許呂母之別   

 

(ころものわけ)

【古代・中世】

市域の地名コロモを冠する氏カバネ的称号名。『古事記』垂仁天皇段に、垂仁天皇と旦波(丹波)比古多々須美知宇斯王の娘である氷羽州比売命との間の子である大中津日子命は「許呂母之別」の祖とあるが、『日本書紀』にはみえない。コロモ地域の首長名としての「許呂母之別」で、やがて「衣君」と呼ばれたと想定できるが、その実在性は不明である。

『新修豊田市史』関係箇所:2巻9ページ

→ 衣君