自由党東三支部と豊橋改進党

198 ~ 199 / 383ページ
 国会開設が近づくと、旧政党側も態勢を立て直して選挙に臨むようになった。
 明治二十三年(一八九〇)七月、第一回衆議院議員総選挙では、政党側は政府側の候補者を破り多数議席を確保した。そのため、議会で軍事予算を大幅に削られるなど、対策に手を焼いた政府は衆議院を解散した。二十五年二月、早くも二度めの総選挙をむかえることになったが、この選挙では政府の干渉も激しく、全国各地で流血さわぎが発生している。
 第二回目の総選挙では渥美郡と八名郡を含む愛知県第十一区では定員一人に対し、三浦碧水(へきすい)、鈴木麟三(りんぞう)、後藤文一郎の三人が立候補した。三浦碧水は町長を任期途中で辞職しての出馬である。鈴木麟三は七郷村能登瀬(のとせ)(鳳来町)出身で当時県会議員であった。後藤文一郎は活動の本拠地を岡崎に置き、復活した自由党の党員であった。豊橋では政党側と政府側が対立する騒ぎこそなかったが、各候補者の間の選挙戦はかなり激しいものであった。後藤文一郎が板垣退助の応援を求めたり、龍拈寺(りゅうねんじ)で政談演説会を開いた際の演説妨害や鈴木麟三が後藤文一郎の事務所に閉じ込められて殴られたりするなどの事件が伝えられている。
 選挙の結果は、鈴木麟三が当選し、三浦碧水と後藤文一郎は落選した。選挙が終わってから、東三河地方の自由党員は自由党東三支部を組織し、豊橋に事務所を設けて活動を開始した。二度の総選挙を通し、中央と地方が連携して活動することの重要性に気づいたことが、このような組織づくりをうながしたのである。
 豊橋改進党結成の動きも同じことがいえるが、自由党と比べるとその勢力ははなはだ弱かった。札木町の山本一六(いちろく)はじめ、大口喜六(きろく)、中村直吉(なおきち)らのわずか七人に過ぎなかった。
 三浦碧水は選挙に落選してから、自分の地盤をつくるには政党の力を借りる必要のあることを痛感していた。彼は自由党よりも穏健な政策を掲げる改進党を選び、大口喜六に入党の気持ちを伝えた。大口派は碧水が入党すれば、豊橋改進党も代議士を送り出す力を備えるものと考え、彼を迎えることにした。碧水は自分の部下や家族・使用人を率いて入党し、さらに各方面に働きかけた。碧水のすすめに応じ、田原・野依(のより)・飯村(いむれ)・高師など各地の同志が続々と入党した。また、多くの後援者の獲得にも成功した。碧水の影響力によりようやく改進党は自由党に対抗する力を持つことになったのである。
 明治二十七年(一八九四)三月、第三回総選挙に三浦碧水は豊橋改進党から立候補し、国会議員の席を自由党の村松愛蔵と争った。この時の選挙戦もかなり激しかった。応援演説会における妨害はあとを絶たず、暴力ざたに及ぶことも少なくなかった。第十一区は死者一人負傷者一五三人を出し、全国的にみても激戦区の一つであった。
 総選挙の結果は、わずか一票の差で三浦碧水が村松愛蔵を押さえて当選した。しかし、衆議院は六月はじめにまたも解散され、碧水はせっかくの議席に一九日間座っただけに終わった。このときを境に碧水は後進に道を譲り、二度と衆議院議員選挙に立候補せず、国会に足を踏み入れることはなかった。
 
第一回衆議院議員選挙
 明治二十三年七月一日、最初の衆議院議員選挙がおこなわれた。選挙権を有するものは、男子で満二五歳以上の者、直接国税一五円以上を納め、なお引き続き納める者というように限られていた。被選挙権については年令規定が満三〇歳以上とされ、ほかの規定は選挙権のそれと同じであった。
 三河の第一回の当選者は、第十一区(渥美・八名(やな))の美濃部が自由党のほかは、全員がどこにも所属しない無主義であったが、その後、政府の政党である大成会に所属した。
 この選挙で、県内の自由党の大物であった内藤魯一や大島宇吉、原田新三郎、福岡精一らは次点で落選した。
第1回衆議院議員選挙の結果 明治23年7月
選挙区○当選者  ●次点者(票)
第1区名古屋市○堀部 勝四郎(無主義、生鯖問屋業)235
●国島 博(自由党、代言人)134
第2区愛知郡○永井松右衛門(無主義、東京米穀倉庫社長)803
●加藤 勝寿(中立、農業)584
 吉村 明道(自由党、代言人)352
第3区東春日井・
西春日井郡
○梶山喜左衛門(無主義、農業)995
●大島 宇吉(自由党、農業)903
第4区丹羽・葉栗郡○宮田 慎一郎(無主義、農業)451
●石田 養助(不詳、無職)392
 岡田 利勝(自由党、活版印刷業)212
第5区中島郡○森 東一郎(無主義、農業)1,967
●日比野 明(不詳、不詳)91
第6区海東・海西郡○青樹 英二(無主義、農業)889
●三輪 重秀(自由党、不詳)538
第7区知多郡○端山忠左衛門(無主義、農業)751
●天野伊左衛門(不詳、酒酪造業)701
第8区碧海・幡豆郡○早川 龍介(無主義、農業)1,649
●内藤 魯一(自由党、農業)1,020
第9区額田・東加茂・
内加茂郡
○今井 磯一郎(無主義、肥料商)489
●福岡 精一(自由党、代言人)388
第10区宝飯・南設楽・
北設楽郡
○加藤 六蔵(無主義、回漕業)574
●原田 新三郎(自由党、林業)117
第11区渥美・八名郡○美濃部 貞亮(自由党、代言人)230
●広中 鹿次郎(不詳、無職)205