序説

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 日本の政治・経済・社会の基底をなすものに庶民文化がある。未だに社会生活の規範として残存し、伝承されているものとして、「民俗」とか「民間伝承」と呼ばれている。いわゆる名もなき庶民、すなわち私たちの祖先が、「文字による記録」によらず、何世代にもわたって、親から子へ、子から孫へと伝え、築きあげてきたものである。
 現在でも私たちの身辺で、日常くり返されている民間伝承は、口から口へ、物の形で心から心へ、という形をとって伝承されて現代生活に何等かの影響を及ぼしている。
 その範囲は、衣食住・産業・労働・交通・運搬・交易・村・家族構成・組連合・年齢・階級・誕生・成年・婚姻・葬礼・命名・言葉・躾・技術・伝説・医療・年中行事・昔話・語り物・民謡・舞踊・遊技・社交・贈与・村制裁等である。
 これらを類別すると、古代より伝承されてきたもの、海外諸国から渡来してきたもの、宗教の影響を受けたもの等があって、さまざまな形で伝承されてきたものである。さらには、特定非凡な作家による芸術性を追求する美術工芸品ではなく、階級や才能にとらわれないで、それぞれの地域の風土の中で、民衆の創造性によって実用のための用具、すなわち民具・民芸の諸品がつくり出され、それらが遠い祖先から伝えられ、生活の大切な支えとなってきたのである。このように、日常生活に関する知識・技能・風俗習慣は、長い歴史を通じて、自然条件とのかかわり合い、社会的関係において創造され、改善されてきた。これをわが国固有の伝統的文化の本質を示す貴重な文化財ということができる。
 したがって、民俗文化財は、庶民生活の推移を理解するために欠くことのできないものといえる。
 しかし、第二次世界大戦は、わが国の政治・経済・社会生活に著しい変革をもたらした。
 すなわち、教育改革・生活の改善・簡素化・家族制度や生活様式の変革・都市的生活様式の浸透・農山漁村地帯の過疎化・産業構造の革新化などの結果、国民生活の変転はめまぐるしいものとなっている。このことは日本文化の伝統について再検討を迫られ、特に民俗文化財については、その保存・伝承に幾多の問題が現出している。
 私たちは、これらの文化財を過去の文化遺産として保存につとめるだけでなく、「生活の古典」としての見直しをし、現代生活に対する「生活の知恵」として、生活の中に生かしていく道をさぐるべきだと思う。
 この稿では村落共同体における伝承を中心として、昭和三〇年代までを基準とした。中には現在実施されてないものもある。