(おおいわいさお)
【近代】
慶応3(1867)年5月22日に加茂郡花本村に生まれる。明治21(1888)年7月東京に出て法律学を学び、23年に代言人試験に合格した。卒業後、東京および秋田県で弁護士として活動した。明治32年名古屋に転居して以降、名古屋弁護士界の中心として活躍する一方、32年9月には西加茂郡選出の県会議員に当選し、一期4年務めた。明治43年10月に名古屋市会議員となり、昭和2(1927)年8月まで5期17年間、議員活動を続け、市議会議長も務めた。またその間、大正2(1913)年県会議員、4年衆議院議員(愛知県郡部選出)に当選した。昭和2年名古屋市長に就任し、3期11年余り在職し、昭和13年には汎太平洋平和博覧会を名古屋港で開催し、これには多数の国や団体が参加し盛大に行われた。
『新修豊田市史』関係箇所:4巻203・284・335ページ