あいち豊田農業協同組合  

 

(あいちとよたのうぎょうきょうどうくみあい)

【現代】

平成14(2002)年4月に豊田市と西加茂郡三好町(現みよし市)を事業区域として、豊田市農協、よつば農協、三好農協、下山村農協の4農協が合併して設立され、県内有数の組合員規模を誇る。略称はJAあいち豊田。その設立は、愛知県下の農業協同組合の再編構想に沿っていた。4農協では、豊田市農協が組合員数・資産・余剰金ともに飛び抜けて大きかったため、存続農協となって他の3農協を吸収合併した。そのため、あいち豊田農協は、「地域に根ざし、人の命と土の文化を育みます」という豊田市農協からの基本姿勢を継承し、都市型農協として組合員のみならず地域利用者のニーズや価値観を取り入れた経営を行ってきた。それは、組合員数が拡大する中で、正組合員の比重が低下したこととも関係していた。正組合員数は、平成17年の約1万5000人が平成30年に約1万4000人とわずかに減少した一方で、その総組合員に対する割合は、57.2%から20.5%に低下した。それゆえ、農協の事業では、高齢者福祉事業や葬祭事業等のほか、組合員の土地の有効利用のための不動産開発とその管理が行われ、都市型農協として、信用・共済事業に経営の基盤をおいている。このほか、都市住民へ地元農産物を販売する産直プラザを開設したり、農とのふれあいや農作業体験を地域の児童・生徒や生協組合員、自動車工場の労働者家族を対象に行ったり、学校給食に地元農産物を提供したりしてきた。また、豊田市と連携して、団塊世代の大量定年を念頭に定年帰農によって高齢者の生きがい対策と遊休農地の抑制を結びつけ、新たな農業の担い手を育成するため、農協の猿投営農センターに隣接して、農ライフ創生センターを平成16年4月に開設して、その運営における技術や資材営農部門の提供を担ってきた。農ライフ創生センターの修了生には、農協の正組合員や准組合員になり、生産部会等の主要な担い手となっている事例もある。


『新修豊田市史』関係箇所:5巻248・581・731ページ

→ 定年帰農農業協同組合の合併農ライフ創生センター