東金市史編集委員長 柴田武雄
本巻は「総集篇」と名づけてあるが、これについて説明しておく必要がある。
東金市史は全六巻の予定であるが、そのうち四巻を史料とすることとし、その刊行にまず取りかかり、史料篇一・史料篇二・史料篇三・史料篇四の四巻はすでに刊行ずみである。残りの二巻は、当初「通史篇」にするということであったが、その後協議の結果、二巻のうち一巻は、時代を追うて時間的に叙述するいわゆる通史にあてるとし、他の一巻は各説篇とか各論篇とかいうごときもの、つまり、人物・自然・文化・産業・交通・風俗等の各事項について各種別に叙述するものにしようということになり、前者を「通史篇」後者を「総集篇」と名づけることにしたのである。そして、「総集篇」を先に刊行し、「通史篇」を最後に出版するという方針を定めた。梓行の順序からいうと、「総集篇」が第五巻、「通史篇」が第六巻となるわけである。すなわち、本巻は東金市史の第五巻「総集篇」ということになるのである。
本巻の編集については、まず、取り上げるべき項目を決定し、さらにそれぞれの細目を選定し、おのおのの枚数を定め、執筆にあたっての指針をきめた。次に執筆者については、編集委員のみではなく、他にも適任者を選定して分担してもらうこととし、ただ、誰が何を執筆したかについては、その名を公表しない方針をとった。かくして、原稿の提出期限を定め、提出を待ったのであるが、全部まとまるまでは、容易なことではなかった。思わぬ支障がいろいろなところからおこり、筆舌につくせぬことが多かった。それらについてこまかく書くことは避けたいが、ともかくどうやらまとめあげて、ここに発刊のはこびとなったことは、望外のよろこびである。
本巻のために提出された原稿は、量においては予定をかなり上まわるほどであったが、質においてはまちまちで、そのため、編集者は相当に斧鉞(ふえつ)を加えざるをえなかった。編次についても、いろいろな事情で数次の変更を余儀なくされ、そのため掲載予定の原稿を保留して次の「通史篇」にまわさざるをえなかったものがあるのは、まことに残念だった。本巻のような書冊は、内容が総花的にならざるをえず、ハンド・ブック的な便宜さをターゲットにするようになる。本巻もその線に沿っているのである。その意味で、できるだけ利用していただきたいと思う。しかし、歴史書である以上、史的視座にはかなり神経を使うようにした。そればかりでなく、読物的な面を出すために、たとえば人物篇などは相当に調査をして、興味深く書くようにした。
本巻を世に出したことで、東金市史は五券までを完成したことになる。よくここまで来られたとの感慨は深い。あとは第六巻通史篇である。ラスト・ヘビーをかけて、有終の美をおさめなければなるまい。