(きりゅう)
【近代】
明治4(1871)年に戸籍法が制定されたことを受け、本籍地から離れて居住する者を把握するための寄留制度も開始された。寄留とは、本籍地から90日以上離れて別の場所に居住することであり、本籍地を離れて居住する者は「出寄留者」、他地域に本籍を持ち当該地域で居住する者は「入寄留者」として把握された。寄留者は役場への届出義務があり、その届出をもって各役場は寄留者の存在を把握していた。そして、本籍人口に出入寄留者の数を加除することで、当該地域の現住人口を算出していた。しかし、時代とともに人の移動が活発化すると、届出の不履行、特に寄留地退去の届出がされない事態が多発し、主に都市部で明治30年代以降、現住人口が明らかに過大に算出される問題が生じた。このことは、国勢調査の実施を求める動きにつながった。寄留制度は、大正4(1915)年に手続き規定の改良がなされた後、住民登録制度が実施される前年の昭和26(1951)年まで続けられた。
『新修豊田市史』関係箇所:4巻734ページ、12巻738ページ
→ 国勢調査