「狐の嫁入り」とか「狐にばかされた話」など昔よくお年寄りの方は語っていた。
こんな話がある。
東金から大網の方へ勤めに通っていた人があった。今でこそ車か電車で行くが、当時車はなく、自転車か徒歩であった。
ある日のこと、勤めの関係で夜大分おそくなってしまった。仕方がないから、汽車(当時は黒煙をはいて蒸気機関車が走っていた)で帰ろうと大網駅へ行ったが、ちょうど汽車が出たあとで、あと一時間以上もたたないと次の汽車は出ないと言う。
一時間以上もあるなら歩いて帰ろうと、線路伝いに東金に向ってあるき始めた。
東金の方にはポツンポツンとあかりが見えて、ボーッとかすんでいた。
その人は夢中であるいた。二〇分位歩いた頃だった。東金の方から汽車が来た。「あれっ、こんなに早くくるならひきかえして汽車で帰ろうかな。」
その人はそう思って、むきを変えて大網の方へ引き帰し始めた。一〇分位あるいた頃だろうか。ふと見ると、ヘッドライトをつけて汽車が大網の方から走ってくる。
「あれ、もう引き返して来たのか。それじゃ仕方ないや。」
むきをかえて、また東金へむかって歩き始めたが、こんどはどんなに歩いても東金のあかりが近づいて来ない。
「随分あるいたのになあ。」
その人はそう言いながら、ポケットから煙草を出して、マッチで火をつけた。
煙草の煙がスウーッと暗やみに消えて、たばこの火だけが赤く輝いていた。
その時、
「畜生、やられた。」
とその人は始めて気がついた。線路ぞいに歩いていた筈なのに、靴もズボンも泥だらけになっていた。
その人の見たのは、「きつねの夜汽車」だったのだ。
東金の田野にも狐や狸などが沢山すんでいたようである。狐にばかされて、「田の中をはい廻った話」「馬糞を大切に風呂敷に包んで持ち帰った話」そんな話が各地に残されている。