大仏氏

 

(おさらぎし)

【古代・中世】

鎌倉時代の武家。北条氏の一族。鎌倉の大仏の近くのオサラギという地に居住したのでこのような苗字で呼ばれたとされる。弘安8(1285)年の霜月騒動で二階堂行景が安達泰盛側に属して殺害されると、領有していた三河国重原荘の地頭職は没収され、新たに大仏氏の一員である大仏宣時に与えられた。以後、この家は宣時-宗泰-貞直の3代にわたって重原荘の地頭を継承したと思われる。貞直は元弘元(1331)年の後醍醐天皇の挙兵の際、幕府の大将軍の一人となり、守護をつとめる遠江の軍勢を率いて上洛した。戦闘が終わって東下する際、わざわざ天皇家のうち持明院統に挨拶に出向いて歓迎されている。重原荘は天皇家領荘園として成立、存続していた可能性があり、貞直の行動もその反映であったと思われる。貞直は正慶2(元弘3・1333)年5月、幕府滅亡の際に鎌倉で戦死し、没収された重原荘の地頭職は足利尊氏に与えられた。

『新修豊田市史』関係箇所:2巻208・266・287ページ