明治、いやもっと昔だべと思うけんど、町のあっちこっちに湯屋(ゆや)があったそうだ。皆んな風呂にへえっと、自慢が始まるべ。その日は、誰が一番熱い湯に強いか、それぞれ言い合い、そんだんば、組の代表きめて勝負しべえとなって、三人が選ばれたそうだ。力自慢の松吉殿、植木屋の留さん、いつも熱い湯では強い商人(あきんど)の隠居の三人ときまり、三人が湯舟(ゆぶね)にへえって、始まったから大騒ぎ。応援は大合唱となり、人の熱いのなんか平気だ。そら、もっと湯わかせ、もっと湯を熱くしろと、がんがんやるので、湯屋は上を下へのお祭り騒ぎとなり、「ほうずき提灯が色づいた、んだんだ、芸者の下駄で鼻緒ばっか赤いぞ」とはやしたてると、いきなり松吉殿が飛びだしてきたので、「はい、角(かど)の魚屋ゆで蛸(たこ)一丁上がり」、つづいて隠居がぶったおれて、「そら、稲荷さんの鳥居でひょろっと真赤(まっか)」とはやしたてる。そのやかましいこと。そのうち、留さんが飛びだしてきたので、皆んなは「こら、すげえ。まるで家之子ん仁王様だ、そうだ仁王様だ、仁王様だ」とはやしたてていると、得意になって、「おらもっと湯に入ってられるけんど」と言ってるうちに、どでんとひっくり返り、皆が「大変だ」と水ぶっかけたら、「でいじょうぶだ。だけんど、成田んお不動さんは、もっと熱かっぺ」といったので、皆が感心して、留さんのことを、それからは名前を呼ばずに、「お不動さん」と言ったそうだ。