明海臨海工業地域

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 昭和四十九年(一九七四)、豊橋港の地域の玄関口に金指造船が操業を始めた。大型船をつくるための工場であり、三河湾に高くそびえるクレーンは臨海工業の幕開けを予感させた。
 明海(あけみ)地区は総合開発機構の木材・住宅基地として脚光を浴びたが、石油ショックの不況により用地は取得しても操業する企業は少なかった。そこで、昭和五十二年に愛知県は木材産業関連企業の指定をはずし、機械・金属・輸送機械などの追加を認可して企業誘致を進めることにした。こうして、明海地区の工業化は急速に進展していった。
明海地区進出企業一覧
(資本金3,000万円以上・昭和57年現在)
企業名事業内容
大成建設住宅用コンクリート
熊谷組建材パネル
光洋精工自動車部品
清水港飼料配合飼料
柳田運輸トラック輸送
キョーラク合成樹脂成型
高津産業飼料
花王合成洗剤他
鬼頭工業溶接機器
荒川車体自動車内装部材
向島運送トラック輸送
武蔵精密自動車部品
小島プレス自動車部品
三五自動車部品
水鳥ゼリークッキー、ゼリー
豊橋YKKアルミサッシ加工
林テレンプ自動車カーペット
中京コカコーラ清涼飲料
「豊橋市政八十年史」より

 
総合開発機構と木材港
 総合開発機構は民間三四社による開発協議会の木材港計画にともなって誕生した会社である。木材港の構想は大崎地区に木材港を造成し、ここに住宅産業コンビナートを形成して日本最大の木材・住宅産業基地を実現しようとするものであった。
 開発にあたっては第三セクター方式がとられ、地元企業だけでなく、愛知県をはじめ豊橋市など東三河四市九町の地方自治体や中央財界も出資した。このような民間主導の開発会社は日本で初めてであった。
 昭和四十六年九月に木材港に外航船が入港し、盛大な入港式がおこなわれた。南洋材をクレーンで降ろす風景は港らしい活気に満ちていた。十二月には北米産の木材を積んだ一万トン級の寿山丸と初の外国船アニシンシャ号が入港した。
 一方、住宅産業基地も、東海パルプを皮切りに四十九年度までに六二社が用地譲渡の契約を交わした。これらの進出企業は総合開発機構の方針に従い、公害のない働きやすい環境づくりを進めたのである。