新徴組と新撰組

 文久3(1863)年2月、江戸幕府将軍徳川家茂の上洛にあわせて、将軍警護のために「浪士組」という組織が作られました。のちに浪士組は、
 ・京都を拠点とし、京都守護職で会津藩の預かりとなった「新撰組」
 ・江戸を拠点とし、庄内藩の預かりとなった「新徴組」
に分かれます。
 新撰組には「池田七三郎(本名 稗田利八)」、新徴組には「伊藤瀧三郎」と、東金出身の人物が所属していました。池田七三郎(本名 稗田利八)については、過去「ときめき」で紹介しています。
 今回デジタル化した「新徴組 伊藤瀧三郎履歴」は、伊藤瀧三郎について、経歴や新徴組所属後の動き、家族構成などが記されたものです。
 
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【もっと詳しく知りたい方は…】
 第19号『最後の新選組隊士 東金生まれの池田七三郎』