市民高速ライン

 

(しみんこうそくライン)

【現代】

交通事故対策は、交通安全施設の整備、交通規制や市民運動のみで解決するものでなく、自動車を使わなくてもすむまちづくりが必要であり、公共交通の整備が行政にとってきわめて重要な施策となる。猿投ダンプ事故のすぐあとに策定を開始し、昭和45(1970)年9月に提出された新総合計画はそういう意識のもとに、交通計画の分野で、「市民高速ライン」という新しい公共交通システムを提案した。これはバス専用道路を全市的に張り巡らし、公共交通サービスの提供のみならず、このラインに広場や散歩道、自転車道、防災ライン、用排水施設、通学路などをあわせた複合機能を持たせようとするものであった。この提案は、その後継続して調査研究がすすめられ、新交通システムの導入を含めた交通体系として実施調査まで行われたが、多大な費用がかかるだけでなく、巨額の運営赤字が生じることが示された。一方で議会筋からは導入について反対の意向が示されたことなどから、実現には至らなかった。


『新修豊田市史』関係箇所:5巻353ページ

→ 猿投ダンプ事故