畜霊塔

 

(ちくれいとう)

【近代】

住民の生業に関係する家畜の霊を祭る畜霊塔(畜魂碑とも呼ばれる)が昭和戦前期に市域でも建立され、現在13基が確認されている。西加茂郡高橋村の畜魂碑は昭和4(1929)年1月に建立されたもので、愛知県農会長堀尾茂助が書を寄せ、碑裏面には畜産業の発展を促すという建碑の趣旨、発起人の名前が刻まれている。西加茂郡小原村、挙母町、石野村、藤岡村にも畜魂碑・畜霊塔が建立された。挙母町には長興寺、梅坪、秋葉に4基の畜魂碑・畜霊塔がある(写真:挙母地区秋葉町)。昭和9年3月長興寺畜牛組合は家畜の霊を祀るために畜霊塔を建立し、翌年6月には石野村北部畜牛組合が農村更正事業の犠牲となった畜牛の霊を祀る畜霊塔を建立した。竣工式には僧侶による読経もあり、毎年春秋に畜霊祭を行うことになった。挙母町秋葉に建立された畜霊塔は台石に西加茂郡畜産組合長中村寿一(挙母町長)による家畜市場の創設、畜産振興の趣旨を記した文が刻まれた。他方、東加茂郡では昭和13年7月、郡牛馬畜産組合が組合員に牛馬の霊を弔い、生存牛馬の災厄除去を祈願するために、足助家畜市場敷地内に聖観世音菩薩を安置した供養堂の建立を呼びかけた。馬は今後軍馬として徴用され、牛は銃後の生産を支える役割を果たすことが期待されており、畜類愛憐の情に訴えて浄財喜捨を求めた。


『新修豊田市史』関係箇所:12巻635・660・851ページ