の促進に係るパブリックコメントの実施について(R030706・R031129区民厚生委員会資料)豊島区成年後見制度の利用の促進に関する条例(仮称)について(R031129区民厚生委員会資料)豊島区成年後見制度の利用の促進に関する条例(令和3年12月8日条例第33号)豊島区成年後見制度利用促進基本計画 令和4年度~令和5年度(令和3年12月)

※47 総合高齢社会対策の取組みについて(R040727総合高齢社会対策推進協議会資料)総合高齢社会対策の取組みについて(R050216総合高齢社会対策推進協議会資料)

選択的介護モデル事業-「在宅介護」の新しいかたちの模索

 一方、「高齢社会対策プロジェクト本部」が平成31(2019)年2月に打ち出した「としま総合戦略」の中で、フレイル対策センターの開設とともに目玉事業に挙げていた「選択的介護モデル事業」は、都との共同事業として既に29(2017)年度から取組みが開始されていた。
 平成12(2000)年4月に創設された介護保険制度は5年おきに必要な見直しを行うこととされ、18(2006)年3月に「予防重視型のシステムへの転換」(要支援者に対する予防給付の創設、地域支援事業の実施等)と、在宅介護者との費用負担の公平化を図るための「施設給付の見直し」(食費・居住費等を保健給付対象外として自己負担化、低所得者に対する補足給付)を柱とする第1回目の制度改正が行なわれた。また24(2011)年の2回目の制度改正では、住み慣れた地域で可能な限り自立した生活を送れるよう、在宅介護を基本とする地域包括ケアシステムの構築に向け、24時間型定期巡回サービス・随時対応型サービス等が制度化された。さらにその間にも、20(2008)年に介護サービス事業者の不正事案再発防止・事業運営の適正化、26(2004)年には医療・介護の総合的な提供体制の構築に向けた法整備等が行なわれている。なおこの20(2008)年の制度改正は、前年の19(2007)年6月に訪問介護最大手の株式会社コムスンが介護報酬不正受給、指定基準違反で行政処分を受け、介護事業から撤退するという事件が起きたことをきっかけに見直されたものであるが、その当時、介護保険事業者による不正事件が頻発していたため、豊島区でも19(2007)年度に介護保険課に専管組織を設置し、事業者の指導・監査体制の強化を図っていたところだった(※48)。
 また平成27(2015)年には予防給付の見直しが行なわれ、それまで要支援者を対象とする介護給付事業に位置づけられていた「介護予防訪問介護」、「介護予防通所介護」の2事業を、介護認定を受けていない高齢者も利用可能な「介護予防・生活支援サービス」へ移行するとともに、介護予防事業全般を再編し、「介護予防・日常生活支援総合事業」(新総合事業)に一本化することになった。この見直しにより、各市区町村は住民等の多様な主体の参加を促しながら地域の支えあいの仕組みづくりを進め、それぞれの地域の特性や実態に即した介護予防事業や日常的な生活支援事業を展開していくこととされ、豊島区でも28(2016)年4月から新総合事業が開始された(※49)。
 こうして持続可能な介護保険制度の確立に向け、介護予防や生活支援事業等については各自治体による創意工夫が求められる一方、介護認定に基づき要介護者に提供する介護給付サービスについては、社会保険事業としての公正・公平性を保つため、要介護の認定度に応じて提供量(支給限度額)やサービス内容が全国一律に定められていた。例えば、高齢者の外出支援は病院や介護施設等への送迎に限定され、障害者を対象とする移動支援・同行援助のような買い物や余暇活動等の社会参加を目的とする外出支援は保険給付の対象外とされていた。また家事等の援助サービスについても、利用者本人の日常生活を支えるための必要最低限のサービスに限られ、本人以外の家族の分を一緒に調理・洗濯するなど、給付対象外のサービスを提供することは認められていなかった。
 一方、民間の介護事業者、特に小規模な訪問介護事業者の多くは経営基盤が脆弱で、また非正規雇用の割合が高い介護従事者は処遇も低く、低賃金のためなかなかなり手がなく、介護人材不足は.深刻な課題になっていた。さらにこうした人手不足が深刻化すると介護職員1人あたりの仕事量が増え、労働環境は一層悪化し、離職率が高まるという悪循環に陥り、増大する介護需要にますます供給が追いつかない状況が生まれ、その結果、要介護者を抱える家族は介護のために仕事を辞めざるをえない「介護離職者」が増加するという負の連鎖を引き起こしていた。
 平成27(2015)年の65歳以上高齢者人口は全国で約3,395万人、うち75歳以上の後期高齢者人口は約1,646万人で全人口に占める割合はそれぞれ26.8%、13.0%であったが、団塊世代が75歳を超える10年後の2025年には65歳以上人口が3,675万人で30.3%、75歳以上人口は2,179万人で18.1%に増加すると推計され、国民の3人に1人が65歳以上、5人に1人が75歳以上の超高齢社会を迎えると言われた(厚生労働省『今後の高齢者人口の見通しについて』)。
 当然にことながら高齢化の進行は介護需要の増大を伴い、その需要増に対応するために必要な介護職員数は2025年に約253万人にのぼると推計されたが、その一方、実際に供給できる介護人材は約215万人に止まり、38万人もの介護人材不足が見込まれた(厚生労働省『2025年に向けた介護人材にかかる需給推計(確定値)について』)。また平成 27(2015)年6月に日本創成会議が発表した「東京圏高齢化危機回避戦略」の中でも2025年には全国で43万人の介護難民が発生すると予測され、「2025年問題」は大きな社会問題になっていた。一方、2014年10月~翌2015年9月までの1年間に介護・看護を理由に離職・転職をした人は全国で10万人に達したが、そのうちの3/4を超える76.4%を女性が占め、年代別で見ると女性は50歳代が最も多く、次いで60歳代、40歳代の順であった。一方、男性は60歳代が最も多く、次いで50歳代、40歳代の順になっており、男女いずれも働き盛りの40~60歳代が8割以上を占めていた(内閣府男女共同参画局「仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)レポート2018」)。このまま介護人材不足が拡大していけば介護離職者のさらなる増加は避けられず、その実態は当時の第2次安倍内閣が打ち出した経済政策、いわゆる「アベノミクス」の中で掲げられた「女性活躍推進」、「介護離職ゼロ」の方針とはかなりかけ離れた状況にあったのである。
 こうした事態を打開するため、平成 28(2016) 年 12 月 2 日、都は第 14回東京圏国家戦略特別区域会議の場で介護サービス価格の弾力化を図る「混合介護」の特区構想について検討していくことを表明した。これに続き翌29(2017)年2月10日に開催された第15回会議において、都は特区を活用するプログラムのひとつとして「選択的介護(混合介護)」を提案し、豊島区と連携してモデル事業を実施するための準備に取りかかり、特区認定が得られ次第、順次実施して効果や問題点を検証していく方針を明らかにした(※50)。
 この特区提案では、「介護保険サービスと保険外サービスの同時・一体的提供」と「介護保険サービスに付加価値をつけた部分への料金設定」の2つの規制緩和案が示された。まず前者については、その具体例として訪問介護サービスの提供時に利用者本人と同居家族分の調理・洗濯等を一緒に実施するケースを想定し、期待される効果にはヘルパーの業務時間の短縮とともに、その短縮によって保険外サービスに係る自己負担分の縮減が可能になることや、介護家族の負担軽減につながることが挙げられた。また後者の具体例としては、看護師や栄養士、あん摩指圧師などの資格や技能、外国語や方言等が話せる特定のヘルパーを指定して、健康面やコミュニケーション面での付加価値サービスに指定料500~3,000円を上乗せするケースを想定し、期待される効果には利用者や家族の不安解消や生活の質(QOL)の向上、多様なニーズへの対応などが挙げられた。さらに繁忙期の上乗せ料金や閑散期の割引料金などの柔軟な料金設定についても想定され、事業者の創意工夫により収益を高め、事業者間競争を促していくとともに、介護人材の確保や処遇改善につなげていくことが期待された。
 この「混合介護」を巡っては、前年の平成28(2016)年5月に開催された公正取引委員会の「介護分野に関する意見交換会」で「介護サービス・価格の弾力化(混合介護)」が議題に挙げられ、さらに9月に公表された「介護分野に関する調査報告書」の中でも「混合介護」について触れている。そこでは、現行制度では認められていない「保険内サービスと保険外サービスの同時一体的な提供」や「介護報酬を上回る料金での介護サービスの提供(利用料金の自由化)」について事業者の創意工夫が発揮される環境整備に必要であると指摘し、利用者の利便性の向上や事業者の収益性の向上、介護職員の処遇改善等の効果が期待できるとされていた。この報告書を受け、国の規制改革推進会議でも検討が始められていたが、そうした中で都が打ち出した特区構想は公正取引委員会報告に趣旨に沿うものであり、新たな介護サービスの道を拓くものとして注目された。
 だがその一方、「混合介護」については事業者による過剰なサービスの提供や利用料の不正請求を助長するのではないか、また利用者の自立を妨げることにつながるのではないか、あるいは「介護格差」を生じさせるのではないかなど、さまざま危惧する声も聞かれ、この特区提案を具体化するためには、「利用者の自由な選択と自己決定を担保する利用者保護の仕組み」や「上乗せ料金等が介護職員の処遇改善に確実につながる仕組み」、「上乗せ料金等の負担が困難な低所得者への配慮」など留意すべき課題があった。そのため都は豊島区とともに、平成29(2017)年度の1年をかけてこれらの課題や事業の制度設計等について慎重に検討した上で、30(2018)年度からのモデル事業の実施をめざすとした。また事業名称については、保険サービスと保険外サービスを組み合わせて利用者本人が選べるという点から、より分かりやすく「選択的介護」という名称を用いることになった。
 こうした動きを受け、区は平成29(2017)年度の当初予算に「混合介護の弾力化に係る実証実験(モデル)事業」として新規に620万円を計上するとともに、4月の組織改正で「介護保険特命担当課長」を保健福祉部に新設した。そして6月2日、都との合同により、学識経験者6名、福祉・介護関係団体及び被保険者代表3名、都区行政職員2名の計11名で構成される「選択的介護モデル事業に関する有識者会議」(会長:八代尚宏昭和女子大学グローバルビジネス学部特命教授)を設置し、モデル事業の実施に向けた検討を開始した(※51)。
 同有識者会議は前述の諸課題を踏まえ、「利用者需要と自立支援」、「サービスの提供の保障」、「給付の公正性の確保」、「契約者の判断能力等に応じた支援・保護」の4つを基本的な考え方に置き、想定されるニーズや課題等を整理していった。また並行して5月~6月にかけ、介護事業者等に選択的介護に関するRFI(Request For Information:情報提供依頼)を募集した。これに応え、情報の提供や新たな提案を出した18事業者と意見交換を実施し、その中で出された意見等を参考に、有識者会議においてモデル事業のテーマの評価・選定を進めた。一方、8月~9月にかけては別途、ケアマネージャーや訪問介護事業者等で構成されるワーキンググループを設置し、利用者視点に立ったサービスのあり方など実務レベルでの検討を重ねた。こうした各方面のわたる検討を経て12月26日に開催された第4回有識者会議において、平成30(2018)年度に実施するモデル事業の概要が取りまとめられた(※52)。
 その概要は、初年度の平成30(2018)年度は居宅介護サービスに絞り、「①居宅内での選択的介護(訪問介護と自費の家事支援の組み合わせ)」、「②居宅外での選択的介護(訪問介護と自費の外出支援の組み合わせ)」、「③見守り等のサービス(訪問介護と自費の ICT 等による見守り支援)」の3つのテーマで参加事業者を公募し、同年8月を目途にモデル事業を開始するというもので、通所介護サービスとの組み合わせは31(2019)年度に導入検討するとし、付加価値サービス等については継続検討課題となった。また実施形態に関しても、一定の条件のもとで現行制度でも実施可能な「(1)指定訪問介護と保険外サービスを柔軟に組み合わせた提供」と、特区認定後に実施可能になる「(2)指定訪問介護と保険外サービスの同時一体的な提供」の2つの形態が想定されたが、30 (2018)年度から実施するモデル事業は(1)によるものとし、(2)については事業者からの提案内容を整理したうえで、引き続き検討していくとするに止まった。さらにモデル事業の実施にあたっては、介護保険サービスと保険外サービスの明確な区分を担保するため、利用者保護の観点に立った事業の趣旨等に関する説明の徹底や保険外も含めた適切なケアマネジメントの実施などのルールを新たに定めることとし、サービス提供事業者やケアマネージャーを対象とする研修も予定された。
 こうして特区認定や国の規制改革の動向を睨みつつも、モデル事業の実施に向けた準備は進められ、年が明けた平成30(2018)年1月17日~2月16日の1か月間に上記①~③について参加事業者を公募した。これに10事業者から応募があり、ヒアリング審査の結果、応募事業者すべてを参加事業者として選定した。各事業者からは3つのテーマそれぞれについて、「①居宅内での選択的介護」では同居家族分の家事のほか、ペットの世話、庭掃除、本人と一緒の食事や話し相手など、「②居宅外での選択的介護」では買い物・趣味・散歩等への同行や介護給付では認められていない院内介助など、また「③見守り等のサービス」ではWEBカメラやセンサーを活用した利用者状況の把握や必要に応じた訪問介護員の訪問などが提案され、これらを30(2018)年度モデル事業のサービスメニューとして精査・整理し、6月28日、区内指定訪問介護9 事業者及び共同参加2事業者の計11者のモデル事業参加事業者と「選択的介護モデル事業実施協定」を締結、8月からモデル事業を開始することになった(※53)。
 一方、都はこの間、平成29(2017)年8月21日に開催された国家戦略特区ワーキンググループ(国の有識者会議)に、選択的介護モデル事業の検討状況について報告した。その際、厚生労働省から提出された資料には、介護保険制度では「一定のルール」の下で多様な介護ニーズに対応できるよう、保険サービスと保険外サービスを組み合わせて提供することを認めているとの考え方が示され、その「一定のルール」には「保険サービスと保険外サービスが明確に区分されていること」、「利用者等に、保険外サービスの提供に当たって、あらかじめサービスの内容等を説明し、同意を得ていること」などが挙げられていた。こうした方針が示されたことを受け、都は9月5日開催の国家戦略特別区域諮問会議において、平成 30(2018) 年度早期にモデル事業が着手できるよう、介護保険サービスと保険外サービスを組み合わせて提供する場合の「明確な区分」の方法等について、法令上の解釈を明確にするよう国に要望した。国の言うところの「明確な区分」の方法等が不明瞭なため、保険者も事業者も「混合介護」に二の足を踏む傾向が見られ、選択的介護モデル事業を実施していく上でも、その部分を明確にしておく必要があったからである。この要望に対し、厚生労働省は翌30(2018)年4月6日、国家戦略特区ワーキンググループにおいて都が示したモデル事業の実施スキームについて、介護保険サービスと保険外サービスとを明確に区分する等のルールに照らして支障がない旨の見解を示した。こうした経緯を踏まえ、5月30日に開催された第21回東京圏国家戦略特別区域会議には小池百合子都知事とともに高野区長も出席し、前年2月の提案時に示していた「介護保険サービスと保険外サービスの同時・一体的提供」に替わり、介護保険サービス提供後に連続して、もしくはその合間に保険外サービスを提供する「指定訪問介護と保険外サービスの連続提供」という形態でモデル事業を実施することを報告し、了承を得た。そして6月14日開催の国家戦略特別区域諮問会議において、選択的介護は東京圏国家戦略特区の新たなプログラムとして正式に認定されるに至ったのである(※54)。
 なおその3か月後の9月28日、厚生労働省は各都道府県介護保険主管部(局)長に宛て、「介護保険サービスと保険外サービスを組み合わせて提供する場合の取扱いについて」と題する通知を発出し、一定の条件の下で介護保険サービスと保険外サービスを組み合わせて提供することについては制度開始当初から認めているところであるとの認識を改めて示した。また、訪問介護と保険外サービスを組み合わせて提供する場合の例として、「訪問介護の前後に連続して保険外サービスを提供する場合と、訪問介護の提供中に、一旦、訪問介護の提供を中断した上で保険外サービスを提供し、その後に訪問介護を提供する場合」を例示し、両者を明確に区分するために保険外サービスについての運営規程を別に設けることや重要事項を記載した文書による利用者への説明とその同意、契約締結前後の担当介護支援専門員への報告等の遵守事項を挙げた。さらに都が当初の特区提案に掲げていた「同時一体的な提供」や「付加価値サービスの提供(特定介護職員の指名料)」、「繁忙期・繁忙時間帯の上乗せ料金(時間指定料)」については、「単に生活支援の利便性の観点から、自立支援・重度化防止という介護保険の目的にそぐわないサービスの提供を助長するおそれがあることや、家族への生活支援サービスを目的として介護保険を利用しようとするなど、利用者本人のニーズにかかわらず家族の意向によってサービス提供が左右されるおそれがあること、指名料・時間指定料を支払える利用者へのサービス提供が優先され、社会保険制度として求められる公平性を確保できなくなるおそれがあること等が指摘されており、認めていない」との見解が示された(※55)。
 国が改めて示したこの基準でも「介護保険サービスと保険外サービスとを明確に区分する」ことが大前提とされており、モデル事業の実施形態もこうした基準に則ったものと言える。当初の特区構想から見るとかなりトーンダウンした感は否めないが、実際に同時一体的なサービスの提供をする場合、どこまでが介護保険サービスで、どこからが保険外サービスなのかは区分し難く、介護事業者が保険外サービスへの参入を躊躇する傾向も見られたことから、現実的に実施可能な形態でモデル事業を開始し、その中でサービスの多様化を図りつつ、効果や課題を検証していこうとしたのである。
 こうして平成30(2018)年8月1日、選択的介護モデル事業が区内全域でスタートした。だが、利用者からは選択的介護サービスを利用して生活の質が高まったなどの声が寄せられる一方、選択的介護サービスの契約件数は31(2019)年3月末時点でわずか延べ19件に止まっていた。こうした利用低迷の要因を分析するため、サービス未利用者やケアマネージャー、介護事業者へのアンケート調査を実施したところ、未利用者からは制度自体を認知していない、サービス・料金内容が分かりにくく十分に理解できないという声が出され、またケアマネージャーからは自己負担10割のサービスは提案しづらいとの回答があった。さらにサービスを提供する側の事業者からは、マンパワーが足りず、手続きも多くて手間が増えるため積極的にサービスを展開していくのが難しいとの意見が寄せられた。このため区は、制度周知の広報活動やケアマネージャー・サービス提供者等を対象とする研修等を強化していくとともに、より長期的なスパンでの状況を見ていくため、その後も分析調査を継続していった(※56)。
 またこうした効果・課題等の検証に並行し、平成31(2019)年度導入検討としていた通所介護サービスとの組み合わせによる選択的介護についても、引き続き「選択的介護モデル事業に関する有識者会議」で検討を進め、その検討結果を踏まえ、令和元(2019)年7月~8月にかけ、「①デイサービスの機能を活用した外出支援」、「②デイサービスの場を活用した健康・療養支援」、「③ IoT (Internet of Things)等を活用した在宅高齢者の支援」の3つのテーマで参加事業者を公募した。
 この募集に対し、②について1件(1グループ)、③については3件(2グループ)の応募があったが、利用ニーズが高いと見込まれていた①については応募事業者ゼロという結果になった。その後ヒアリング審査を経てこの3グループを参加事業者に選定し、実施協定の締結を経て同年12月から新規の選択的介護モデル事業を開始した。これにより選択的介護モデル事業の参加事業者は前年度開始の訪問介護14事業者(追加公募1者含む)に居宅介護支援5事業者を加えて計19事業者になったが、サービスの契約件数は令和2(2020)年3月末時点で訪問介護サービスが延べ36件、居宅介護支援は6件と、依然として期待したほどには利用が広がっていなかった(※57)。
 この選択的介護モデル事業は平成30(2018)年度から令和2(2020)年度までの3年間を期間として実施されたが、「選択的介護モデル事業に関する有識者会議」はこの間もモデル事業の進捗状況の確認及び効果等を検証する役割を担い、29年6月の設置以降、令和3(2021)年3月までに12回の会議が重ねられた(※58)。
 こうしたモデル事業の実績や検証内容について、令和2(2020)年6月に「中間のまとめ」として訪問介護と保険サービスの組み合わせによるモデル事業の実施報告書が、さらに翌3(2021)年3月には最終報告となる「選択的介護モデル事業報告書」が取りまとめられた。この最終報告書によれば、モデル事業実施期間が終了した同年3月末時点での契約件数は、訪問介護サービスによる平成30(2018)年度モデル事業は延べ48件、IoT機器等を活用した在宅支援サービスの令和元(2019)年度モデル事業は9件にとどまっていた。特に令和元(2019)年度モデル事業の利用が広がらなかった背景には、新型コロナウィルス感染症の拡大が大きく影響していたことは間違いないが、アンケート結果で浮き彫りになった周知不足やマンパワーの問題等さまざまな要因があり、同報告書には3年間の成果とともに、今後の課題の第一に「一層の利用拡大に向けた方策の検討」が挙げられていた(※59)。
 こうして都との共同による3年間のモデル事業は終了となったが、区は令和3(2021)年度以降も「選択的介護普及事業」としてケアマネージャー等の実務者研修を継続的に実施するほか、同年4月に「選択的介護事業者登録制度」を導入するなど、区単独で選択的介護サービスの普及・定着に取り組んでいった(※60)。
 折しもコロナ禍という、人々が社会との分断を余儀なくされた時代環境の中で、介護サービスの利用拡大は極めて困難な課題を抱えた。しかし、こうしたコロナ禍という特殊な状況だったからこそ、より一層、在宅介護を充実させる選択的介護サービスが有用であるとも言えた。特に一人暮らし高齢者が多い豊島区では、区をはじめ、福祉や医療関係者が連携して高齢者一人ひとりのニーズに応じたきめ細かなサービスを提供し、「在宅」を支えていく努力が求められ、在宅サービスの選択肢を広げる選択的介護の有用性は今後、益々高まっていくと考えられた。またモデル事業の成果として、選択的介護サービスが利用者やその家族の生活の質を高めることが確認されたことはもとより、介護事業者にとっても保険外サービスを提供する上で様々な創意工夫をこらし、介護保険サービスを見直すきっかけになるなど、介護保険事業全体に好影響を及ぼすことも期待できた。その意味でもこのモデル事業は、今後の介護保険制度のあり方に一石を投じたものと言える。
 しかしその一方、全国の介護サービス事業所や介護保険施設に従事する介護職員は令和3(2021)年度に約215万人を数え、平成27(2015)年度時点の約184万人から30万人以上増加したものの、この間、要介護認定者数も約616万人から約688万人と70万人以上増加しており、依然として介護人材不足の状況から抜け出せていない。また27(2015)年(2014年10月~2015年9月)に10万人を突破した介護離職者は、その後、29(2017)年1月の改正育児介護休業法の施行により介護休業が取得しやすくなったことが影響し、30(2018)年(2017年10月~2018年9月)には一時的に8万人を割り込んだが、令和4(2022)年(2021年10月~2022年9月)には10万6,200人と再び10万人を突破した。介護需要の増大、介護人材不足、介護離職者の増加という「負の連鎖」も依然として断ち切れていない。
 問題の2025年はすぐ目の前に迫っている。2024年には介護職員の処遇改善を図るための介護報酬の引き上げを含む介護保険制度の大幅な改正が予定されているが、介護サービス利用者と介護事業者の双方が共存していける持続可能な介護保険制度への道筋は未だ見えていない。人口減少が進む日本社会において、政府が掲げる「異次元の少子化対策」と高齢社会対策はまさに合わせ鏡の課題と言える。超高齢社会にどう向き合っていくのか、社会全体で高齢者を支えていくために誰がどう負担し合うのか、さまざまな生き方を選択する高齢者が増える中で従来の画一的な「高齢者」像の見直しを含め、高齢社会対策においても異次元の取組みが求められていると言えるだろう。
第1回「選択的介護モデル事業に関する有識者会議」
(平成29年6月)
「選択的介護モデル事業実施協定」締結(平成30年6月)

※56 選択的介護モデル事業について(H310222区民厚生委員会資料)選択的介護モデル事業の実施状況について(R011129区民厚生委員会資料)

※57 選択的介護モデル事業の検討状況について(R010628区民厚生委員会資料)選択的介護モデル事業の実施状況について(R020707区民厚生委員会資料)選択的介護のご案内(訪問介護)令和2年4月改訂選択的介護のご案内(通所介護・居宅介護支援)令和2年4月改訂

※58 第6回選択的介護モデル事業に関する有識者会議(平成30年9月14日)第7回選択的介護モデル事業に関する有識者会議(平成30年12月26日)第8回選択的介護モデル事業に関する有識者会議(令和元年6月4日)第9回選択的介護モデル事業に関する有識者会議(令和元年10月9日)第10回選択的介護モデル事業に関する有識者会議(令和2年6月10日)第11回選択的介護モデル事業に関する有識者会議(令和2年12月22日)第12回選択的介護モデル事業に関する有識者会議(令和3年3月24日)

※59 選択的介護モデル事業(訪問介護と保険外サービスの組み合わせ)報告書(中間のまとめ)選択的介護モデル事業(訪問介護と保険外サービスの組み合わせ)報告書(中間のまとめ)〈概要版〉選択的介護モデル事業報告書(令和3年3月)選択的介護モデル事業報告書【概要版】(令和3年3月)

※60 訪問介護の保険外サービス活用ガイド(選択的介護)