如意寺の仏教絵画

 

(にょいじのぶっきょうかいが)

【古代・中世】

如意寺(真宗大谷派)には貴重な仏教絵画史料が多くある。まず、国指定文化財の3幅本親鸞絵伝が挙げられる。南北朝時代・文和3(1354)年の制作と知られ、戦国・江戸時代以降に定型化する以前の古態と特徴を持つ。このような3幅本は他に岡崎市妙源寺本、同・願照寺本が知られ、三河地域に集中している。その中で如意寺本のみの特徴としては第一幅最初(最下段)の「上人御誕生」の場面、そしてそこに竹馬で友と遊ぶ幼少期の親鸞が描かれていることである(写真)。絵伝の添書に制作に関与した人たちの名が記されているが、その中に女性(尼)がいることが、この場面を描く背景にあるのではないだろうか。次に、「光明体」の名称で伝えられる光明本尊がある。これも南北朝時代の制作とみられ、初期真宗門流で使用された大幅の本尊である。中央を金泥八字名号とする古態を持ち(現状で上下の讃文は欠失)、左下方に金泥六字名号、右下方に金泥十字名号、これら3本の名号間に阿弥陀如来・釈迦如来の二尊仏の絵像を描く。全体の構造としては基本形を持つものの、本紙全体に剥落が少なからずあって判読しにくい部分が多い中で、右上方に「源海聖人」「海信聖人」「海圓聖人」の札銘のある3人が描かれている点が特に注目される。彼らは荒木門徒と称される親鸞門弟集団の歴代であり、貴重な歴史情報である。さらに室町時代前期と推定される光明九字名号も貴重な初期真宗本尊(掛軸)である。市域関係では徳念寺(駒場町)、また柏原明専寺(現長野県水内郡信濃町)に所蔵される。特に明専寺本は如意寺本と同様の光明42本の様態で両寺の歴史的関係が推察される。他にも方便法身尊像(永正15〈1518〉年・実如裏書)、顕如像(慶長10〈1605〉年・教如裏書)をはじめ、本堂における基本的な掛幅絵画(親鸞像・本山前住像・太子像・七高僧像)は揃い、また二河譬喩図会なども所蔵している。


『新修豊田市史』関係箇所:2巻354ページ、21巻285・288・290・292ページ

→ 浄土真宗の絵画親鸞絵伝