(こいでらんしょ)
【近世】
足助の商人小出権右衛門家の人。彼は実名を多善、号を「蘭所」「百畝園」として、俳諧や和歌を嗜んだ。足助出身の著名な俳人板倉塞馬と親しく、同氏編の句集に名を連ねている。「天保の四老人」と称された俳人鶴田卓池とも書状をやり取りする間柄であった。文芸と武芸は地方文人にとっては深く関わるものであり、彼は弓術大和流の門人となって稽古に励み、地域で行われた「神的弓」(足助八幡宮や六所大明神で実施された)には積極的に参加している。
『新修豊田市史』関係箇所:3巻579ページ
→ 板倉塞馬