(さんりんたいかい)
【近代】
山林の衰退挽回と林業の改良を目的として明治15(1882)年に設立された大日本山林会は、明治32年に奈良県で行われた第12回総会を皮切りに、会勢拡大のため地方での総会や視察旅行を開催した。その活動の様子は「山林大会」として各地の新聞で詳しく報じられた。愛知県では、明治43年5月14日に名古屋市で第21回総会が行われた。折しも、名古屋市では第10回関西府県連合共進会が開催されており(同年6月13日まで)、市域を含む愛知県内各地から農産品や工業製品が数多く出品されていた。その最中に開かれた大日本山林会総会では、明治25年に没した古橋暉皃に追賞状が授与され、19日から行われた随意視察旅行では東加茂郡内の県有林、郡有林、そして段戸御料林が行程に含まれるなど、東加茂郡・南北設楽郡の山林や山林振興に尽くした人物の功績に関心が向けられた。また、明治44年10月17日には東加茂郡足助町で愛知県山林会第2回総会が開催された。本大会の来会者は1000人余りにおよび、夜にはイルミネーションが点灯するなど、同町未曽有の活況を呈した。
『新修豊田市史』関係箇所:12巻163ページ