(きせつどうちょうせい)
【自然】
季節の移ろいとともに私たちが目にする生物風景が異なっていく。俳句でも季語に生物が選ばれ、人の感性や暮らしとの密接な関係が詠まれてきた。四季の変化に富む地域では、日々の暮らしの中に生物暦が埋め込まれてきたが、とりわけ農事・農作業にはそれが顕著に表れている。例示しよう。フジの満開、小麦の出穂で夏野菜を定植する、この時平均気温は16℃。アジサイの開花で夏野菜の収穫を始める、平均気温21℃。ススキの開花でダイコンの種まきを始める、平均気温24℃。カエデの紅葉でダイコンやカブの収穫適期、平均気温11℃。このように生物暦は農事暦の編成に大きく関わってきた。生物はすべて季節変化に対応して生きている。動物からみれば植物暦は、食物条件、繁殖のための栄養摂取、食物確保の行動圏編成など、季節に応じた行動生態の基盤になっている。しかし、近年の「春が早まり、夏が長引く」気候が短期間のうちに常態化すれば、長期に渡って獲得されてきた生物の環境適応能力限界を超えることになる。花が咲いても昆虫が訪れない、冬が暖かいので寒冷処理により成熟する花が咲かない、このような異常現象が持続すれば、生物種の絶滅が多様・広汎にみられるようになる。市内矢作川下流域でのウスバアゲハ分布の縮小は、ムラサキケマン等冷涼な気候に適応する草本種が、温暖化の影響で分布域を狭めていることに、起因していると考えられる。順調な季節変化は、生態系保全の基礎条件であり、生物種はそれに同調して生育・生息過程を編成している。気象庁は昭和28(1953)年から正式業務として植物12種16現象、動物11種11現象について観測を実施してきたが、令和2(2020)年になりその多くの業務を停止した。理由として示されたのは、身近に観測対象がなくなったことであるが、過去と比較してデータのずれが拡大し、長期的蓄積の意味を失ったことにも原因があるのではないか。同調性の崩れは、逃げ場がないところで特に強く表れやすいのである。写真は水源公園(挙母地区)のソメイヨシノ。
『新修豊田市史』関係箇所:23巻613・615ページ