(せいかつかいぜん(しゃかいせいかつ))
【民俗】〈環境〉
不合理で無駄の多い生活を合理化、簡素化する生活改善の運動は、第二次世界大戦の時期から行われていたが、その成果はあまり伝えられていない。昭和30年代からの高度経済成長の進行で市域でも暮しぶりが派手になると、社会生活の場面でも生活改善の機運が高まり、冠婚葬祭の簡素化が図られた。和合(下山地区)では昭和30年代の初め頃、和合小学校連区で青年会と自治会が生活改善の検討グループを組織し、アンケートを取って住民の意向を取りまとめ、改善案を各ムラに諮って決定している。この時、取り組んだ生活改善には公休日の設定や華美な結婚式の規制などがあった。野見(高橋地区)では生活改善が叫ばれる中、結婚式を区民会館や毘森神社で挙げるようになり、衣装も農協から借りるようになった。黒田(稲武地区)では、嫁入りに先立ち婿と仲人が嫁方を訪問して行われるウチアゲの宴の時間が短縮され、嫁入り道具のタンスも一本だけに変わったという。〈環境〉
『新修豊田市史』関係箇所:17巻11・604ページ