板倉塞馬  1788~1867

 

(いたくらさいば)

【近世】

加茂郡足助村田町の商人。池田屋板倉七右衛門の6代目として生まれる。号はほかに巴洲・一庵。俳諧を名古屋の井上士朗門下の中島秋挙に学び、秋挙の死後は鶴田卓池に学んだ。塞馬自身も「足助小吟徒」と称する会を立ち上げて、足助や九久平の俳諧指導を行い、名古屋や有松の俳人らとも交流した。塞馬は、茶道も好んで茶会を催しており、「喫茶録」「茗燕録」といった茶会記を残している。また、漢詩もよくした。


『新修豊田市史』関係箇所:3巻579ページ