飯盛山経塚

 

(いいもりやまきょうづか)

【考古】

足助地区の足助町に所在する飯盛山(標高254m)は、足助八幡宮から南東方向に位置する円錐状に整った姿をしている山である。平安時代末期の飯盛山経塚は、中世の山城である飯盛山城跡の主郭がある標高約254mの山頂にある。経塚は巨石群の間に所在したとされるが、正確な位置は不明である。大正13(1924)年の森林公園造成時に青銅製和鏡「秋草遊鹿双鳥鏡」と鉄製小刀(写真上)が出土し、昭和27(1952)年にこれを実見した伊奈森太郎によって経塚の存在が報告され、昭和31年には遺物が「飯盛山経塚出土品」として県有形文化財(考古資料)に指定された。遺物には11世紀後半~12世紀初頭の陶製経筒外容器の破片(写真下)も含まれている。


『新修豊田市史』関係箇所:2巻171・175ページ、20巻524ページ

→ 秋草遊鹿双鳥鏡(豊田市蔵)飯盛山城跡