東金ロータリークラブ

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 東金にロータリークラブが誕生したのは、昭和三四年(一九五九)九月一五日であり、国際ロータリー(RI)によって同年一〇月一七日承認され、認証式を昭和三五年(一九六〇)三月二六日東金高校を会場として行ない、国際ロータリー第二七九地区として千葉県では第一一番目に発足したのである。
 設立代表、初代会長は東金名誉市民である能勢剛氏(現在名誉会員)であり、発会式には二〇名、認証式には二五~六名の会員が集り、昭和五九年(一九八四)の新年には会員六〇名を数えている。
 こうした発会設立に至る経緯について、最初からこの会に関係し今なお会員である古川寛氏は、次のように語っている。(最初から現在に至る関係者は、古川寛・能勢潔・小川芳司の三氏である。)
 
「昭和三三年頃、東金市が市制を敷いて数年たった頃、野口菊治・鈴木峻一・小川一郎・森川要・川口敏郎・能勢剛の諸氏を中心に早野・古川・能勢・小川等の若手が加わって、商工会を商工会議所に昇格させようと運動していた。
 この近くで商工会議所になっていたのは茂原市・八街町であったが、東金市がこうした運動を始めた時は、商工会議所への昇格条件は非常に厳しくなっていて、容易に昇格ができなくなっていた。
 そこで、東金市出身で、茂原商工会議所会頭だった立石さんをたよって相談したところ、『商工会議所より、ロータリークラブを先につくりなさい。そのあとで商工会議所を作った方がよい。』という指導をうけた。そこで、急拠ロータリークラブ設立にふみ切って、その準備が進められ、昭和三四年九月一五日の発会式になったのである。
 茂原の立石氏を特別代表として、二〇名で発足したが、これは申請用紙の欄が二〇名分だったからである。
 設立当初は、山武郡市全域が対象だったが、六年後の昭和四〇年に横芝ロータリークラブが発足して、松尾・蓮沼などが横芝ロータリークラブに入ったので、今では、東金市・成東町・九十九里町・大網白里町・山武町が東金ロータリークラブ会員になっている。他団体との協同活動は殆んどない。」
 
東金ロ タリークラブの会費は年額一四万円であり、入会金は三万円である。定例会としては、毎週火曜日一二時半から一三時半までの一時間全員の会合をもっている。事務所は、東金市東岩崎一の五東金商工会議所であり、定例会は、この事務所を会場としている。
 理事会は、毎月第一例会後に開催し、委員会は、(会員は何れかの委員会に所属する)随時開催して自主的に活発なる奉仕活動を企画し実践することになっている。
 年度は毎年七月一日に始まり、翌年六月三〇日までとなっている。
 歴代会長をあげると、次の通りであり、現在は二五代会長となっている。
 
初代 川口幸雄 昭和四五~四六年度
二代 遠山和秀 昭和四七年度
三代 金杉等 昭和四八年度
四代 小林清益 昭和四九年度
五代 大高和郎 昭和五〇年度
六代 斎藤守広 昭和五一年度
七代 水野修 昭和五二年度
八代 西川康雄 昭和五三年度
九代 向後良倖 昭和五四年度
一〇代 鈴木康道 昭和五五年度
一一代 太田彰彦 昭和五六年度
一二代 早野誠 昭和五七年度
一三代 鈴木伝二郎 昭和五八年度
一四代 赤松源之助

 主な事業については、現川口順司会長の説明するところを記しておく。
 
「ロータリークラブは一業種一人という立場をとって、沢山の委員会(Ⅰクラブ奉仕・(1)出席・(2)職業分類・(3)クラブ会報・(4)親睦活動・(5)雑誌・(6)会員選考・(7)会員増強・(8)プログラム・(9)広報・(10)ロータリー情報・Ⅱ職業奉仕・Ⅲ社会奉仕・(1)青少年活動・(2)インターアクトクラブ諮問・Ⅳ国際奉仕・(1)ロータリー財団・(2)米山奨学金・(3)世界社会奉仕・(4)国際青少年交換の計二〇委員会)があるが、青少年交換・国際奉仕・世界社会奉仕などの活動をしている。ネパール無医村救済の切手蒐集などは、赤十字などでもしているが、ロータリーの成績は県下でも上位にある。広報活動も週報で出ているし、週一回の定例会も時間正確に始まり、正確に終了している。この点は問題点でもあるが、毎週の出席は一〇〇パーセントといってよい。
  五九年度は設立二五周年に当るので、ロータリークラブ二五年の経緯を残して置きたいと考え、事情精通の古川寛さんにそのとりまとめをお願いしている。
  これという活動ではないが、各委員会が活動計画書によって責任ある活動をしているのがロータリークラブだといえよう。」
 
 最後に、ロータリークラブについて少し説明すると、明治三八年(一九〇五)シカゴのポールハリス他三名によって一業一人という線で会員がつのられ、クラブを作ったのが最初のロータリークラブで、ロータリーとは引越してあるく、廻ってあるくという意味で最初は会館をもたずに会場を換えて行ったので名付けられたものである。
 大正九年(一九二〇)日本で最初に出来たのが東京ロータリークラブで、当時全世界に一、〇〇〇のクラブがあった。大正一五年(一九二六)には東京・大阪・名古屋・神戸・京都の五クラブが出来ている。
 ロータリーの綱領は、
 
「ロータリーの綱領は有益な事業の基礎として、奉仕の理想を鼓吹し、これを育成し、特に次の事項を鼓吹育成するにある。
1 奉仕の機会として、知り合いを拡めること。
2 実業および専門職業の道徳的水準を高めること。
 あらゆる有用な職業は尊重されるべきであるという認識を深めること。そして、ロータリアン各自が職業を通じて社会に奉仕するために、その職業を品位あらしめること。
3 ロータリアンすべてが、その個人生活・職業生活および社会生活に常に奉仕の理想を適用すること。
4 奉仕の理想に結ばれた実業人と専門職業人の世界的親交によって国際間の理解と親善と平和を推進すること。」
 
 で、職業奉仕から社会奉仕へ、そして国際奉仕へと努めることが訴えられている。
 昭和八年(一九三三)四つのテストが発表されて、ロータリアンが実践活動をする基礎となった。すなわち
 1 真実かどうか。Is it the truth?
 2 みんな公平か。Is it fair to all concerned?
 3 好意と友情を深めるか。Will it build good will and better friendships?
 4 みんなの為になるかどうか。Will it be beneficial to all concerned?
である。こうして日々の実践を通して国際的活動に連っているものがロータリークラブといえる。
 東金ロータリークラブ定款並びにロータリークラブ細則については、国際ロータリー定款に基き定められているが、長文にわたるのでここでは省略する。