東金市殿廻(とのまわり)に産前橋という橋がある。三枚橋と書くこともあるが、平将門の産まれた地として古来伝えられている。
(将門伝説の項を参照されたい。)
ところが、この橋が夜泣き封じの橋として言い伝えられている。「夜泣き」とは、広辞林をひくと、「赤ん坊が夜中眠らずに泣くことと書いてある。
赤ん坊が泣くのは、言葉の言えない幼児の感情表現であって、「おなかがすいた。」「おしめが濡れた。」「どこかが痛い。」「身体の調子がおかしい。」「こわい夢をみておそろしかった。」等々の理由がある。こんな原因でなくのは「夜泣き」とは言わない。
普通言われる「夜泣き」とは、「理由不明で泣き、泣き止まないこと。」を言うようである。
そういう赤ん坊を育てる父母の心配と苦労とは容易なものではない。
なんとか、その理由を探り、安眠してほしいと願うのは当然である。
この産前橋は今でこそ、下をくぐることの出来ない小さい橋だが、嘗(かつ)ては、川底も低く、少しかがめば大人でもくぐりぬけることのできる橋であった。
「夜泣きの赤ん坊を背負って、この橋をくぐりぬけると、その子の夜泣きが止む。」
こんな話がいつしか広まって、土地の古老などは、「私もくぐったことがある。夜泣きが直りましたよ。」「どこそこの家でも、夜泣きにこまってここでなおしましたよ。」などと語っている。
こうした伝説がいつ誕生したか、今知る由もないが、将門伝説にあやかって、いつしかまことしやかに伝えられ、信じられ、実践されて来たのであろう。