蛇(じゃ)の向くところに

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 死者の霊をまつる、野辺のおくりをする。そんな時に、市内のあちこちでは契(ちぎ)り講というのが出来ていて、契り銭を集め、送葬の品々をみんなして作り、役割を定めて丁重に葬るしきたりが続いている。あの葬送の品の中に蛇(ジャ)がある。
 これはなきがらの上に輿を置き、その輿の上に天蓋(てんがい)をさしかけて墓地まで送るのだが、その天蓋の上にこの蛇がかざりつけられるのである。近頃では数が減って、あまり見受けないが、各契りには必ずといってよい程、この蛇作りの名人がいたものだ。
 藁を上手に束ねて蛇の形をつくり、竹ひごを丸めて口をつくり、紙をはりつけ、目をつける素朴なものであるが、なかなか作るとむつかしい。
 これを青竹の先にしばりつけ、天蓋をつるして完成するのだが、作りあげたこの蛇は忌中の家の軒に立てかけられる。
 ところが、ここに問題がある。
 それは、天蓋の重みと丸い青竹を使ってある関係上、蛇の顔のむきが右をむいたり、左を向いたりすることだ。
 契りの人達はよくこう言ったものだ。
 「蛇の顔のむく方角に次の死者がいる。」
 と。だから、誰もがその向きに敏感で、「縁起が悪い。」「立て直せ。」とわいわいいうのである。
 偶然かも知らないが、考えて見ると、たしかに蛇のむく方角に次の死者が出ている。
今こんな迷信のようなことを言う者は少ないし、契りはあっても、こんな作業習慣の残っているところは少ないであろう。